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珈琲日和 その3

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 しばらくすると太郎さんの携帯がけたたましく鳴り響きました。
「お。マナーにしとくの忘れてやがったよ。マスター悪ぃな。ちょっと電話してくらぁ」太郎さんは急いでハンドブックを伏せて、店の外に出て行きました。と思うとすぐに戻って来て、悪いがお勘定を頼むと言いました。
「慌ててどうしたんですか。何かあったんですか?」僕はおつりを渡しながら、いつもと違う店長の顔になった太郎さんに聞きました。
「いや。この間のやろぅが又店で暴れているらしいんだ」
「警察を呼んだ方がいいんじゃないですか?」
「おう。俺の知り合いの警官には頼んどいた。じゃ、飲みかけで悪ぃんだけど又来るわ。すまねぇな。ご馳走さん」
 太郎さんは急いで出て行きました。僕はその後ろ姿を見送って、再びハーモニカーを吹き始めたのです。

 しかしその日、太郎さんは店で暴れていた男を抑えようとして刺されて亡くなりました。




「どうして奴が死ななきゃいけなかったのよ?」シゲさんが思い出した様に呟きました。

 あの日、太郎さんが店に着くと男は包丁を振り回してスタッフに金を返せと脅していたらしいのです。
 太郎さんが素早く間に入って何とか宥めようとしたのですが男の精神状態はおかしく、太郎さんが店長だとわかるやいなや包丁を振翳し、恨みつらみを掃き出すように何度も太郎さんの体を刺した。。
 警察が到着するのが一足遅かったのです。太郎さんは奥様と娘さんに伴われ病院に搬送されましたが既に手遅れの状態でした。
 むろん男は逮捕され店も潰れてしまいました。
 思い出すとまるで昨日の様なのに、あれからもう何年も経ちました。
 もし太郎さんが生きていれば今頃、イタリアに遊びに行ったと言って写真片手に土産話に花が咲いたりしたのでしょう。
 僕は悔しくて仕方ありませんでした。シゲさんの言う様にどうして??
どうしてあんなに一生懸命生きて来た太郎さんが・・・。
「俺、帰りに太郎っちの墓参りでもしてくんわ」
 そう言って、トマトスパゲッティを食べ終わったシゲさんは帰って行きました。
 空になったお皿と椅子の後ろで又小太郎が跳んで蠅を捕まえていました。



 太郎さんのお葬式が終わって何ヶ月後かのやけに熱い日でした。
 早くも大量発生した小蠅に僕は悩まされていました。手を鳴らして叩こうがダスターを振り回そうが全く成果はないのです。
 僕は力尽きて椅子に凭れ掛かりました。
 食べ物を扱っているので殺虫スプレーはなるべく使いたくなかったのです。
 ふと正面扉をみると赤、青、オレンジ、緑の嵌め込みガラスの中の一枚、黄色のガラスに何か1センチ弱くらいの黒いものがくっ付いているのを見つけました。かがみ込んでよく見るとそれは毛むくじゃらの真っ黒い蜘蛛でした。
 足は太くて短く、まん丸なお腹とくりっとした目が大きいのと小さいので2つずつ付いていてしきりに近くの蠅に反応して体を動かしていました。
蜘蛛かぁ。。
 蜘蛛の巣を張られるのはちょっと勘弁して欲しいなと思いつつも相当蠅にうんざりしていたので、蜘蛛なら蠅を食べるだろうと藁をも掴む思いでその蜘蛛を中に入れました。
 その蜘蛛は入ってくるなり、まず扉の近くにいた蠅を一跳ねして捕まえたのです。そして余程腹が減っていたのか次々とジャンプして蠅を捕まえては食べるのを繰り返して、すぐに蠅は気にならない位に減ったのです。
凄い!
 どうやらこの蜘蛛は巣を張って獲物を待ち伏せするタイプの蜘蛛では無いようでした。
 4つの目で見て獲物を捕えて素早く動き仕留める。
 店の本棚に置いてある子どもの頃から愛用している昆虫図鑑を広げてみました。いたいた。
 どうやらハエとり蜘蛛と言うらしかったのです。
 砂糖水も飲むと書いてあったので試しに作って、カウンターの上で蠅を丸めている蜘蛛の前に垂らしてみました。蜘蛛は一瞬躊躇いましたが興味深々で近付き飲みました。
 ある程度飲み終わると顔を上げて4つの目で僕を見上げました。
 するとその蜘蛛がにやっと笑ったのです。
あの見覚えのある笑い方。。

 その日から蜘蛛は小太郎と名付けられ、店の隅っこで蠅や害虫退治のアルバイトとして住み込むようになったのです。
今回はそんなお話でした。
作品名:珈琲日和 その3 作家名:ぬゑ