遼州戦記 墓守の少女
「隊長の指示でダミーのメニューをつけたほうがなんとなくカッコいいということで……」
そう言う事務官に肩を落とすクリス。
「じゃあ卓袱うどんで」
そう言う御子神から遼北元を受け取ると事務官はプラスチックの食券を渡した。冗談で言ったメニューに淡々と頷いて食券を渡す事務員。
「なんでそんなのがあるんですか!」
クリスの言葉に事務官はもう答えるのをやめたと言うように無視を決め込んだ。
「それは隊長の趣味じゃないですか?」
苦笑いを浮かべながら食券を持って歩いていく御子神。
「なんで卓袱うどん?」
口元を引きつらせるクリスは食券を持ってどんぶりモノコーナーに向かう。
「はい!カレーうどんお待ち!」
そう言って炊事班の女性からどんぶりを受け取るハワード。
「悪いね」
そう言うとクリスを置いてそそくさとパイロット達のテーブルに座るハワード。
「じゃあお先に」
卓袱うどんを受け取った御子神が去っていく。
「はいカレーお待ち」
皿を受け取ったクリスはそのまま御子神の隣の席に座った。
「しかし、君達も何も知らされていないんだね」
クリスの言葉に反応したのはシンだけだった。
「おそらく隊長は南部基地には現れないでしょうね。胡州公安憲兵隊。要人略取作戦を本領とする特殊部隊だ。普通に考えれば狙いは一つ」
明華が静かに汁をすすっている。
「胡州帝国遼南方面公安憲兵隊。通称『嵯峨抜刀隊』か……」
カレーうどんをすするハワード。
「その多くが戦争犯罪人として今でも追われる身分ですからね。まあ隊長の荘園でかくまっていたんじゃないですか?」
淡々と卓袱うどんを食べる御子神。胡州帝国の貴族制を支えている『荘園』制度。移民の流入によるコロニーの増設の資金を出した胡州有力者が居住民への徴税を胡州政府から委託されたことをきっかけとして始まった制度。西園寺、大河内、嵯峨、烏丸の四大公以下、800諸侯と呼ばれる貴族達の荘園での実権は先の敗戦でも失われることは無かった。特に嵯峨家は中小のコロニーを含めると125のコロニーの二億の民を養う大貴族である。先の大戦の戦争犯罪人をかくまうことくらい造作も無いだろうとクリスは思った。
「しかし君達を取材してわからないことが一つあるんだ」
クリスの言葉にセニアが顔を上げる。
「あの御仁がなぜ遼南にこだわるんだ?あの人にはこの土地には恨みしか持っていないはずだ。彼を追放し、泥を被るような真似を強要され、そして勝ち目の無い戦いに放り込まれたこの土地で何をしようというんだ?」
クリスのその問いに答えようとする者はいなかった。
「あの人は、なにか遠くを見ているんじゃないですか?」
しばらくの沈黙の後、御子神は口を開いた。
「遠く?」
クリスの言葉に御子神はしばらく考えた後、言葉を選びながら話し始めた。
「遼州人と地球人。あの人はその力の差は前の戦争で嫌と言うほどわかったはずです。だけど、同じ意思を持つ人類としてどう共存していくか。それを考えて……」
「まさかそんな善人ですかねえあの御仁は」
ハワードの言葉に視線が彼に集中する。さすがに言い過ぎたと思った彼は視線を落としてそのまま食事を続けた。
「共存の理想系は東和だ。あそこはほとんどは遼州系の住民のはずだが、この二百年、国が揺らいだことは無い武装中立の強い意志と的確な情報判断の結果だろう」
そう言ったのはシンだった。ようやく奇妙な食材を飲み下して安心したように机の上にあったやかんから番茶を注いでいる。
「そんなことを考えているようには見えないんですがね」
そんなクリスの言葉にまた場が静けさに包まれる。
「御子神ちゃんは親へのあてつけってはっきりわかるからいいけど、あのおっさんはそんなことを言える年でもないし」
レムが冷やかすような視線で御子神を眺めている。
「レム。あのおっさんとは聞き捨てならんな」
そう言って出てきたのは飯岡だった。影の方で食事を済ませたようで手には缶コーヒーが握られている。
「じゃあ飯岡さんはどう考えるんですか?」
全員の視線を浴びて一瞬飯岡は怯んだ。
「強きを憎み、弱きを守る。それが胡州侍の矜持だ。俺はそのためにここに来た。あの人も同じく遼南にやってきた。確かに身一つで駆けつけた平民上がりの俺に対してあのお方は殿上人だ。当然軍閥の一つや二つ仕切っていてもおかしいことじゃあるまい?」
そう言い切る飯岡だが、クリスはその言葉に納得できなかった。正確に言えば、その場にいる誰一人納得していない。
「胡州も波乱含みだからな。ある意味自分の力量でどうにかなる遼南の方が、しがらみだらけの胡州よりは御しやすかったと言うことじゃないですか?」
御子神のそんな一言が一同の心の中に滞留する。クリスもそれが一番あの読めない御仁の考えに近いだろうと納得した。そのようにして箸を進めながらのやり取りはあまり意味があるものではなかった。クリスはそう思いながら周りを見渡した。
「そう言えばシャムはどうしたんですか?」
クリスの言葉に御子神はすぐに答えた。
「ああ、彼女なら食べ終わってますよ。どうせいつもどおり墓参りでしょう」
御子神はそう言うとやかんを引き寄せて番茶を湯飲みに注いだ。
従軍記者の日記 24
北兼台地第三の都市、賀谷市(かたにし)。廃ビルの中で嵯峨は目の前のプロジェクターに映る情報を追っていた。
「ゲリラの方々の協力に感謝と言うところだねえ」
そう言って暗がりの中で若い抜けたような表情の将校がタバコに火を点す。
「主力は現在、賀谷南部の鉱山地区の警戒に出動中。さらに二時間後には空港で原因不明の爆発が起こる予定になってます」
楠木のその言葉に、判ったとでも言うように左手を上げるタバコを吸う男、嵯峨。
「各ポイントの制圧状況はどうだ?」
その言葉を待っていたかのように黒い戦闘服の男がプロジェクターの画面を切り替える。賀谷市中心部の建物をあらわす地図の交差点の近くのすべてのビルに印があった。
「このように現在すべての中佐の指定した地点は制圧完了しています」
そう報告する黒い服の男の表情は硬い。清掃員やカップルを装い監視している彼の同志達を思いながら複雑な表情で彼のすべてを捧げた悪党の顔を見上げた。
「いつでも準備はできているわけですよ」
そう言うと賀谷市役所を示す地図を拡大して見せる楠木。だがその言葉に嵯峨は苦虫を噛み潰したような表情を変えることは無かった。
「バレンシア機関の動きはどうなんだ?」
嵯峨の言葉に楠木と黒い戦闘服の男は顔を見合わせた。
「制服着た兵隊が市役所20名ほど確認されています。その他、直接市役所を攻撃可能なビルに私服の連中が張り付いてますよ」
楠木のその言葉を聞きながら、嵯峨は頭を掻いた。
「あまりに教科書どおり過ぎるねえ。下水や手前の川にもまず間違いなく戦力を割いてきているはずだ。それに……」
「そちらも計算に入ってますよ。祭りが始まると同時にガスを使う予定です」
楠木の言葉に一瞬表情を曇らせた嵯峨だが、すぐにいつものようなせせら笑うような表情を浮かべた。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直



