小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遼州戦記 墓守の少女

INDEX|24ページ/74ページ|

次のページ前のページ
 

 獣道を進む軍用の小型四輪駆動車。跳ね上がる前輪が室内に激しい衝撃を伝えてくる。
「シャムちゃん。ずっと一人だったの?」 
 しばらくの沈黙のあと、ハンドルを握るキーラが耐え切れずに口を開いた。セニアに比べると人間らしい感情が見える彼女の言葉を聞くとクリスは少しだけ安心することが出来た。
「そうだよ。ずっと一人」 
 こんな少女がただ一人で森の中でひっそり生きてきたのか、そう思うとクリスはやりきれない気分になった。地球人がこの星を征服して以来、遼南の地が安定したことはほとんど無かった。常にこういう子供達が生まれては死んでいく。そんな歴史だけがあった。
「大変じゃなかったのかい?食事だって……」 
「一人で暮らすのは慣れてるから大丈夫だよ。それに最近は熊太郎が一緒にいてくれるから。ねえ!」 
 後ろの荷台に乗った熊太郎がシャムの言葉に答えて甘えた声を出す。
「キーラさん。新しい基地の方は」 
 クリスの言葉に、キーラは彼の方を見据えた。複雑な、どこか悲しげな瞳にクリスは違和感を感じた。そしてキーラはただ黙って暗くなってきたあたりにあわせるようにヘッドライトをつけて車を走らせる。
「廃村と聞いているのですが……」 
「ええ、人っ子一人いないわよ。まあ、あれを見ればどうして居ないのかよくわかると思うけど」 
 キーラの棘のある言葉にクリスはそれ以上質問するのをやめた。この20年ほどの戦乱で北兼の村が廃村になることは珍しいことではない。ある村は軍に追われ、ある村はゲリラに攻められ、ある村は共和政府の憲兵隊に追い散らされた。周辺国に、あるいは国境の手前に難民キャンプを作っている人々の数は三千万を軽く越えていることだろう。遼南ではありふれた風景、クリスもその住人の絶望した表情を嫌と言うくらい見てきた。そして彼はクライアントの気に入るように、彼らの敵をクライアント達の敵であると決め付ける文章を書くことを生業としてきた。
「見えてきたわね」 
 キーラが高台の開けた道に車を走らせる。彼女の視線の先には、北兼ではそれほど珍しくも無いような山岳民族の集落が広がっている。その向こうに異質な存在を誇示している、嵯峨が保養所と呼んだ大きな宿泊施設がみえる。その周りでは、機材を運び込んでいる部隊員の姿がちらほらと動いている。
「普通の村ですね」 
 クリスの言葉にキーラの鋭い視線が飛んだ。不思議そうな顔をするクリスに彼女はあきらめたようにヘッドライトの照らす道に視線を戻した。
「そうね、ここから見る限りは普通の廃村よ。私もそうだと思い込んでいたから」 
 車は次第に山を下り、崩れかけた藁葺きの屋根が続く村の大通りに入った。
「あれ、こちらでは本部には……」 
「いいのよ。ホプキンスさんには見てもらいたいものがあるから」 
 キーラの声は冷たく固まっていた。クリスは後ろのシャムにも目を移してみた。そこには真剣な顔で熊太郎の頭を撫でているシャムの姿があった。
 速度を落とした四輪駆動車は、村の中心の井戸の手前で止まった。
「着きましたよ」 
 キーラの言葉をどこと無く重く感じながらクリスはドアを開いた。すぐに目に留まったのは目の前にある塔婆のような石の小山だった。それは一つではなかった。遼州の月、麗州の光にさらされるそれは、広場一面に点在していた。
 そしてその一つ一つに花が手向けられていた。 
「墓……ですか」 
 クリスはそう言うのが精一杯だった。キーラはクリスの隣に立つと静かに頷いた。
「これは全部あなたが守ってきたのよね」 
 淡々と言葉を発したキーラに静かにシャムが頷いた。
「みんな死んじゃったの。南から一杯、兵隊が来て、みんな殺していったの」 
 シャムはそのままうつむいた。そこに涙が光っているだろうということは、クリスにも理解できた。
「北兼崩れ。ホプキンスさんもご存知でしょう?うちの隊長の父親が遼南の軍閥達に担ぎ上げられて、遼北と南都と激突した事件のこと」 
 聞くまでも無いことだった。遼南で戦場を取材しようと言う人間なら誰でも知っているこの地の動乱の最初の萌芽。無能な父帝に廃された幼帝、ムジャンタ・ラスコーの物語。
「しかし、待ってくださいよ。それは二十年も前の話じゃないですか。彼女は生まれてないはずですよ……!!」 
 クリスはすぐさま涙を拭いてクリスを見つめているシャムをまじまじと見つめた。
「彼女、ラストバタリオンですか?」 
 キーラ達人造人間には老化と言う変化が存在しない。機能が麻痺して次第に衰えるだけ。それならばシャムと名乗る少女の姿も納得できた。
「まさか。私達の製造がなされたのは先の大戦の末期。確かに私達は老いの遺伝子を持ち合わせてはいないけど」 
 キーラはそう言うと悲しげに笑った。遼州の外惑星に浮かぶコロニー群で構成されたゲルパルト帝国。彼らが地球と戦端を開いたのは十年前。もしこの塔婆の群れが作られたのが北兼崩れの時期と言うことならば、『ラストバタリオン』と呼ばれた人造人間の研究の完成の前にシャムはすでに生まれていたことになる。
「そこらへんは専門家にでも調べてもらいましょう。それよりシャムちゃん」 
 キーラは肩を震わして涙しているシャムに顔を近づけた。
「シャワー浴びましょうよ。そんなに汚い格好してたらこのお墓の下に居る人達も悲しがるわよ」 
「うん。じゃあ着替え、持ってくる!」 
 そう言うとシャムは熊太郎を連れて藁葺きの屋根の並んでいる闇の中に吸い込まれていった。
「ホプキンスさんも疲れたんじゃないですか?伊藤中尉が部屋を用意しているはずですから、シャムちゃんが帰ってきたら本部に戻りましょう」 
 キーラはようやく笑顔に戻った。
 クリスとキーラがぼんやりとシャムの消えていった廃屋を眺めていると、闇の中から現れたシャムが行李を一つ、熊太郎の背中に乗せて現れた。
「じゃあ、シャムちゃん後ろに乗って」 
 キーラの言葉にばたばたとシャムは四輪駆動車の後ろに乗り込んだ。クリスも再び笑顔を取り戻したシャムを見て安心しながら助手席に乗り込む。
「回収部隊が出るみたいね」 
 キーラは車を切り返しながら、本部のある建物の前でアサルト・モジュール搭載用の二両のトレーラが出発する有様を見ていた。クリスは黙り込んでいた。
 虐殺の痕跡。その疑いがあるところには何度か足を踏み入れたことはあった。アフリカ、中南米、ゲルパルト、ベルルカン、大麗、そして遼南。その多くがすでに軍により処理が済んでいる所ばかりだった。下手に勘ぐれば命の保障は無い。案内の下士官や報道担当の将校はそんな表情をしながら笑って何も残っていない現場を案内していた。
 しかし、クリスはこの場所に来てしまった。戦場を渡り歩いてきた勘で二十年前、この村を襲った狂気を想像することはたやすかった。そんなクリスの思いを消し去ってくれるエンジン音の派手な四輪駆動車は急な坂道をエンジンブレーキをかけながら下りていく。
「隊長が戻ってきてるみたいね」 
 キーラの言葉通り、闇の中にそびえる黒い四式がライトに照らされていた。その隣では資材を満載したトラックから鉄骨が下ろされ、突貫工事での格納庫の建設が行われていた。
作品名:遼州戦記 墓守の少女 作家名:橋本 直