遼州戦記 墓守の少女
車はそのまま本部を予定している保養施設の建物の横の車両の列の中に止められた。
「着きましたよ」
キーラの声にクリスは我に返り、手にした携帯端末のふたを閉じた。連隊規模の部隊の移動である。本部の前は工兵部隊の指揮官らしい男が部下に指示を与えていた。腰に軍刀を下げているところから見て胡州浪人上がりだろう。キーラが後ろのハッチを開けて中からシャムと同時に熊太郎が出てくるのを見てクリスは少し怯えたような表情を浮かべた。
「大丈夫ですよ。この子、結構賢いみたいですから」
キーラはそう言いながら熊太郎の頭を撫でた。熊太郎も警戒することなく、甘えたような声でキーラの手を舐め始めた。
「ジャコビン曹長!ホプキンスさんは?」
本部の建物から早足で歩いてきた伊藤がキーラに声をかける。キーラは何も言わずにクリスを指差した。
「コイツが熊太郎か。ずいぶんおとなしい熊だな」
伊藤はそう言うと熊太郎から距離をとりながらクリスの方に歩いてくる。微妙に引きつったその顔がつぼに入ったのか、キーラが噴出した。
「何だね、曹長!」
「いいえ。ではジャコビン曹長は地元ゲリラへの尋問を開始します!」
「尋問?」
シャムが不思議な顔をしてキーラを見上げた。
「たいしたことは無いわ。ちょっとシャワーを浴びながらお話を聞かせてもらうだけだから」
そう言うとキーラはシャムと熊太郎を連れて本部の建物に入ろうとした。
「ジャコビン曹長。その熊も連れて行くのか?」
相変わらずおっかなびっくり熊太郎のほうに視線を走らせている政治将校の伊藤がこっけいに見えて、クリスも噴出してしまった。
「何か不都合でも?」
「いや、いい。さっさとシャワーを浴びてきたまえ!」
「でわ!」
キーラは敬礼をするとそのままシャムと熊太郎を連れて本部の建物の中に消えた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!人間苦手なものくらいありますよ!」
伊藤が言い訳をする。クリスもようやく笑いが引いて、一つの疑問を口にしようと思った。
「伊藤中尉、あなたは知っていましたね。彼女の存在を」
そのクリスの言葉に、緩んでいた隼の表情は急に引き締まった。予想はしていた、しかしこれほど早くその質問が来るとは思わなかった。そんな表情でクリスを見つめる伊藤。だが彼は何も言葉を発することも無くそのままクリスを本部の建物へといざなった。
「意外と痛みはないでしょ?とても二十年間放置されてきたとは思えないくらいですよ」
確かにその通りだ。そうクリスにも思えた。コンクリートの建物の天井や壁を眺めて、亀裂一つ入っていない様を確認していた。
「おう、伊藤か。ご苦労だねえ」
灰皿がいくつも置かれたロビーの隅。嵯峨がタバコをくわえて座っていた。
「先ほどの質問なら隊長がお答えしますよ」
そうクリスの耳元でささやくと政治将校である伊藤隼中尉は敬礼して立ち去った。
「あいつも忙しいからねえ」
嵯峨は淡々とそう言いながらタバコをふかす。煙の匂いに眉をひそめながら、クリスは質問をする決意をした。
「あの、嵯峨中佐は……」
「先に答えちゃおうか?知ってた」
まるで質問を読みきったように、嵯峨はそう言いきった。クリスは言葉を継ごうとするが、嵯峨の反応はそれよりはるかに早かった。
「俺のばあさんの家臣だったナンバルゲニア・アサドって男がばあさんが死んでからここに引っ込んだのは知ってたからな。それに彼にはあの森で見つけたシャムラードと言う養女がいたのもまあ聞いちゃあいたんだ」
そう言うと嵯峨はすっきりしたとでも言うように天井にタバコの煙を吐いた。
「それじゃあ……」
「白いアサルト・モジュールのことか?ホプキンスさんも知ってるだろ?遼南が初めて実戦に使ったアサルト・モジュール『ナイト・シリーズ』のこと。遼南、新華遺跡で発掘された人型兵器のコピーとして東和との共同開発で製作されたアサルト・モジュール。まあ、生産性とか運用効率とか度外視して、しかもワンオフの機体だから当時戦艦三隻分の予算がかかったという話だねえ」
すべては承知の上での行動だった。クリスは嵯峨が悪名をとどろかせている意味がようやくわかった気がしてその隣のソファーに腰を下ろした。
「そんな目で見ないでくださいよ。正直こんなにすんなり行くとは思ってなかったんですから」
嵯峨はそう言いながら灰皿に吸殻を押し付ける。
「じゃあなんで……」
「ちょっとはケレンが欲しいところだったんじゃないですか?サービス精神とでも受け取ってくれればいいですよ」
まるで他人事のようにそう言いながらまたポケットからタバコの箱を取り出す。最後の一本。嵯峨はそれを慎重に取り出すとゆったりとソファーの上で伸びをした。
「それにしても、彼女は何者なんですか?この村が攻撃にさらされたのは二十年近く前になるわけですけど、彼女はどう見ても10歳くらいにしか……」
嵯峨はクリスの言葉を聴きながらタバコに火をつける。そしてそのまま一服すると、クリスの顔を覗き込んだ。
「遼州の伝説の騎士。初代皇帝太宗カオラの剣」
「そんな御伽噺を聞こうと……」
そう言うクリスに嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべた。
かつて地球人に発見されたばかりの遼州は乱れていた。小規模な国家が乱立、それが中世を思わせる剣と盾を振りながらの戦い。そこに宇宙を行き来する地球の軍隊が到着すればたとえ彼等が紳士的な考えの持ち主だったとしてもすぐにそれらの国々が併呑されたのは当然と言えた。その後の棄民政策でだまされるようにして移民してきた人々、彼等の非人間的な扱いを憂いて決起した軍人。そして資源を求めて移住した技術者達。彼等は手をとり東和・胡州・ゲルパルトなどの国家を築いて地球勢力からの独立を目指した。
そしてその中心には遼州の巫女カオラの姿があり、後に彼女の夫となる騎士の姿があった。そして巫女カオラを守護する七人の騎士。独立を果たし役目を終えた騎士達は民草にまぎれて消えていった。そして同じく国家の形がなるにいたったところで初代皇帝となった巫女カオラの姿も忽然と消えていたと言う。
だが、それが当時の混乱した遼州の伝説に過ぎないとクリスは思っていた。事実当時の書類の類を地球の主要国のデータベースで確認しようとしてみたがどれも永久非公開書類扱いとなっていた。『二つの人類の和を乱す『パンドラの箱』だ』。この決定を下した国連事務総長の言葉が今でも残っている。
「じゃあどう言えば納得してもらえますかね?あいつは今ここにいる、そしてあの墓は確かに二十年前の虐殺の跡。これははっきりしていることですよね?まあ米軍にでも頼んであいつをみじん切りにして研究すればわかるでしょうが……連絡しますか?」
そのどこか見るものを恐怖させるような視線を見たクリスは、黙って嵯峨の口から吐き出された煙に目を移した。
「あいつも一人の人間だ。たとえどういう生まれ方をしようが関係ないでしょ?太宗カオラはこう言ったそうですよ。『その身に流れている血が遼州の流れの血であろうと地球の流れの血であろうと遼州に生き、この地を愛する心を持つものであればすべて遼州人である』って」
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直