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遼州戦記 墓守の少女

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 彼のインタビューを珍しそうに受ける兵士達誰もが戦争はまもなく終わるだろうと話した。北天包囲戦に敗れた共和軍の士気が低下していることは彼らも知っていたし、魔女機甲隊の西部戦域での勝利の報が入ってきた直後と言うこともあって、中には戦後のプランまで考えている兵士も居た。
 しかしそんな彼らとの取材が一時停止することがよくあった。
 それはシャムと熊太郎の闖入である。まるで人見知りせずにじゃれ付いてくるシャムと熊太郎は、すぐに部隊の人気者になった。彼女はほとんど読み書きが出来ないこともあって、胡州浪人の士官の一人がなぜか持っていたジェームス・ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」の日本語版を与えて、一行目を何秒で読むかという競争をして遊んでいた。
 今日もまた、補給隊の運転手の一等兵が延々と語る猫の飼い方の講義を聴いているところにシャムが現れた。
「クリス。大変だねお仕事」 
 シャムはそう言うとそのままトレーラーの助手席に上がりこんでくる。彼女の取っておきのやわらかそうな黒に赤と白の刺繍のマントの民族衣装が目に飛び込んでくる。
「わかったよ。旦那、シャムと遊んでやってくださいよ。俺の餓鬼もこのくらいの年でね」 
 兵士はそう言うと運転席で昼寝をしようと足をハンドルの上に乗せた。仕方なく降り立ったクリスは不思議そうに彼を見つめるシャムと遊ぶことにした。
 クリスは好奇心いっぱいの目でこちらを見てくるシャムに少しばかり照れ笑いを浮かべた。服はいつも同じような黒い生地に刺繍の服。そして縁に飾りのついた帽子はいつもその頭の上にある。
「じゃあ何をしようか?」 
 とりあえずシャムの要望を聞いてみるのがいつもの流れだった。天真爛漫だがどこか頑固なところがあって自分が嫌いなことは絶対しないシャムを相手にするにはそれが最良の方法だった。
「あのね、お花摘みに行きたいんだ!」 
 そう言うとシャムはクリスの手を引いて歩き始めた。そのまま彼女のアサルト・モジュールを整備している前を通りかかると、元気よく叫ぶ。
「キーラ!クリスさん連れてきたよ!一緒にお花摘みに行こう!」 
 納入部品の検品をしている部下を監督していたキーラに声をかけるシャム。
「行っても良いわよ。私が代わるから」 
 そう言う明華の言葉に押し出されてつなぎ姿のキーラは白く輝く短い髪を風に吹かせながら歩いてきた。
「もう!シャムったら何のつもり?」 
「いいじゃん、行こう!」 
 そう言うと熊太郎を先頭に歩き始めた。嵯峨の部隊は目立った動きも見せずに沈黙を続けていた。北兼台地に拠点を構えた共和軍は基地の拡大を続けているという話がいくつかの情報チャンネルからクリスにも届いていた。クリスは何度か素人の意見と限定した上でいっこうに動く気配を見せない嵯峨に問いかけたこともある。だが嵯峨はめんどくさそうにクリスを見上げてこう言うだけだった。
「まあ、あちらにも事情があるんでしょ?それに今は動くのはねえ」 
 そしてそのまま放置されるのも馬鹿馬鹿しいので近くの兵士にインタビューをすることにするのがいつのもパターンだった。そんな仕事のことを思っているクリスを知ってか知らずか、シャムはそのまま元気良く焼畑の跡地と思われる高山植物の群生地までやってくる。
「平和ですねえ」 
 クリスは笑顔を浮かべて蝶と戯れているシャムを眺めていた。
「そうですね」 
 少し照れながらクリスの座っている岩の隣にキーラが腰をかけた。空は青空、高地らしく空気が澄んでいる。確かにのんびりとシャムを眺めているキーラを見ると彼女が母国の保守派が言うような『神にそむく忌むべきもの』とは到底思えない普通の女性に見えてきた。
「そう言えば許中尉は元気になったみたいですね」 
 クリスは思い出した。柴崎が後方の病院に移送される時、明華は一人格納庫の片隅で泣いていたとシャムから聞かされていた。キーラは大きくため息をつくと眉をひそめながらクリスを見つめた。
「あんまりそんなこと部隊では言わない方が良いですよ。班長は公私混同は嫌いですから」 
 シャムはようやく蝶を追うのに飽きて花を摘み始めた。赤い花、青い花、黄色い花。空には鳥がさえずり、時折この山に住むというヘラジカの雄叫びが聞こえる。
「まるで戦争なんて起きていないみたいですね」 
 クリスはそう言った。キーラはその言葉に頷きながら、山々に視線を飛ばしていた。
「ちょっと二人とも!そんな黙ってたらつまらないでしょ?」 
 花を摘むのをやめて口を尖らせたシャムがそう叫んだ。
「二人は仲良しさんなんだからね!キーラなんか私と居るといつもクリスさんのこと……」 
「シャム!何言ってんの!」 
 顔を赤く染めたキーラが叫んだ。そしてそのままうつむいてじっとしている。クリスも少しばかり恥ずかしいというように目を伏せた。
「じゃあお墓まで行こうよ!」 
 熊太郎がくわえてきたかごに花を入れるとシャムは再び集落の方へと向かった。クリスはシャムの腰に挿された短刀と笛に目が行った。笛は山岳民族が北天の露店で売っていたありふれたもののようにも見えた。そしてその隣に挿してある短刀の黒い鞘が高地のきつい光に反射しているのがわかる。
「シャム。その刀は結構使い込んでいるね」 
 クリスのそんな何気ない言葉に、シャムは立ち止まった。振り向いた彼女の瞳が潤んでいることはすぐにわかる。彼女はひとたび目にたまった涙を拭くとまた先頭に立って歩き始めた。
「すまない。きっとつらいことがあったんだね」 
「グンダリの刀」 
 前を向いたままシャムは答えた。
「私のね、初めてのお友達。その刀なんだよ」 
 シャムはきっぱりとそう言った。自分の言葉が少女を傷つけたことに少しばかりクリスは動揺していた。
「その子も亡くなったんだね」 
 その言葉にシャムは肩を震わせるが、気丈なことを装ってそのまま村へ続く道を歩き続ける。
「いろいろ教えてくれたんだ。グンダリ。電気が明るいこととか、車が何で走るのかとか、それに一緒に焼畑の跡地に生える花を摘んだり、村の男の子が喧嘩を仕掛けてきた時は一緒に戦ったり」 
「つらいなら良いんだよ」 
 クリスのその言葉に、振り向いたシャムはクリスに抱きついた。彼女の涙は絶えることが無かった。
「みんな死んじゃったの!私の友達はみんな死んじゃうの!」 
「そんなこと無いわよ。そんなこと」 
 クリスの隣に立っていたキーラが泣きじゃくるシャムの頭を撫でた。熊太郎も後ろで心配そうな声を上げている。
「もう一人じゃないんだ。泣きたいなら泣くといいよ」 
 クリスは胸の中で泣く幼い面立ちの少女を抱きしめた。
 シャムは涙を拭う。
「いい子だ。泣いていたら天国のみんなが悲しむだろ?」 
 そんなクリスの言葉に頷くシャム。キーラと顔を見合わせたクリスにも自然と笑みがこぼれた。
「じゃあ行くよ!」 
 元気を取り戻したシャムは石を積み上げて造られたがけに沿った道を歩く。
「転ぶなよ!」 
 クリスがそう叫びたくなるほど軽快にスキップをしていた。クリスはキーラと黙って歩いていた。お互いに何かを話すべきだろうとは思っていたが、どちらも口に出せずにいた。
「ホプキンスさん?」 
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直