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遼州戦記 墓守の少女

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「今頃、東モスレム三派の部隊が北兼台地南部基地になだれ込んでいる頃合だなあ」 
 とぼけたようにつぶやいた嵯峨の言葉に、一瞬吉田の表情が驚愕のそれに変わった。そして次の瞬間にはまるで火の付いたような爆笑に変わる。
「つまり俺はアンタの掌で踊っていたわけですか」 
 そう言い終わる吉田の瞳に光るものがあるのをクリスは見逃さなかった。そんな吉田を心配そうに見つめるシャム。
「面白れえよ、あんた。久しぶりに楽しめる仕事だったよここの仕事は。だが、しばらくは休みが取りたいもんだね」 
「でも……」 
 シャムがつぶやくと、吉田はシャムとクリスを見上げた。
「そこのチビも結構面白れえ顔してんな」 
「酷いよ!!面白い顔なんかじゃないもん!」 
 シャムはそう言うと頬を膨らませる。
「褒めてるんだぜ、俺は。世の中面白いかつまらないか。その二つ以外は信用ができない。信用するつもりも無い。アンタ等についていけば面白いことになりそう……」 
 突然、吉田の体が痙攣を始めた。
「……時間切れか。また会うときはよろしくな」 
 嵯峨はそう言うと痙攣している吉田の胸元に日本刀を突き立てた。吉田はにんまりと笑った後、そのまま目をつぶって動きを止めた。
「死んだんですか?」 
 クリスのその言葉に首を振る嵯峨。
「これはただの端末ですよ。本体は……まあそれはいいや」 
 それだけ言うと嵯峨は刀を吉田から抜いて振るった。鮮血が大地を濡らす。
『隊長!敵勢力はほぼ壊滅!指示を願います!』 
 スピーカーから響くセニアの声。
「さてと、三派のお偉いさんに挨拶でもしに行きますか」 
 そう言うと嵯峨はカネミツに乗りこむ。シャムも頷くとそのままクロームナイトを始動させた。



 従軍記者の日記 34


 散発的な銃声が響く北兼台地南部基地にクリスとシャムは降り立った。ムッとした南からの暖かく湿った風が二人の頬を撫でる。
「まだ続いているんだね、戦いは」 
 コックピットを開いて流れ込んでくる熱風に黒い民族衣装を翻すシャム。クリスは基地の中央で両手を頭の後ろに当ててひれ伏し、東モスレム三派の兵士に銃を向けられている共和軍の兵士達を眺めていた。
「手でも貸しましょうか?」 
 クロームナイトの足元で、タバコをくわえた嵯峨と、書類に目を通している隼の姿を見つけたクリスは首を振ってそのままシャムの後ろをついて機体を降りようとした。
「危ない!」 
 白い機体の腕から落ちそうになったシャムを書類を投げ捨てて支える伊藤。
「慌てても何にもならないぜ」 
 そう言って笑う嵯峨。
「まもなく我々の陸上部隊も到着します。今のところ組織的な抵抗は受けていませんよ」 
 伊藤はそう言うと散らかした書類を拾い始める。その姿を見て、三派の兵士達も飛んできた書類に集まってきた。
「エスコバルの旦那が死んだんだ。奴等も抵抗が無意味なことぐらいわかっているだろうにな」 
 タバコを投げ捨ててもみ消した嵯峨。その視線の先には炎上する町並みが見えた。ただ漫然と見つめる嵯峨。それをいぶかしむように伊藤は悲しげな表情でそれを見つめていた。
「そう簡単に戦争は終わるものじゃありませんよ。戦争は簡単に始まるが、終えるのにはそれなりの努力が必要になる」 
 クリスの言葉に振り返る嵯峨。一瞬、威圧的な色がその瞳に浮かんだが、すぐにそれはいつもの濁った瞳に変わった。
「確かにそうですねえ。あいつ等は三派に降伏したらイスラム教徒以外は殺されると吹き込まれているみたいですしね。そして俺達は単なる無頼の輩で人殺しを楽しみにしていると思ってるんだから……」 
 そう言いながら伊藤の方に目を向ける嵯峨。伊藤は自分の腕の政治将校を示すエンブレムを見て首をすくめた。
「隊長!」 
 ようやくたどり着いた二式を降りたセニアと御子神が駆けつけてきた。後ろからうなだれてくるレムとその肩を叩きながら声をかけるルーラ。
「飯岡は?」 
 その嵯峨の言葉に視線を落とすセニア。
「戦死しました。コックピットに直撃弾を受けましたから即死でしょう」 
 御子神の言葉に、嵯峨はそのままタバコを手に取った。
「何度聞いても慣れないな、戦死報告って奴は」 
 クリスはそのままうつむいて本部の建物に向かう指揮官に声をかけることができなかった。
 そのまま伊藤に案内されて嵯峨は基地の司令室に向かった。そんな三人を襲う死臭。クリスにもその原因はわかっていた。基地の一角を掘り起こしている三派の兵士は疫病予防のためにガスマスクを装着していた。
「ゲリラ狩りの被害者ですか」 
 思わずハンカチで口を押さえながらクリスが先を急ぐ嵯峨に尋ねた。
「まあそんなところでしょう。私も昔やりましたから」 
 そう言う嵯峨の目は笑ってはいなかった。クリスも笑えなかった。胡州軍の組織的ゲリラ討伐戦のプロ『人斬り新三』。嵯峨がその異名を持つことになったこともクリスは知っていた。階下から匂う死臭にハンカチで手を押さえながらそのまま司令部のドアを開いた。
 涼しい空調の効いた部屋にたどり着いて、ようやく三人は忌まわしい匂いから解放された。モニターはほとんどが銃で破壊され、処分が間に合わなかった書類の束が床に散乱している。それを抜けて嵯峨は先頭を切って階段をのぼる。時々、ターバンを巻いた三派の将校が嵯峨の襟の階級章を見て敬礼する。
 そのまま二階の廊下を突き当たり、歩哨の立っている司令室にたどり着く。
「嵯峨中佐ですね」 
 そう言うと浅黒い肌の歩哨が軽く扉をノックした。
「どうぞ!」 
 中で大声が響いた。嵯峨はためらうことなく扉を開いた。室内には窓から庭を見下ろしているグレーの髪の将官が立っていた。
「嵯峨惟基中佐、到着しました!」 
 直立不動の姿勢をとった嵯峨が敬礼をする。三派の指揮官と思しき男が振り返るのをクリスは眺めていた。東アジア系の顔立ちだが、クリスには髭が無いところから仏教徒か在地神信仰の遼州人か分からなかった。その眉間によせられた皺がその男の強靭な意志を示していた。
「東宮がそう簡単に臣下に敬礼などするものではありませんよ」 
 穏やかにそう言った男の顔眺めて、クリスはその人物のことを思い出した。
 花山院康永(かざんいんやすなが)中将。遼州東部の軍閥の首魁、花山院直永の腹違いの弟。そして嵯峨の実の弟に当たるムジャンタ・バスバ親王の忠臣として知られる猛将が穏やかに嵯峨を眺めていた。そしてその親王ムジャンタ・バスバを手にかけたのが嵯峨であることも誰もが知るところだった。
「なあに、今の俺はただの遼南人民軍の指揮官ですよ。さらに加えて言えば党のおぼえはきわめて悪い」
 そう言いながら隣の隼を見つめる嵯峨。伊藤は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「その主席が亡くなられたそうじゃないですか」 
 そう言う花山院の言葉にクリスは目をむいて青年指揮官を見た。嵯峨の表情には変化は無かった。隣の伊藤も動じる気配が無かった。
「その顔は知っていたとでも言うようですね。もしかして暗殺……」 
 花山院はそこまで言って言葉を飲み込んだ。嵯峨は腰の軍刀に手を伸ばしている。
「下手な推測はしないほうがいい。そう思いませんか?」 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直