遼州戦記 保安隊日乗 番外編
理性が破壊されているらしい明華こと巨大化した機械魔女メイリーンは巨大な鞭を手に倒れたロボに襲い掛かる。
「かわすよ!」
シャムの叫び声で右に大きく転がって明華の攻撃を避ける。明華は再び鞭を振るう。そしてシャムが避けると言うことが繰り返された。
『良く動くな。このロボ』
誠は半分観客気分でころころ転がるので揺れまくっているロボの中でアトラクション気分を満喫していた。
「これなら!」
胸の前で腕を十字に交差させると言うまったく意味の分からないポーズをとった小夏が目の前の一つしかないボタンを押す。いきなりロボのバックパックからジェットが噴射され、浮き上がったロボが体勢を立て直した。
『こういうのがあるなら早く使えば良かったのに』
そう思いながら隣を見ると、飽きたような感じの要ことキャプテンシルバーがあくびをしていた。
「要さん、戦闘中ですよ!」
「だって仕方がねえだろ?することねえしよ」
そう言いながら再びあくびをする要。
「今度はこっちの番だよ!」
シャムの叫びとともに目の前の空間に手をかざしたロボ。光に包まれたその手には巨大な剣が握られていた。
「チャンバラか」
興味がなさそうにつぶやく要。誠はただ冷や汗をかきながらそんな彼女を見つめていた。
「ふっ!たかが剣の一本で!」
そう叫んだ明華の鞭がうなりをあげてロボを襲う。
「舐めるな!」
ランがそう叫んで目の前のレバーを下げる。ロボの頭部を襲おうとした鞭は空を切った。そしてロボの剣が鞭を切り落とした。
「なっ、何!」
うろたえる巨大明華。再び剣を握りポーズをとるロボ。
「それじゃあみんな行くよ!」
シャムは笑顔でそう叫んだ。
誠のバイザーの下に台詞が映し出される。
『マジ?これ読むの?』
その台詞に焦る誠。だが高らかに最終決戦を告げる音楽が流れる。嫌でも盛り上がる雰囲気。そして誠は見栄を捨てた。
「世の中に!」
誠はとりあえず恥を捨てて叫んだ。
「悪の栄えた!」
ランはすっかりノリノリだった。
「たとえなし!」
やけなのがすぐに分かる要。
「今!」
短い台詞に明らかに不満な小夏。
「必殺!」
一番力の入っているシャムの雄たけび。
『一刀!真剣!瞬殺斬!』
その言葉とともにロボは明らかにばればれの避ければいいじゃないかと誠にも見える太刀筋で、目の前の巨大明華を一刀両断にした。
『グモー!!機械帝国万歳!!』
そう叫んで大爆発する明華。そしてロボは決めポーズを見せる。
『はい!お疲れ!』
アイシャのOKが出てほっと胸をなでおろすシャム達。誠も安心してシーンが終わるのを確認するとバイザー付きのヘルメットを外した。
そこに香ばしいにおいが立ち込めていることを誠はすぐに悟った。
「ずるい!ずっこい!」
食べ物のことなら彼女と言うシャムが叫んでいる声が聞こえる。上体を起こした誠は嵯峨と春子、そしてなぜか特務公安隊の隊長、安城秀美までがどんぶりを抱えて誠達を見つめている光景に出くわした。
「なんだ、これが良いのか?」
そう言って安城がどんぶりの中の食べかけのアナゴのてんぷらを見せ付ける。
「あ!それ佃屋のでしょ!」
小夏がそのきらびやかな赤い柿右衛門風のどんぶりを指差した。
「いいじゃないの、さっき春子さんのお弁当散々食べてたでしょ?」
食べ終わったどんぶりを手にアイシャがそう言うが、シャムと小夏はじりじりとアイシャに近づいていく。
「へえ、餌付けかよ。ずいぶんな熱の入れようだねー、安城少佐」
明らかに安城に敵意を込めてにらみつけるラン。その先では余裕の表情で春子とランを見回しながらアナゴを食べる安城の姿があった。
「餌付け?何のこと?」
涼やかな印象がある美女、安城がとぼけたのが気に入らないと言うようにランは今度は春子を見つめた。
「ああ、これね。安城さんの差し入れ。他にもあるわよ」
そう言って奥に寄せてあったテーブルの上のどんぶりモノを指差す春子。
「やったー、じゃあカツどんある?」
「オメエさっきもとんかつ食べてたじゃねえか!」
要の忠告を無視してラップのかけてあるどんぶりを覗いて回るシャム。
「師匠!親子丼しかないですよ」
小夏はそう言って自分の分のどんぶりを確保する。シャムも仕方ないと言うように小夏から親子丼のどんぶりを受け取る。
「アタシは天丼で、神前は?」
要に声をかけられて誠は我に返った。
「じゃあ僕も親子丼で」
「残念!私が最後の親子丼を食べるのよ!」
アイシャは要が手を伸ばしたどんぶりを奪い取る。にらみつける要だが、アイシャは気にせずラップをはがすと口にくわえていた箸をどんぶりに突き刺す。
「テメエは餓鬼か!」
呆れながらアイシャを見ていた要だが、サラやパーラ、リアナ。そしていつの間にか来ていた島田と言った面々がどんぶりを取っていくのを見て仕方なく適当に一つのどんぶりを確保した。
「これで良いだろ?」
誠が受け取ったどんぶりは深川丼だった。
「ああ、僕は貝が大好物ですから!」
そう言って誠はうれしそうなふりをしてラップをはがす。
「嘘つくなよ、この前アサリ汁飲まなかった奴が……」
低い声で要がにらんでくるので静かに箸を置く誠。
「じゃあ、私のかき揚げ丼と交換するか?」
誠の後ろに立っていたカウラの言葉に誠は自分のどんぶりを差し出した。
「俺のは?」
吉田が窓際で叫ぶ。両手にどんぶりを持っていたシャムがちょこちょことかけていって吉田にどんぶりを差し出した。
「……安城にしては良い差し入れだな」
喜ぶ部下達を見て複雑な表情でランがつぶやく。誠はその様子を見てアイシャを見つめた。
アイシャはそのまま誠の袖を引き、入り口の嵯峨達から遠い場所で誠の耳に囁いた。
「あのね、安城さんもランちゃんも隊長に気があるのよ」
そう言われてみれば安城とランが微妙な距離を取っているのも、春子とばかり話す嵯峨を時々覗き見るのも納得できた。
突然魔法少女? 26
「どうやら休憩を取られているみたいですわね」
にこやかな表情で会議室に現れたのは遼州同盟司法局、法術特捜主席捜査官、嵯峨茜警視正だった。
「おお、茜。お前も食うか?」
「お父様。ワタクシはちゃんとお昼ご飯はいただきましたの」
そう言うと彼女は誠を見つめた。
「ちょっと神前曹長の提出した資料についてお話がありますの。よろしくて?」
茜の微笑みに父である嵯峨は何かを訴えたいと言うような視線を誠に送ってくる。
「おい!こいつの資料になんか文句でもあるのか?」
明らかに怒りを前面に出して茜に迫る要。それを軽く受け流すような微笑をたたえて茜は誠を見つめる。
「ああ、良いですよ。なにか……」
「よろしいみたいですわね。じゃあ要お姉さまと……」
「私も行こう」
茜の視線を見つけてカウラも立ち上がる。
「食べかけだよ!どうするの?」
「ナンバルゲニア中尉。それほどお時間は取らせませんわ。とりあえずラップでもかけておいて下さいな」
そう言うと立ち上がった誠と要、そしてカウラをつれて部屋を出る茜。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直