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珈琲日和 その2

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こんにちは。
 僕の経営している喫茶店には様々なお客様がいらっしゃいます。若い方もいますし、ある程度の年配の方もいらっしゃいます。
 中には老人用マンションから毎週通っていらっしゃる方もいます。
 その方は、毎週水曜日のお昼過ぎに送迎用のバスに乗って、クリームコロッケカレーとアイスコーヒーを召し上がりに来てくれます。
 僕のお店では僕の趣味でそんなに本格的ではないのですが料理も幾つか出しています。中でもこのクリームコロッケカレーとナポリタンは自分で言うのも何ですが結構自信があります。
 その方は男性で恐らく70歳後半くらいだと思います。こざっぱりと清楚で上品な身なりをしており、小柄で物静かで何処か気弱そうな雰囲気があります。
「こんにちは」その方は色とりどりのガラスが嵌っている扉を引いて静かに入って来ると、カウンターの端っこの席に腰掛けて
「クリームコロッケカレー少なめとアイスコーヒーをお願いします」と、控えめでいて何処となく上品に注文します。
 決して「いつもの」なんて横柄な事は言いません。
 僕は自分がたくさん食べる方なので、僕の店で出している料理も些か量が多かったのです。
 いつだったか、この方が「いつも美味しく頂いているのに、毎回綺麗に食べきれなくて残してしまうのが申し訳ない」と謝ってこられた事がありました。
 僕は「とんでもない!こちらこそ僕の配慮が足りないばかりにいつもお心苦しい思いをさせてしまい本当に申し訳ありません!」と平謝りしました。その時からメニューに「量は調節出来ますので注文時に申し付け下さい」と付け加えました。
 僕はカレーを大鍋から小鍋に移し、静かに調理を開始します。
 その方はいつも静かに手をカウンターの上でゆったりと握り合わせ、奥の壁にかかった写真や絵なんかをゆっくりと眺めながら待っています。
 最初にアイスコーヒーをお出しします。その方は少し微笑んで軽く会釈してからまずストレートで召し上がられます。
 少しずつ香りを楽しむように、またその香りと共に生まれている今のこの時間を楽しむように2口程召し上がり、それからミルクを少し入れ同じように楽しんで召し上がられます。
 僕はしがないながら珈琲を扱う喫茶店をしているので、自分で選りすぐった豆で挽いた珈琲をそんな風に楽しんで召し上がって頂けるなんて、嬉しい限りです。これ以上のやり甲斐があるでしょうか?
 僕が上機嫌で思っているうちにクリームコロッケカレー少なめが出来上がりました。
「お待たせしました」
 クリームコロッケカレーをお出しすると、その方はにっこり笑って「ありがとう」とおしゃいます。何とも言えないこの素晴しい瞬間。良いですね。
最高です。
 その方はクリームコロッケカレーを最後の一さじまで残らず楽しんで、もちろんアイスコーヒーも氷が解ける前の最後の一滴まで残らず味わって「ご馳走様でした。美味しかったです。」と、お勘定をしてお帰りになります。
 こんな過ごし方が出来るのも喫茶店ならではですね。なので、僕は例え生活が苦しくても営業を辞める気なんてないのです。とは言え、離婚をしてからの僕の生活は信じられない位苦しくなってしまいました。
 でも、仕方ありません。僕は妻を傷つけてしまったのですから。いくつになっても男女の関係は難しいものです。
 まぁ、とりあえず僕の話は置いておいて。
 今回はあるご夫婦のお話です。

 とても仲の良いご夫婦でした。
 見た目だけやその場だけではなく、本当に仲が良いのがお話しているとよくわかりました。
 常日頃からしている行動や思考はどんなに場所が変わろうと多かれ少なかれ色々なところに現れます。
 そのご夫婦はお互いをそれぞれで思い遣って気遣っているのがよくわかりました。言葉の端々や相手に向ける眼差しなんかに表れて、お2人の周りには柔らかく優しい空気が満ちているようでした。鴛鴦夫婦とでも言うのでしょうか。
 特に奥様は始終ニコニコと笑い、それでいてきちんと的確に旦那様が言う事をフォローしてあげたり、優しく間の手を入れたり相槌をうったりと本当に素敵な方でした。
 お二人共恐らく50歳から60歳手前くらいだったと思います。週に一回程決まって散歩の途中に休憩がてら寄って下さってました。
 いつも僕のオリジナルブレンドとカフェラテを召し上がっていました。時々、お供にビターの生チョコがつく事もありました。
 お二人は僕が見る時はいつも一緒でした。どうやら住んでいる所も僕の店からそう遠くないらしかったのです。
 時々、買い出しに行ってスーパーでお二人を見かけたりもしました。やっぱり一緒に仲良く買い物をしてました。
 独り身の僕としては急に少し寂しさを感じ、あまりの人恋しさについ昔の彼女や仲の良い女友達なんかに電話をして会いに行ってしまいそうになるのです。
 いえいえ。僕はまだ一人になってからそんなに時間が経っていないし、彼女達だってとっくに結婚して妊娠してり母親になったりしているのでもちろん僕は我慢しました。
 ま、とりあえずそんな風に感じてしまう位にお二人は大変仲が良かったのです。
「私と妻は一心同体の様なものです。考えも思いもいつも一緒でどんなに私が何も言わなくても何をしても必ずぴったりとするのです。上手く言えませんけど、私には妻は私で、私は妻なのです。」何だか不思議な事を、奥様がお手洗いに立っている時にご主人が僕に言ってきました。
 一心同体・・・これはよくわかります。本当に気持ちやフィーリングがぴったり合った者同士だとまるで2人が1つになっているように感じる事があります。
 僕もかつて別れた妻とそうでした。
 しかし、奥様がご主人であってご主人が奥様である・・・これは??? 少し僕の中で引っ掛かるところがありました。
 でも、世の中は広いし様々な人がいるから中には極稀に神様が一人の人間を間違って2つに分けてしまい、片方は男にもう片方は女にしたような人がいるのかもしれない。まるで双子みたいな。。

 数日後。バラまいた無数の青ビーズがきらめく様な五月晴れの日、僕は久しぶりに店を休みにした。
 最近休まず働いているからかようやく生活にもゆとりが出てきたのでたまには休もうと思い前から常連さん達には伝えておいた。
 とても天気が良い5月の初めでしかも久しぶりの休み。
 僕は薄いグレーのTシャツにジーパンという格好で、上に白っぽいシャツを羽織って玄関を開けた。すると、まるで水の中にいるみたいな錯覚が僕を包んだ。
 積み木を適当に積み重ねて作ったようなこの建物の中で、僕の住む部屋は玄関の扉を開けると目の前には隣の小学校のプールがあった。まだプールには肌寒いが夏に向けて掃除をしたらしく、ターコイズブルーの水が初夏の風に涼しげに揺れ、光を反射して僕の顔や、建物の壁面に白く輝く水面の粗い編み目模様をゆらゆらゆらゆら映し出していた。
 この間までは枯れ葉なんかが汚らしくいっぱい漂っていておまけに底は黒い砂だらけで、そこに何処から飛んできたのか桜の花弁が散って浮かんでいたっけ。夏が近づいているんだ。
 無駄に夏男の僕は機嫌が良かった。
作品名:珈琲日和 その2 作家名:ぬゑ