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遼州戦記 墓守の少女

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 嵯峨はそのまま引き抜いた刀を左肩に担いで市長室に入っていく。目の前で拳銃を机の上に置いたままじっと嵯峨の顔を見つめるエスコバル大佐がいた。
「やはり……来たのか」 
 そう言ってうっすらと恐怖をまとった視線を嵯峨に送るエスコバルを見て、嵯峨は立ち止まった。
「いつかはこうなる。あんたもわかっていたんじゃないですか?」 
 頬についた返り血を拭いながら嵯峨は微笑む。そんな嵯峨にエスコバルはただ引きつった笑みを浮かべるだけだった。
「何が……目的だ……金か?それとも……」 
 エスコバルはそう言うと執務机から立ち上がった。手に刀を握ったままソファーに腰掛けて灰皿にタバコのフィルターを押し付ける嵯峨。その正面に膝が笑っているのを悟られまいと言うように静かに腰掛ける。
「それにしてもアレですね。あんたの部下達。あいつ等が遼南最強とは……」 
 嵯峨はそのまま利き手ではない右手で胸のポケットからタバコを取り出す。左手にはまだ血を滴らせる太刀が握られていた。
「そうだ……君の部隊は最強だからな……」 
 そう言うとエスコバルも吸いかけの葉巻を取り出すと震える手を伸ばして机の上のライターで火をつける。そのままエスコバルからライターを受け取った嵯峨も新しくくわえたタバコに火を点した。
「終わったんだろ?私の部隊を無力化した今、君は目的を果たしたんだ……」 
 引きつった笑みを浮かべるエスコバルを見て嵯峨は大きなため息をついた。抜かれたままの剣からはバレンシア機関の隊員の血が流れ落ちている。憲兵隊の隊長として、混成連隊の殿として、そして今は軍閥の首魁として、何人の血をコイツは吸ってきたのだろう?そんな疑問が頭をよぎって、嵯峨は乾いた笑みを浮かべた。
「確かにあんたの部下は良くやったと思いますよ。米軍の情報支援も無い、前線を知らない将軍達は自分の私腹を肥やすことにしか関心が無い……」 
 そこで大きくタバコの煙を吸い込んだ嵯峨。その目の前のエスコバルの膝は完全に制御を離れて迫り来る恐怖の時を感じつつ震えていた。
「あんたの同僚達は北天戦の敗北からずっと亡命後の生活設計ばかりを頭に描いている。それじゃあ戦争にはなりませんわな」 
 嵯峨の右手のタバコの灰が床に零れ落ちる。
「もう勝敗は決まったんだ。これ以上の犠牲は無駄だと思わないのか?」 
 そう言ってエスコバルは立ち上がった。そしてそのまま彼は執務机に置かれた拳銃を手に取る。
「無駄と言う言葉?知りませんか?」 
 自分に向けられた銃口に嵯峨は大きくため息をついた。それを見つめるエスコバルの瞳は弱弱しく光った。そして立ち上がる嵯峨。
「立つな!」 
 拳銃を持つ手が震えていた。嵯峨はただ立ち上がると静かに握った刀をゆっくりと振り上げた。
「来るな!」 
 エスコバルの右手に力が入る。察した嵯峨はそのまま床に伏せて大きく刀を後ろに構える。銃声が響いた瞬間、エスコバルの右手は拳銃を握ったまま転がっていた。こもったような銃の発射音に警戒にあたっていた抜刀隊の黒ずくめの兵士が二人飛び込んできた。
 嵯峨はそちらを一瞥して手で発砲を止めさせる。右手が無くなったエスコバルの表情がさらに引きつる。
「これなら正当防衛ですかね……ああ、過剰防衛か」 
 そう言うと嵯峨は二の太刀でエスコバルを袈裟懸けに斬って捨てた。
 嵯峨は大きくため息をついた。その人民軍の佐官の制服はどす黒い血を滴らせていた。一息、二息。しばらく立ち尽くしたあと、右腕の袖に剣の刃を挟んで血を拭い去る。
「楠木、終わったぜ」 
 そのまま左手の小型通信機に嵯峨が語りかける。
「撤収準備は順調に進んでいます。制圧射撃をしていた支援部隊の連中から順次引き上げを開始しています」 
 楠木の感情を殺した声に静かに嵯峨は頷いた。
「全く、権力なんて持ったところで疲れるだけだって言うのにな」 
 そう言いつつ嵯峨は静かに階段を降り始めた。彼を追い抜いて降りていく部下達。時折、敵の残党に遭遇するらしく、銃声が断続的に響いている。
 嵯峨は吸い口の近くまで火の回ったタバコを投げ捨ててもみ消す。
「俺の仕事はここまでだ。シンの旦那はどう動くかな」 
 彼の頬に抑えがたいとでも言うような笑みが浮かんでいた。



 従軍記者の日記 28


「寝付けなかったんですか?」 
 本部に入るクリスの顔を覗き込むようにしてキーラが声をかけてきた。彼女の頬ににじむ油にクリスはかすかな笑みを浮かべて応えた。
「君こそ夕べは徹夜だったみたいじゃないか」 
 まだ日は昇らない深夜一時。ハンガーは煌々と明かりが照らされている。
「私達の任務はこれからしばらくは待機ですから。それよりシャムちゃんの後部座席に乗るんじゃないですか?結構あの子、無茶するかもしれませんよ」 
 そう言ってキーラは笑った。本部のビルは出撃前と言うこともあり、引き締まった表情の隊員が行き来している。その中から御子神を先頭にパイロット達が姿を現した。軽く会釈をするだけで、彼らの表情はどこか固まっていた。その最後尾におまけのようについてきたシャム。相変わらずの黒い民族衣装のまま、入り口の隣で彼女を待っていた熊太郎が駆け寄るのをどこかぼんやりとしたように眺めている。
「ああ、ホプキンスさん」 
 クリスにかける声もどこか頼りない。キーラはつなぎのそでで顔についていたオイルを拭うと、シャムの被っている帽子を直してやる。
「大丈夫?眠れなかったの?」 
「違うの」 
 シャムは頭を振りながら焦点が定まらないような瞳でクリスを見上げた。
「本当に大丈夫かい?」 
 クリスが声をかけるが、シャムはそのままハンガーへ向けて歩いていく。心配そうな唸り声を上げて見守る熊太郎。
「元気出せよ!」 
 シャムの被っている帽子を叩いたのはライラだった。
「ライラちゃん……」 
 驚いたように帽子を被りなおすシャム。その様子をジェナンとシンが笑顔で見つめている。
「昨日の元気はどうしたんだよ……それが取り柄なんだろ?」 
 ライラは上機嫌だった。だが、彼女の額に浮かんでいる脂汗をクリスは見逃さなかった。彼女が戦場に立つ恐怖を紛らわす為にわざと明るく振舞って見せているのは間違いなかった
「うん大丈夫だよ。ホプキンスさんも安心していいから」 
 そう言うとキーラにつれられてシャムはハンガーへと歩き始めた。
 きらめく照明の中で次々と起動準備に入るアサルト・モジュールを見ながら、静かに愛機クロームナイトに足を向けるシャム。
「一番機出ます!」 
 セニアの機体が接続されていた機器をパージして歩き出す。他の機体も待機状態で、コックピットを開けたまま整備員と怒鳴りあっている光景が続く。
「ナンバルゲニア機!起動準備はどうだ」 
 クロームナイトに取り付けられたはしごを先頭に立って上りながら、キーラは仕様書を読んでいる整備員に声をかけた。
「かなりアクチュエーター関連がこなれてきましたから……かなりエンジンを回しても大丈夫ですよ!」 
 眼鏡をかけた男性の整備兵がそう言うと手にしている仕様書をキーラに手渡した。
「じゃあ、俺から乗るか」 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直