遼州戦記 保安隊日乗 番外編
慌てて体勢を立て直す明華。その前に着地してひざから崩れ落ちたような格好で呆然とした表情で目の前の戦いを見つめていたカウラを守るように立つシャム。
「許さない!あなたはあんなに一生懸命なランちゃんを笑った……」
「許さない?それこそお笑い種だ!貴様等のような下等な有機生命体にそのようなことを言われる筋合いはない!あいつが一生懸命?当然だろう!私達と同じことをなそうとすれば必死になっても仕方の無いことだ。まあ無駄な足掻きだがな」
そう言ってあざ笑いながらシャムに叩かれた頭部を撫でる明華。
「オイル!……もしかして……」
驚愕して顔を引きつらせる明華。その迫真の演技に唖然とする誠。
『おい!オイルなのかよ!もしかして油圧シリンダーとかで動いてるの?いつの時代?』
油を払うようにして手を振った明華に狂気の表情が浮かんでいる様が見える。
「貴様!私の美しいボディーに傷をつけるとは……許さん!」
思い切り突っ込みたくなる誠。だがここで突っ込んでも始まらないと誠は台詞を繰り出そうとする。
「シャム、だめ!その人に逆らっては!」
再び杖を構えようとしたシャムに叫んでいたのは倒れたまま上空を見上げているカウラだった。その言葉にシャムがためらう。
「そうだ!この改造植物魔人ローズクイーンには貴様の姉のカウラの母、南條春子を素体として使っているからな。人の心とかを持つ貴様等には手も足も出まい!まあ、もはやその言葉すら届かぬまでに徹底して洗脳・改造してやったが」
そう言って舌なめずりをする明華にどんびきする誠。普段の島田達技術部の部下達を竹刀を片手に追い立てる明華が天性のサディストであることを確認した瞬間だった。
「どうするの!シャム。ここで止めないと!」
空中には鎌を構える小夏が浮かんでいた。シャムも小夏も手詰まりと言うように明華を見つめていた。
「カ……ウラ……」
カウラを見つめていた怪人ローズクイーンが搾り出すようにそう言う。すぐに鞭のような両腕から生える蔓が痙攣を始め、もがき苦しみ始める。
「なに!何が起きた!どうしたと言うのだ?まさか記憶が?そんなはずが……」
突然の春子の状況に戸惑ったような声を出す明華。それを見たシャムが明華に突進する。
寸前で止まったシャムが杖から放たれた火の玉をゼロ距離で発射する。腹でそれを受ける形になった明華が吹き飛ばされる。その後ろに待ち構えていた小夏が振るう鎌が明華の右肩に突き立つ。
「なに!下等生命体が!ローズクイーン!」
明華の声に一人もがいていたローズクイーンが明華のところへ飛ぶ。
だが、彼女はそのまますべての蔓を明華に絡める。
「何をする!私の言うことが聞けないというのか!」
脱出しようともがく明華。そして全身タイツ姿の変身後の誠に寄りかかるようにして立っているカウラに春子は笑顔を向けた。
「カウラ。ごめんね」
そう言って春子は涙を流す。シャムと小夏は同じように涙を浮かべているカウラを見つめる。
「せっかく会えたのに……こんなことしかできなくて……」
「そんな!お母さん!」
「私の心があるうちに……意識があるうちに小夏とシャムの力で私ごとメイリーン将軍を消し飛ばすのよ!」
『ひどい話だな。自分の娘じゃない方の子供に人殺しをさせる?アイシャさん、突っ込み期待のストーリーを狙いすぎですよ』
そう苦笑いを浮かべている誠は当然画面に映らない。
「小夏!シャム!母さんを救ってあげて!」
カウラの言葉に頷く小夏とシャム。
「やめろ!貴様等!こんなことを……母親もろともと言うのか!そもそもこんなところで私は朽ちるわけには!」
焦ってもがく明華だが、がっちりと蔓に生えた棘が彼女の機械の身体に食い込んでいて身動きが取れなくなっていた。
「あなた……!許さない!」
シャムが展開する巨大な魔方陣から火炎が明華と春子に襲い掛かる。
「くー!グワー!機械帝国!万歳!」
お約束の台詞を吐いて明華はひときわ派手に爆発した。そして気づいたときには立ち上がっていたカウラはそのまま誠前まで歩いてきていた。
誠の体が光り、全身タイツの変態ユニフォームから散歩をしていたときの私服に戻る。
「誠一さん……」
カウラはそう言うとそのまま誠の手を握る。
「すまない」
誠の言葉に首を振ったカウラ。そして次の瞬間にはカウラは誠の胸の中で泣き崩れていた。
「母さん……お母さん……」
肩を震わせて腕の中で泣いているカウラの緑色のポニーテールを撫でる誠。だがシーンはすぐに別のところに切り替わる。
シャムと小夏は爆発したメイリーン将軍のいた場所を調べていた。
「これ……」
そう言って小夏が取り上げたのは一輪の真っ赤な薔薇の付いた小枝だった。
『おい!なんであの爆発で?ちょっとおかしくない?上級者過ぎるだろ!』
誠は引きつりそうになる頬を震わせてカウラを抱きしめている。だが、一抹の不安を感じて振り向くとブーツが目の前にあった。
顔面にめり込んだロングブーツの甲に跳ね飛ばされてカウラを置いたままぶっ飛ばされる誠。蹴り飛ばしたのはレザースーツに身を包んだ要ことキャプテンイッサーこと私立探偵西川要子役の要だった。
『なんで……こんな……』
バーチャルシステムでなければ完全に首が折れていた蹴りに顔と首を押さえながら立ち上がる誠。
「こいつはすまねえな」
そう言ってにんまりと笑いながら泣き崩れていたカウラをにらみつける要。役を忘れて要をにらみ返すカウラ。
「お姉さん……これ」
そう言って小夏とシャムがカウラに先ほどの薔薇の小枝を渡す。しっかりと枝を手に取り涙するカウラ。
「機械帝国の鬼将軍と呼ばれたメイリーン将軍。あっけない最後だったな。自分の作った魔人に裏切られるとは。まあ魔人なんぞの下級生物を使う奴らしい最後と言えるか……」
そう言った要に平手を食らわすカウラ。
「それだけ?あなたはそれだけなの?お母さんは殺されたのよ!それに下級生物?あなたは所詮機械なのね!人の心なんて分かりもしないくせに……」
『おいおい、なんで要さんが機械帝国とつながってること知ってるんだよ!おかしいだろ?さっきまでシャムさんと小夏が魔法が使えるのも知らなかったのに!』
だがそんな突込みをするまでも無く要の表情が明らかに本心から出てくる怒りで満たされているのが誠にも分かった。本物のサイボーグである要。彼女を機械呼ばわりする台詞は初めからあった。カウラはそれを正確に読んだだけだった。それでも要の逆鱗に触れたことだけは誠も分かる。そのまま誠は引きつった笑いを浮かべながら二人の合間に立った。
「止めるんだ!二人とも。そんなことをしても春子さんは帰ってこないんだ!」
『まあこれはお話だけどね。要さんもカウラさんも熱くなり過ぎよ』
淡々と役を終えて茶々を入れる春子。
『お母さんは黙って』
『ハイハイ』
急に怒りをみなぎらせていた要が噴出した。家村親子のやり取りがつぼに入った、そんな感じだった。さすがにここはアイシャか吉田が止めるだろうと誠は思ったが二人はそのままシーンを続けることを選んだようだった。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 番外編 作家名:橋本 直