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遼州戦記 墓守の少女

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 そう言うと吉田は再びモニターに目を向けた。エスコバルは彼に殴りかかりたい衝動を抑えながら護衛の兵達に移動の合図を出した。


 従軍記者の日記 20


「起きてください!クリスさん!」 
 ドアを叩く音、そしてキーラの甲高い声が部屋に響く。起き上がったクリスは隣のベッドにはまだハワードは戻ってきていないことを確認した。昨日の一件を記事にまとめて、そのままシャムとキーラの二人と雑談をしたあと、難民が現れたら起こしてくれるよう頼んでクリスは仮眠を取っていた。
「ああ、ありがとう。来たんだね」 
 クリスはいつものように防弾ベストを着込むとドアを開けた。敬礼するキーラに自然とクリスの頬は緩んでいた。
「ありがとうジャコビン曹長」 
「キーラでいいですよ」 
 キーラはそのまま帽子を深く被りなおしながら歩くクリスの後に続いた。
「こう言うのはやはり何度も取材されているんですか?」 
 白いショートの髪をなびかせて着いてくるキーラを振り向くと、クリスは思い返していた。
「あまり無いねえ。どの国も組織も恥は公にはしたくは無いものさ。自分達の政策で生活を破壊された国民がいるという事実は上層部の人間には不愉快以外の何物でもないからね」 
 そう言うと上がってきたエレベータに二人は乗り込んだ。
「昨日は徹夜かい?」 
「ええ、隊長のあの機体が馬鹿みたいに整備に時間がかかるんですよ。実際、あんなに手間がかかる機体なら今のスタッフじゃ運用は無理ですよ」 
 そう言われてキーラのつなぎを見てみた。比較的きれい好きな彼女にしては明らかに油のシミや埃が浮き出して見える。
「これという時の切り札に使うんだろうね、あの人は」 
 そう言うとクリスは開いたエレベータの扉を抜けて本部ビルの扉に手をかけた。夜明け直前と言った闇の中にテントが見える。しかし、昨日まで英雄の降臨に沸いていたゲリラ達の姿は見えない。不審そうなクリスの姿を悟ったキーラが声をかけた。
「ああ、彼等は北天街道までの工事を行う為に移動しましたよ」 
「なるほどねえ」 
 外に出ると、格納庫での作業音以外の音がしないので少し寂しくもあった。
「補給線の確保に兵力を割くのは隊長の昔の教訓なんでしょうね」 
 キーラはそう言うとそのまま村のはずれまでクリスを案内して来た。クリスも渓谷に沿って続く細い道を眺めながら、夜明けの寒空を眺めていた。
「しかし、夜通し行軍とは」 
「仕方が無いでしょう。北兼台地南部基地の司令官に吉田俊平が招聘されたそうですから」 
 キーラの言葉に暗澹たる気持ちになりながら、ようやく先頭を走る北兼軍のホバーのヘッドライトが目に入ってきてクリスはそちらに目を向けた。
 そんな言葉を聞きながら街道を眺めてみた。近づいてくる重装甲ホバーの上で、北兼軍の兵士が笹に竜胆の嵯峨家の家紋入りの旗指物を振り回している。近づくに連れて、その隣でその兵士の肩を叩いて笑いあっているのがハワードだとわかった。
「クリス!待っててくれたのか!」 
 ハンガーの前にドリフトで止まったホバーから飛び降りたハワードが抱きついてきた。
「どうしたんだ、テンションが高いじゃないか」 
「それより医療班を呼んでくれ。怪我人がいる」 
 真顔に戻ったハワードの言葉にキーラはそのまま明かりのついている野戦病院に走った。
「戦闘があったのか?」 
「いや、落石を避けようとして足首を痛めたらしい」 
 そう言うハワードの後ろから、兵士に支えられて十二、三歳くらいの少女が降り立つ。足首に巻いた包帯が痛々しいが、兵士達の笑顔に釣られるようにして彼女は笑っていた。
「じゃあ難民の本隊も無事なのか?」 
「ああ、俺は彼女の手当てが済んだらまた引き返すつもりだがね」 
「じゃあ俺も付いていくよ」 
 クリスが答える。少女はクリスの姿を不思議そうに眺めていた。病院から出てきたのは別所だった。
「どうしたんだね?」 
 別所は駆けつけると、旗指物を持った兵士が指差す少女に目をやった。
「足首か。しかし、それ以上に栄養状態が心配だ。誰か彼女を背負って来てくれないか?」 
「じゃあ俺がやるよ」 
 明るくハワードは言うとカメラケースをクリスに渡して少女の前に背を向けた。少女は恐る恐る大きなハワードの背中に乗っかる。
「じゃあ行きましょう、先生」 
 ハワードは別所の胡州海軍の制服を気にせずそのまま病院へと向かった。
「楠木少佐!」 
 キーラは続いて難民を満載したバスの列を先導している四輪駆動車に叫んだ。
「ジャコビンじゃねえか!それより炊事班を起こせ!炊き出しをやるぞ」 
 広場に止まったバス。屋根の上には家財道具が括り付けられている。ドアが開いても難民達は降りようとしない。
「順番に降りてください!テントがありますから休めます!」 
 体に似合わない大声を張り上げた楠木の言葉に引かれて降りてきた難民達を見てクリスは衝撃を受けた。
 バスを降りてきた難民達に笑顔が無ければ、クリスは目を背けていたのかもしれない。敵基地に群がる彼らを遠巻きに見るのと、目の前で見るのが違うことは覚悟をしていたが、それは戦場に向かうどこのキャンプでも見慣れた光景とは言え、かなりクリスの心をえぐる光景だった。骨と筋だけにやせこけた母親に抱かれて口は開けてはいるが、泣き声を立てる体力も無い乳児。老人は笑ってはいるが、その頬肉のこけた姿が痛々しい。義足の少年。きっと地雷でも踏んでしまったのだろう。屋根の上の包みに手を伸ばす男の右腕のひじから先は切断されていた。
「酷いものだね」 
 たぶんこのような状況を見るのが初めてと思われるキーラが硬直しながらバスから降りる難民を見ているのを見つけてクリスは声をかけた。
「彼等は逆らったわけではないんでしょ?何故……」 
「戦争って言うので戦って死んでいく兵士はまだ幸せな方さ。戦場に住んでいたと言うだけで武器も持たない彼らにとっては生きていること自体が地獄なんだよ」 
 今度は赤十字のマークをつけた北兼軍のトラックが到着する。先ほどの少女の登場で仮眠を取っていた要員まで動員されたようで、野戦病院からは看護婦や医師達がトラック目指して走り出す。
 病院から出てきたハワードがクリスのところにカメラを取りに来た。
「クリス、まだ来るぜ」 
 冷静にそう言うと、ハワードはクリスからカメラを奪い取ってトラックに向かい駆け出していく。トラックから静かに担架に乗った難民達が運び出される。うめき声、泣き声、助けを呼ぶ声。戦場の取材で何度も聞いた人間の声のバリエーションだが、クリスはそれに慣れる事は出来なかった。隣に立っているキーラは初めてこういった光景を目の当たりにするのだろう。クリスは彼女の肩に手を添えた。
「こんなことが起きてたんですね。私達が訓練をしていた間にも」 
「そうだ、そしてこれからも続くんだ。この内戦が終結しても、敗者の残党は民兵組織を作ってゲリラ戦を続けることになるだろう。それが終わるのもいつになることだか……」 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直