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遼州戦記 保安隊日乗 番外編

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「かわいそうになあ、明華の姐御の説教が待っているって言うのに」 
 そう言いながら要もアイシャに付き合うようにしてシミュレーションルームを覗き込んだ。
「なんだ、エダは居ねえじゃん」 
 要のその言葉に興味を失ったアイシャは隣の自分の机のある運行班の詰め所に向かおうとする。
「チョイ!」 
 そう言いながら遅れて歩き出そうとする誠の袖を引いた要。誠が振り向くとそこにはシミュレーションルームから顔を出すエダの姿があった。入り口からは陰になるコンソールにでも隠れていたらしく要を見つけると驚いたような表情を浮かべる。
「そのまま隠れてな」
 そう小声でエダに言うと要はそのままシミュレーションルームを後にした。何事も無かったように誠はアイシャ達についていった。彼女はすでにノックもせずに運行班の扉を押し開けていた。
「今のうちだ!」 
 そんな要の合図に頭を下げながら廊下を走り出したエダ。
「何しているのよ!」 
 部屋から顔を出すアイシャに愛想笑いを振りまく要。彼女は廊下で突っ立っているカウラの肩を叩きながら部屋の奥に鎮座しているリアナを見つつ部屋に入った。実働部隊の次に階級の高い将校が多いことと全員が女性と言うこともあり、かなり落ち着いた雰囲気の部屋だった。
 誠は良く考えればこの部屋には二、三回しか来た事が無かった。だが一つ、部屋の奥にある大き目の机の持ち主が誰かと言うことはわかった。机の上には同人誌やフィギュアが正確な距離を保って並んでいる。その主の几帳面さと趣味に傾ける情熱が見て取れた。
 アイシャは自分の席に特に仕事になるようなものが無いことを確認する。そんなアイシャのところにニコニコといつものように笑う部隊の女性士官唯一の既婚者。鈴木リアナ中佐がやってきた。
「ご苦労様ねえ。じゃあ私も手伝うわね配るの」 
 そう言って誠の手のプリントをリアナは取り上げようとする。
「いいですよお姉さん!私達の仕事ですから!」 
 そう言ってリアナを座らせようとするアイシャ。
「そう?別にたいしたことじゃないから手伝ってあげても……」 
 残念そうに机に座ると、サラがリアナに入れたばかりの日本茶を運んでくる。
「それじゃあお茶くらい飲んで行かない?誠君達にこういうことばかりさせてるのも悪いし」 
 その言葉にサラは奥の給湯室へと消えていく。
「別に気を使わなくても……」 
 カウラはそう言いながら誠の後頭部を叩く。それがお前も同意しろと言う意味なのもわかってきた誠も手を大きく振る。
「そんな気を使わせるなんて悪いですよ。それに管理部とか配るところが結構ありますから」 
「大変ねえ。がんばってね!」 
 そう言うリアナに要がアンケート用紙を渡す。そして愛想笑いを浮かべつつリアナに頭を下げるアイシャを残して誠と要、そしてカウラは廊下へと退散した。
「じゃあ、あとは上の茜さんのところと実働部隊と管理部だけね」 
 そう言いながら意気揚々と階段を上がるアイシャ。
「そう言えばよう。この階段上がるの久しぶりだな」 
 要がそんなことを口にした。日中とはいえ電気の消された北側の階段には人の気配も無く、初冬の風が冷たく流れている。
「私は時々上るぞ。まあ確かに出勤の時は直接ハンガーに顔を出すのが習慣になっているからな、私達は」 
 カウラも頷きながらひやりとするような空気が流れる寒色系に染められた階段を上る。彼女達の言うように、誠もこの階段を上ることはほとんど無かった。上がればすぐ更衣室であり、本来ならそれなりに使うはずの階段だった。この階段の前の正面玄関のそばにカウラのスポーツカーが毎朝止まるのだから、それで通う誠と要、そしてカウラとアイシャにとって駐車場から更衣室にはこちらを使う方がはるかに近道だった。
「まあ、それだけ整備の人達とのコミュニケーションが取れているから良いんじゃないの?そう言えば私も誠ちゃんの家にお世話になるようになってからだわね、整備のメンバーの顔と名前が一致するようになったの」 
「神前の家じゃねえだろ!ありゃ元は保安隊の男子寮だ」 
 アイシャは要の突っ込みを無視しながら階段を上りきり、踊り場の前に張られたポスターを見る。
『ストップ!喫煙!ニコチンがあなたの心臓を!』 
 そう書かれたポスターとその隣の扉。じっとアイシャが要を見たのは要のヘビースモーカー振りを非難してのことなのだろう。要はまるっきり無視すると言う構えで誠のうち腿に軽く蹴りを入れる振りをしている。
「そう言えばドクターのってあるの?」 
 アイシャはそう言いながら後に続いてきた要と誠の顔を見つめる。
 保安隊付きの医務官。ドム・ヘン・タン大尉。小柄で気さくな軍医だが、健康優良児ぞろいの保安隊では健康診断の時にしか活躍しないと思われていた。
「あるんじゃないですか?それに今朝会いましたよ、男子トイレで。もしはぶられたら怒るでしょうから……」 
 誠のその言葉に不思議そうな顔をする要。そのままノックもせずに扉を開いた誠はぼんやりと天井を見上げているドムを見つめることになった。
「おう、先生。元気か?」 
 要の声でようやく状況をつかめたと言うような表情を浮かべて手にしていた競馬雑誌をデスクに置くドム。
「お前等も大変だねえ……さっき吉田から連絡があった奴か……うちに電話して決めてもらうよ」 
 そう言いながら誠からアンケート用紙を受け取る。
「でも本当にこれでいいのか?」 
 ドムはシンやマリアほどではないが常識人である。一応所帯持ちなのでそれなりの体面もある。
「そう言えば先生の家って娘さんが……」 
「違う。息子が二人だ」 
 アイシャの言葉をさえぎるように言うドム。その視線はアンケート用紙と誠を行ったり来たりしていた。
「まあいいや、どうせ次があるんだろ?早く行けよ」 
 そう言って再び競馬情報誌を手に取るドム。追い出されるようにして誠達は男女の更衣室が並ぶ廊下へと放り出された。
「相変わらず愛想のねえオヤジだな」 
 要はそう言うと何度かドアを蹴る真似をする。
「たぶん次のレースの締め切りが近いんじゃないのか?」 
 そんなことを口にしたカウラをアイシャと要が驚愕の目で見つめる。無趣味で知られて仕事以外の知識は無い。そう言う風にカウラを見ていた道楽組みのアイシャと要だがドムの無類のギャンブル好きを知っていることに目を見開く。その驚いた顔が面白くて誠は微笑みながら言葉を継いだ。
「そう言えばこの前二人で日野競馬場に行ったんですよね」 
 誠がカウラに向けてはなったこの言葉が、要の手を操るようにして誠にチョークスリーパーをかけさせた。
「おい、先週の話か?先週だな?実家に戻るって話しは嘘だったんだな?しかもこいつと競馬場デートか?おき楽なもんだな……」
 ぎりぎりと締め上げる要。誠は息もできずにただばたばたと手を振り回すばかり。 
「止めなさいよ!」 
 頚動脈の締め付けられる感覚で気を失いかけていた誠をアイシャが要から引き離した。
「それで、二人で何をしていたわけ?」 
 膝をついて呼吸を整えようとする誠に顔を近づけて詰問するアイシャ。
「カウラさんが競馬を見たいと言うから行っただけの話ですよ」