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遼州戦記 播州愚連隊

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 陸軍省参謀局次席参謀の執務室。ソファーに腰掛けた安東貞盛大佐はそう言って部屋の机の主に声をかけた。武装解除を宣告されてそれでも組織的にテロに走る動きを何とか押さえるのに必死な同志達の苦労を聞かされていた安東は一人この部屋に佇む主の姿を眺めていた。
「そのくらいのことをしてもらわなければ命がいくらあっても足りないだろ?なんなら君の手のものに護衛をしてもらおうかね」 
 清原和人准将はそう言って自分が追放解除に協力した片腕に苦笑いを浮かべた。
「ですがこちらから仕掛けるにはこの措置はちょっと厄介ですよ。それに西園寺卿と言う魔物まで復活してきた状況は決してこちらには有利な状況とは言えませんから……」 
 そう言うと安東は長い足を組み替えて清原を見上げる。
「なに、今の状況で政権を握ることは西園寺さんの派閥には不利な点が多いんだ。どうせ在地球資産の凍結は解けるわけではないし、それが解けなければ国家の破綻寸前の財政の回復は望めないんだ。その為にはこの国の力をすべて中央に結集する必要がある」 
 清原の言葉に大きくため息をつく安東。彼は正直なところこの軍籍回復に努めてくれた恩人である清原を好きにはなれなかった。清原和人という男。保科家春に見出された下級貴族出の俊才は確かにその軍政家らしい判断のできる人物だった。
 軍事は政治に付随するものだ。そのことは予科時代に今は敵となった赤松や無茶な量の課題の作成に協力してくれた嵯峨などと机を並べていた時期に教官から叩き込まれていた。そして先の大戦ではエースとして人型兵器アサルト・モジュールパイロットとして活躍するものの拙い政治判断で次第に悪化する戦線を見た彼にとって清原の手腕は賞賛に値する功績をいくつも上げたことを知っていた。
 だがどこまで言っても清原は参謀本部の人間だった。
 正直、安東は追放解除で軍籍を回復した時に比べて清原が忠義を尽くす烏丸派が勢力を獲得できないとは思ってはいなかった。牙城である陸軍はアフリカで勇名をならした醍醐准将が発言権を強めていた。さらに醍醐と同じ嵯峨家の被官達の多くは態度を鮮明にしていない。それに流されるように西園寺基義の貴族特権の返上運動に危機感を募らせているはずの多くの将校達も表立って自分達を支援する動きは見せてはいなかった。
「……このひどい財政状態を回復する策が無い以上、アステロイドコロニーでは乱が起きる。そうなれば……」 
 清原が続ける希望的観測の演説を諦め半分に安東は聞いていた。
 例え烏丸卿が再び政権を握っても国家の現状が変わらないことは安東も百も承知だった。おそらく一人で自分に向けて演説を続けているこの部屋の主もそれを否定することはできないだろう。それどころか烏丸派が掲げる政策である貴族制度の再編成による強固な国家体制の確立は地球や同盟にとっては脅威以外の何物でもなく、この国は孤立したまま両者との軍拡競争にひた走りさらに財政の悪化を招くのは必然だと思っていた。
「……安東君。私の話を聞いているのかね?」 
 少し不快そうな顔で清原が安東の顔を見下ろした。
「ええ、まあ……」 
 曖昧な返事をする安東。
 だが、彼は決意を固めていた。清原には軍籍回復に努めてくれた恩義がある。そして烏丸家には幼いころ父母を失い姉と二人の後見として動いてくれたおかげで今がある。
『すまんな忠さん。俺は最後までこの御仁を支えることにするよ』 
 安東は旧友赤松忠満とその妻である姉貴子のことを思い出しながら演説好きな清原を黙らせるためにゆっくりと立ち上がった。
「どうしたんだね?」 
 機嫌を損ねた清原の言葉。だが安東にはそれを続けて聞くつもりは無かった。
「申し訳ありません。これから午後のブリーフィングがありますので」 
 仕事となれば文句は言えない。への字に口を曲げた上官に敬礼をすると安東は部屋を後にした。
 わざわざ恩人に会いに来た安東にブリーフィングなどの予定があるはずが無かった。ただ陸軍省の参謀級将官の執務室が並ぶ廊下を一人歩く安東。突然腕の携帯端末が着信を告げたとき、恩人への態度が失礼だったことを思い出して苦笑いを浮かべながら受信に切り替えた。
 空間に開く画面。そこには懐かしい顔があった。
『おう、忙しそうだな』 
 着流し姿の上半身が見える。嵯峨惟基は画面の向こうで半笑いで不愉快そのものと言う表情の安東にだるそうな笑みを投げてくる。
「そういうお前はずいぶん暇なようだな。皇帝と言う職業はそんなに気楽なもんなのか?」 
 安東の皮肉に額を叩くと嵯峨は手にした杯を傾けた。
『ああ、皇帝家業はしばらくは弟達が変わりにやってくれてるよ。同盟成立までが俺だからできること。後のことは優秀な政治家さん達に任せることにしているからねえ』 
 嵯峨には腹違いの兄弟が百人以上いる。そんな中に影武者を務めている者がいることは安東も耳にしていた。元々堅苦しいのが苦手な嵯峨に皇帝などと言う稼業をいつまでも続けられないことを昔から知っていたことを思い出して自然の安東の頬はゆるんでいた。
『それよりどうせ清原さんと喧嘩でもしたんじゃないかその面は。まああの人は頭と口が先に動くばかりの人だからな。まじめな貞坊には見てられねえだろ』 
 自分のことを『貞坊』と呼ぶ竹馬の友の言葉に曖昧に頷く。
「どうせ暇なら酒に付き合えと言うんだろ?分かった。どこで飲んでる。上町か?」 
 諦めてそう言った安東を満足そうに見つめる嵯峨。背景の掛け軸の艶画から見て色町として知られる上町のそれなりの店で飲んでいるらしいとあたりをつけた。
『正解だ。さすがだねえ……そういえば明日は斎藤の命日だしさ。飲み明かすのも悪くないんじゃないか?』 
「そうか……そんな日だったな」 
 斎藤一学。軍人志望の貴族子弟を教育する機関である『胡州高等予科学校』時代の安東と嵯峨の親友の一人だった。いつも今は敵である赤松を加えた四人で馬鹿なことばかり続けていた学生時代。喧嘩や悪戯では安東と赤松が一番後先考えない行動でどちらかと言えば押さえ役の斎藤を苦労させたものだった。そして騒動がばれて呼び出されるのは三人だけ。一番暴れていた嵯峨は要領よく逃げおおせて一人窓の外から説教を受ける三人を笑って見つめていたのが懐かしく感じられた。
 そんな三人も先の大戦ではそれぞれの道を歩むことになった。
 非戦を唱える西園寺家の出と言うことで中央から忌み嫌われた嵯峨は東和共和国大使館付き陸軍武官に飛ばされそのまま中央に戻ることは無かった。一方で安東は陸軍のパイロットとして華やかに活躍し、何度と無く戦意高揚のための線で映画に登場することになった。同じく駆逐艦の艦長を任された赤松も地球などからの撤退戦では輸送艦の兵士達から『守護天使』と呼ばれる活躍を見せた。
 そんな中、斎藤もまた海軍のパイロットとして活躍を見せていた。予科時代からの甘いマスクとすでに歌壇で注目され始めた歌人としての人気は絶大で胡州の少女達は彼に応援の手紙を送るのがブームになるほどだった。
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直