遼州戦記 墓守の少女
「シャムちゃんじゃないんですか?そのためなんでしょ?あの機体に二式の部品まで流用して整備を続けてたのは」
そんなクリスの言葉に笑みで答える嵯峨。
「察しがいいですね。さすがフリーで飯を食っている人は考えることが違う。ただ、非常に不満そうなのは……まあ、理由はわかりますがね」
「あの子の心はまだ子供ですよ!それを戦場に……」
黙れとでも言うように左手の人差し指を突き出す嵯峨。一つ大きく呼吸をしたあとなだめすかすように話し始める。
「子供か大人か。そんなことは些細なことですよ。あいつは覚悟を決めた。戦うことを心に決めた。それが重要なんですよ。餓鬼だろうが大人だろうが、選択を迫られることは人生じゃあよくあることですよね。年齢や性別など関係ない。決めるべき時に決めた心を裏切るのは後々後悔を残すことになる。これは俺も経験してますから分かりますよ」
そう言うと嵯峨は再び口にくわえたタバコに火をつけた。
従軍記者の日記 14
嵯峨の言葉の意味をしばらく考え、そのある意味的を得ているところと受け入れられないことを考えてみるクリス。だが彼はどこまで行っても傍観者に過ぎない自分の立場を再認識するだけだった。嵯峨は崩れるような笑みを浮かべるとそのまま加えていたタバコを手に取った。
「じゃあ行きますか」
そう言うと吸いかけのタバコを灰皿でもみ消す嵯峨。そのまま立ち上がると彼は書類に埋まっていた電話を掘り出した。
「ああ、俺だ。ジャコビンはいるか?」
クリスもすぐに立ち上がる。それを制すると嵯峨は受話器を持ち直す。
「ああ、そうだ。じゃあすぐに向かうから起動準備よろしく。それとシャムにも昨日言っといた作戦始めるからって伝えてくれ」
そう言うと嵯峨は受話器を置く。嵯峨はそのまま壁に掛けられた軍刀を手にする。彼が胡州軍人の誇りなどにこだわっていないことはわかりきっていた。だがそのつややかな朱の漆に染め上げられた刀を手にしている姿は実に自然に見える。
「どうもコイツがないと落ち着かなくてね」
そう言いながら腰に刀を帯びる。『人斬り新三』と呼ばれて憲兵隊長時代に何人と無く人を殺めてきた嵯峨の狂気を示すダンビラ。
「縁起を担いでいるんですか?」
「まあそんなところですよ」
そう言って嵯峨は隊長室を出た。
胡州浪人は別として、あまり彼は部下には畏怖の念は持たれていない。むしろいつも七厘でシャムからもらった干し肉をあぶっていたり、昼間から酒を飲んでいたりする嵯峨の態度は部下に親しまれると言うより舐められているようなところがあった。そんな作戦部の隊員は笑顔で嵯峨を送り出す。そして嵯峨は軽く敬礼をしながらエレベータにまでたどり着いた。
「作戦部の隊員に伝えたんですか?」
「ああ、これは俺の独断専行だから。そんなわけでこれは俺と家臣のシャムが勝手にやったことにしといた方が後々意味が出てくるんでね」
そう言うと嵯峨は開いたエレベータの扉に入り込んでにんまりといつもの人の悪そうな笑みを浮かべた。
「ですが、アサルト・モジュール二機でやれるんですか?おそらく北兼台地の入り口には共和軍の防衛ラインがあるはずですよ。そこで足止めを食らっている難民に活路を作るなんて……」
逡巡するクリスを心底面白いと言うような目で見つめている嵯峨。
「酔狂だとは俺も思いますよ。だがね、ホプキンスさん。俺にも意気地と言うものがある。俺の名前を聞いて頼ってくる連中を見殺しにするほど俺の根性は腐っちゃあいないんでね」
もう一度悪党の笑顔を浮かべると一階に到着したエレベータから降りた。そこにはいつもの民族衣装を着たシャムが敬礼をしながら待ち受けていた。
「陛下!」
「陛下は止めてくれ、マジで」
シャムの言葉にそう言うと嵯峨はそのまま歩き出す。その後ろをちょこまかと民族衣装のシャムが付いて回る。懲罰兵達が新しい軍服に袖を通している脇を通り抜けようとするが奇妙な光景に懲罰兵達の視線が二人とその後ろに続くクリスに集まる。
「隊長!何をするんですか?」
伊藤から声をかけられた嵯峨は一度天を仰いだ後にこう言った。
「ああ、偽善者ごっこ」
煮え切らない顔の伊藤を置いたまま嵯峨は歩き続ける。広場に生えた草を食べていた熊太郎も、シャムが歩き出したことを知って彼女に寄り添うように歩く。
「バスさんに伝えなくて良いんですか?」
「ああ、別に困ることは無いでしょう」
クリスは振り向いた嵯峨にそう返した。ハワードのほうを見れば、懲罰部隊の兵士達と談笑をしているのがわかる。
クリス達がたどり着いた格納庫はまだ完成していなかったが、くみ上げられたクレーンの台座の下、嵯峨の黒い四式と白いシャムのアサルト・モジュールが鎮座していた。
「おい!ジャコビン!」
嵯峨は四式のコックピットに頭を突っ込んでいるキーラに声をかけた。白い好けるような後ろ髪が嵯峨を見返してくる。
「隊長!ばっちりですよ。シャムちゃんの機体も隊長の指示通りのセッティングにしておきましたから」
キーラの額に汗がにじんでいるのがわかる。周りの隊員たちは、交換した部品の再利用が可能かどうかのチェックをしている。戦場での応急処置を機体に施す整備班員独特の緊張感が漂っていた。
「シャム、一応言っておくがエンジンは10パーセント以下の出力で回せよ。そうしないと各関節部のアクチュエーターが持たないからな」
「でもパルス推進機関は出力上げても良いんでしょ?」
珍しくシャムがパイロットらしい口を利いているのにクリスは少し驚いた。
「まあ、リミッターかけてるからな。それでもあんまり出力をかけるなよ。お前さんのクローム・ナイトはエンジン出力が大きすぎるんだ。経年劣化でぶっ壊れてたお前の馬車馬の反重力系推進器を取り外したから今積んでいるのは二式のお古のパルス推進機関だ。出来るだけ抑え気味で頼むぜ」
そう言うと嵯峨はコックピットに伸びるはしごを上り始めた。クリスもまたその後に続く。
「歩兵の支援も無しにどうやって難民の逃走路を確保するんですか?」
そう尋ねたクリスににやりと笑う嵯峨の顔が飛び込んできた。
「それはね……企業秘密って奴ですよ」
そう言うと嵯峨はコックピットの上に立った。クリスはせかされるようにして多少ましになった四式の後部座席に身を埋めた。
「そんじゃあ各部チェックでも始めますか」
コックピットに座った嵯峨が計器をいじり始める。油まみれのつなぎの整備員の合図でコックピットカバーと装甲板が下ろされた。
「前部装甲に増加装甲をつけたんですか?」
微妙な前面のイメージの変化を思い出しクリスが尋ねた。
「まあね。今回の出撃は予想できた範囲内の出来事でしてね。ジャコビン!ちゃんと不瑕疵金属装甲つけたんだろうな?」
「ばっちりですよ。これならM5のレールガンの直撃の二、三発くらいならびくともしませんよ!」
開いたウィンドウの中のキーラが叫ぶ。
「二、三発ねえ、まあその程度は食らうのも作戦のうちか」
そう独り言を言うと、嵯峨はエンジンの出力を上げてみた。独特の細かい振動がコックピットを襲う。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直