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遼州戦記 播州愚連隊

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「もし波多野さんの主張が聞く耳を持たない民衆に受け入れられたとしますよ。兄貴にはその後の立場の保障は無いんだ。波多野さんが国家国家と喚くはねっかえりに首を取られたら、兄貴は要らぬ混乱を巻き起こした悪者で世間では通用するようになる。そして最後にはもうこの屋敷にも戻れなくなるでしょうね」 
 平然とそう言ってグラスを干す嵯峨。そしてその瞳に浮かんでいるのは兄にも見通せぬ闇のようなものだった。
「このまま残って波多野さんを支えて乱を待つか、一度袂を分かって波多野さんがどう出るかという賭けに出るか。俺が決めることじゃない。ただどちらにしろ育ててくれた胡州に不利益になることをするつもりはありませんよ」 
 そう言った弟の目に生気が無いのを見て、西園寺は黙り込んだ。
「それなら俺は乱を選ぶしかないだろうな」 
「そうですよね」 
 あっさりと肯定する嵯峨。
 その時ふすまの外に人の気配を感じた西園寺は立ち上がった。
「新ちゃん」 
 開いたふすまから西園寺の妻康子が顔を出す。
「ああ、お姉さま」 
 それまでの余裕を失い口を引きつらせる弟に西園寺は笑いをこらえるのに必死だった。
「新ちゃんはこの家が滅びても良いという考えなわけね」 
 そう言って静かに弟ににじり寄る妻を西園寺は見物することに決めた。
「そう言うわけじゃないですけど……」 
「嘘!新ちゃんは遼南皇帝でしょ?なら勅書を出してこの対立を収めることくらい出来るはずでしょ?」 
 そう言ってさらににじり寄る姉に身を固めて動けない弟。貧弱な幼帝だった彼に武術を教え、剣を研がせた師である姉が最大の天敵であることを知っている西園寺にはこれからの行動が見えてついには噴出していた。
「康子さん。あまりいじめないでくださいよ。コイツも事情があるんだ。なあ」 
 兄の言葉にようやく我に返った嵯峨は静かに身ずまいを整える。
「そうね、じゃあこれだけは約束して頂戴ね」 
 そう言って康子は振り向いた。そこには陸軍士官学校の制服を着た娘の要が立っていた。
「要ちゃんに恥ずかしくない胡州を作ること。それだけは約束してね」 
 姉ににらみつけられる嵯峨。彼には頷く以外の道は残されていなかった。



 動乱群像録 13


 明石が首相波多野秀基暗殺の知らせを聞いたのは、嵯峨の隠密裏の胡州入国を聞いた三日後の話しだった。最新のアサルト・モジュール『飛燕』のテストを終え、機体の評価の報告書を隊長室で入力していたときに慌てて駆け込んできた正親町三条楓の一言にただじっとモニターを見つめていた。
「手口は?」 
 そう答えるのが精一杯だった。
「遼南の東モスレムのイスラム過激派が良くやる手法です。人体発火による自爆テロで波多野首相以下4名が即死、重軽傷者は100人を越えています」 
「ほうか」 
 それだけ言うと明石は再び新型機の評価のレポートに向かった。ただ入り口で楓が報告を終えても立ち尽くしているのが見える。そして顔を上げてみれば半分開いたドアから部下達が恐る恐る様子をうかがっているのがわかった。
「ああ、下がってもええんやけど」 
 そう言うが明石を見つめたまま動かない楓。仕方なくレポートを保存した後、早速ニュースサイトを立ち上げて眺める明石を部下達は真剣な様子で眺めていた。
「隊長……」 
 楓の表情が曇る。彼女に映っているであろう自分の不愉快そうな顔を思い出して明石は苦笑いを浮かべながら立ち上がった。
「首相暗殺。治安部隊の警備体制は完全にテロリストにばれてたんちゃうか?確かに遼州系の人間には地球人にはない力を持っている人間もいるからのう。暗殺が議事堂から出たところでって言うが気になるわ。敷地に入るときのチェックでアストラル反応検査くらいはやってるはずやから手引きした人間がいると考えるのが普通やろな」 
 その言葉は楓の予想していた言葉の範囲内であるらしく黙って明石を見つめながら立ち尽くしている。
「あのなあ、ワシに何を期待しとるんじゃ?」 
「これは烏丸派の……」 
「わあっとる!」 
 楓の言葉が出る前に明石は叫んだ。予想された、予告されていた殺人。文明社会だと信じていた胡州でテロを許す体制が存在すると言う事実に正直なところ明石は打ちのめされていた。彼の仲間達が爆弾にしがみついて敵艦隊に突入してまで守りたかったのがテロが横行するこの胡州の今の状況だと言うことが腹立たしくてたまらなかった。
 楓もさすがに怒鳴りつけた明石に驚いたように身を震わせるが一歩も引くことなく立ち尽くしていた。
「ほな、ワシはどないしたらええねん。ワシはただの教導部隊の隊長やぞ。憲兵の真似事なんざ出来るわけも無い」 
「波多野氏の後任人事は?」 
 楓の言葉に明石はそり上げられた頭を掻いた。
「あのなあ、ワシは兵隊さんや。政治向きの話ならお前の伯父さんの方がよう知っとるやろ。そちらに話してみ」 
「それは無いんじゃないですか!我等に黙ってみていろとでも?」 
 ここでようやく明石の部下達が隊長室に入ってきた。彼等は平民上がりである。軍に志願することが今の胡州で平民が出世できる数少ない場である。しかも明石のような西園寺恩顧の上官につかなければただの駒として消費されるしかない。そんな現状を知っている下士官達の顔をそれぞれ見つめた後、明石は諦めたように椅子に座りなおした。
「ワレ等の気持ちは分かった。別所に聞いてみるけ、今回は収めといてくれ」 
 明石の言葉に安心したように息を吐く楓。部下達に肩を叩かれながら出て行く楓を見送ると明石はすぐに別所に連絡を取り付けることにした。



 動乱群像録 14


 敗戦と復興で持ち直したのがうわべに過ぎないことはこの帝都でも路地に迷い込んでみればすぐ分かる。別所にもらった地図を見ながら明石はこの路地を歩きながら去年まで肩で風を切って歩いた芸州コロニーの闇市を思い出して歩いていた。後ろからついてくるのは是非との意向で部下達を代表してついてきた楓がきょろきょろと辺りを見回している。
『それなら民派の軍人の秘密裏の会合があるから……行ってみるか?』 
 怒鳴り散らした明石に飽き飽きしたと言うような表情でプリントアウトした地図を手渡しが別所の渋い表情が頭を掠めた。
「なんや、珍しいんか?」 
 街の雰囲気にかつての芸州のドヤ街を思い出してリラックスしている明石を緊張した面持ちで見上げて無言で頷く楓。だが、明石は民派の会合の場所とされた寺に向かって歩みを速めた。きな臭い世の中。通り過ぎる人々も海軍の制服を着た二人をわざとらしく無視している。
 明石もかつてはそうだった。
 戦争と言う天災に近い出来事で人生そのものを棒に振った気持ちで、ただ地べたを這い回るしかないなどと自分を慰めながら同じ境遇の者同士で寄り集まるのは負け犬だったかつての自分。やっかみと羨望で軍人や官僚達を持ち上げてすごしていた時代を思い出して明石は苦笑いを浮かべた。
「あそこに墓地が見えますよ」 
作品名:遼州戦記 播州愚連隊 作家名:橋本 直