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遼州戦記 墓守の少女

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 管制部長と思われる恰幅の良い佐官の指示を聞くと、嵯峨はM5四機が待機している滑走路に着陸した。シャムのクローム・ナイトはそれに続いて静かに着陸を済ませた。


 従軍記者の日記 15


 静かに着地する嵯峨の四式とシャムのクローム・ナイト。
「シャム。そのまま待機していろ」 
「了解!」 
 わざとらしく敬礼する少女にクリスの頬は緩んだ。
「すいません、ホプキンスさん。右側のラックにヘルメットが入っているでしょ?」 
 嵯峨は帽垂つきの戦闘帽を脱いで操縦棹に引っ掛けると振り向いてきた。クリスはそこに奇妙なヘルメットがあるのを見つけた。頭と顔の上半分を隠すようなヘルメット。そして手を伸ばして持ち上げると、その重さは明らかに鉛ででも出来ているような感じだった。
「なんですか?これは」 
 クリスからそれを受け取るとにやりと笑ってそれを被る。
「まあ、これからの茶番に必要な小道具ですわ」 
 そう言うと嵯峨は愛刀兼光を手にコックピットを開いた。こちらに駆けて来る兵士達を見つめる嵯峨。
「嵯峨惟基!投降の目的を……」 
 いかつい下士官の言葉にヘルメットをかぶった嵯峨が腰の刀のつばを手で撫でながら応える。
「誰が投降したって?あっちの連中と目的は同じだ。話し合いに来たんだよ。あそこの難民の引き取りだ!」 
 嵯峨はそう言うとそのまま四式の右手を伝って地面に降り立つ。包囲の兵士達が次々と司令部らしき建物から吐き出され、それぞれ手にした銃にマガジンを叩き込んでは薬室に装弾する動作をして銃口を嵯峨達に突きつける。
「おいおい、熱烈歓迎と言ったところか?あんた等の同盟国の文屋さんも乗ってるんだ。下手なこと書かれたくなければ銃は降ろした方が得策だな」 
 クリスはハワードに選んでもらったハンディーカメラを兵士達に向ける。
「写真は撮るんじゃない!貴様は……」 
「ああ、報道管制?あの騒ぎの写真は上から撮ってたんだ。共和軍の非人道的な……」 
 嵯峨の言葉に兵士達に動揺が走る。
「わかった。ではその刀を置いてもらおう。それに身体検査をさせてもらうからそのふざけた仮面を外してもらう」 
 嵯峨が笑い始めた。彼の真似をして四式の右手に飛び移っていたクリスはその突然の行動を見つめていた。
「なにが可笑しい!」 
「いやあ共和軍の皆さんは勇敢だなあと思ってね。こいつを外して身の安全が図れると思ってるんだ。まあ、知らないってことは人を勇ましくする物だってのは歴史の教えるところでもあるがね」 
 嵯峨はそう言いながら歩み寄ってきた兵士に兼光を手渡した。
「そいつは慎重に扱ってくれよ。一応、胡州の国宝だ。傷一つで駆逐艦一隻ぐらいの価値が落ちるからな」 
 そんな嵯峨の言葉に兵士は顔を青ざめて恐る恐る刀を受け取る。
「ほんじゃあ基地の隊長にご挨拶でも……」 
「動くんじゃない!」 
 防衛隊の隊長と思われる佐官が部下の兵を盾に怒鳴りつける。
「なんすか?そんなに怖い顔しないでくださいよ。気が弱いんだから」 
 嵯峨がポケットに手をやると、兵士が銃剣を突きつけてくる。
「タバコも吸えないんですか?」 
「タバコか、誰か」 
 佐官は兵を見回す。一人予備役上がりと思われる小柄な兵士がタバコを取り出した。
「遼南のタバコはまずいんだよなあ」 
「贅沢を言うな!」 
「へいへい」 
 嵯峨はタバコをくわえる。兵士の差し出したライターで火を点すと再び口元に笑みを浮かべながら話し始めた。
「あそこのお客さんは何しに来たんですか?」 
 兵士達が振り返る。同じように三機のシャレードは取り囲まれたままじっと周りの守備隊の動向を窺っていた。佐官は一瞬躊躇したが、嵯峨ののんびりとした態度に安心してかようやく盾代わりの部下をどかせて堂々と嵯峨の前に立つと口を開いた。
「難民の兼陽への避難の為の安全を確保しろと言うことを申し出て来ているんだ。なんなら……」 
 嵯峨はそれを聞くと大きく息を吸ってタバコの煙で輪を作って見せた。
「じゃあ、あんた等にレールガンの雨を降らしに来た訳じゃないんだからさ。とりあえず降ろしてやったらどうです?」 
 そう言って煙を佐官に吹きかける嵯峨。その態度に明らかに機嫌を損ねたように佐官が嵯峨に顔を寄せる。
「貴様に指図されるいわれは無い!」 
 そう言うと佐官は拳銃を抜いた。
「怖いねえ。シャム。ちょっと脅してやるから管制塔にでもレールガンを向けろ!」 
 佐官の顔を見ながらにやにや笑う嵯峨。
『了解!』 
 拡声器で響くシャムの声。クロームナイトが手にしたレールガンを管制塔に向ける。
「わかった!司令官に上申するからそこで待つように!」 
 それを見て佐官は待機していた四輪駆動車に乗り込んで本部らしき建物に向かった。
「さてと、偉いさんもいなくなったわけだ。ちょっとは肩の力抜いた方が良いんじゃないですか」 
 嵯峨の言葉に戸惑う兵士達。彼らの顔を見ながら嵯峨は満足げにタバコをくゆらせた。
「あのー」 
 一人の若い下士官が微笑みながら顔を覗き込んでくる嵯峨の独特な雰囲気に耐え切れずに声をかけてきた。
「はい、何でしょう」 
 嵯峨はそう言うとくわえていたタバコを、ズボンのポケットに入れていた携帯灰皿に放り込む。
「あなたは本当に嵯峨中佐なんですか?」 
 彼の指摘ももっともなことだとクリスは思った。北兼軍閥の指導者として多くのメディアに流布されている重要人物がほとんど手ぶらで敵陣にやってくるなど考えられないことだ。
「ああ、仮面はしてますが本人ですよ」 
 そう言うとまたタバコを取り出し火をつける。
「ああ、なんで俺が自分で出てきたかって聞きたいんでしょ?まあ、アサルト・モジュールでの敵中突破、それにその後の交渉ごととか、任せられる人物がいなくってねえ。どこも人手不足ってことですよ」 
 そう言いながら笑う嵯峨。兵士達はお互い顔を見合わせた。
「しかし、我々がここであなたの身柄の拘束をするとか……」 
「ああ、それは無理」 
 中年の兵士の言葉をすぐさま嵯峨はさえぎった。
「なんでこのヘルメットしてると思います?」 
 後ろのヘルメットの隙間から見える嵯峨の口元が笑っている。こういうときの子供のような目つきを思い出してクリスは危うく噴出すところだった。
「趣味ですか?」 
 下卑た笑いを浮かべる無精髭の古参兵。その表情に嵯峨は笑みで返した。
「あのねえ、コイツは思念波遮断の効果のあるヘルメットでしてね。たとえば人間の心臓の動脈はどれくらいの太さがあると思いますか?」 
 謎をかけるように嵯峨は兵士達を見回した。
「まあ、答えはどうでも良いんですがね。噂には聞いてるんじゃないですか?遼州王家の血を引くものに地球人には考えられない力を持つものがあるってこと……その力で頚動脈をキュッてやると当然血管は機能しなくなって瞬く間に脳は酸欠。そのまま昇天と相成るわけですな。他にも心臓、肺、大腿部の血管、それに……」 
 嵯峨はそれだけ言うとまたタバコをふかす。彼の狙いはみごとに決まっていた。人間の心臓の動脈、王家の力。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直