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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 立っていたのはコートを着込んだ嵯峨だった。手にはタバコを持って相変わらず何を考えているのか分からない脱力気味の視線で誠達を眺めている。
「叔父貴。警備部の訓練には付き合わないのか?」 
 要はそう言いながらゲートを開く。
 嵯峨は要と同じ胡州陸軍の軍籍の持ち主である。貴族制領邦国家、胡州帝国の四大公の一つ嵯峨家当主を次女でありこの部隊の第三小隊小隊長嵯峨楓に譲り今は一代公爵という爵位を持つ超上流の貴族である。要の父である胡州帝国宰相、西園寺基義公爵の義理の弟で西園寺新三郎と名乗っていたこともあるところから『人斬り新三郎』と言う二つ名の方が通りが良かった。
 だが今誠の目の前にいるのはそのような殿上貴族と言うにはあまりにも貧相なコートを着た目の色に生気のない男だった。そして愛車のスバル360が長身の嵯峨の後ろでぱすんぱすんと途切れそうなエンジン音を放っているのも嵯峨の貧乏臭さに止めを刺しているように見えた。
「やってられっかよ。アイツ等の室内戦闘技術は銀河屈指だぜ。俺みたいなロートルの出張る必要はねえよ」 
 そう言ってタバコを口に運ぶ嵯峨。保安隊、正式名称『遼州星系政治共同体同盟最高会議司法機関実働部隊機動第一課』の隊長に彼が選ばれたのは胡州陸軍憲兵隊の隊長としての経験を買われたということになっていた。だがなによりその何を考えているのか分からないポーカーフェイスを野に放しておくのを一部の同盟諸国の首脳が怖がったからと言う噂は誠も耳にしていた。確かにぼんやりとタバコをくゆらす様は不気味に思える。
 そんな不審そうな誠の顔を見て不愉快そうな表情で嵯峨が背伸びをして部屋の奥を覗き込んでくる。カウラはタバコの煙を撒き散らす嵯峨をにらみつけ、嵯峨はそれに気づいて弱ったように頭を掻いていた。
 要の操作でゲートが開くと、軽く手を上げた後、黙って車に乗り込む。それを見た要がポケットからタバコの箱を取り出した。
「吸うなら外に出ろ」 
 軽いエンジン音を撒き散らして去っていく嵯峨の軽自動車の音に合わせるようにそう言うと、カウラは再びみかんに手を伸ばす。それを見た要は舌打ちをして立ち上がると誠の後ろの出入り口に向かった。
「じゃあヤニ吸って来るわ」 
「帰って来なくてもいいわよ!」 
「あとでぼこぼこにしてやる」 
 アイシャの挨拶に舌を出して答えた要が外へ消えていく。
「そう言えばどこまで話したっけ?」 
 アイシャはそう言うともぞもぞとコタツの中から足を抜いて正座をした。正面に座っていた誠は嫌な予感に襲われつつ、胡坐をかいていた足を引っ込めた。
「僕の家の正月はどうだって話ですけど……」 
「ああ、そうね。そうそう」 
 あいまいに頷きながらアイシャが左腕をコタツの上に置いた。腕に付いた小型の携帯端末の画面が誠とカウラの前に映る。
「今回は……私達は正月を満喫すると言う目的で動きたいと思います!」 
 アイシャのその宣言のとおり、そこには予定表のようなものが映っていた。
「仕事しろよな少佐殿」 
 みかんを口に運びながら、カウラは大きなため息をついた。
「だってさー、ここにこうして詰めているのが歩哨の仕事でしょ?」 
「そこのロッカーに銃なら入ってるぞ。それ持って外で立ってろ。そうすれば仕事をしていると認めてやる」 
 みかんの皮をたたみながらのカウラの言葉にアイシャは頬を膨らませる。
「誠ちゃん!カウラって酷くない!」 
「はあ……」 
 誠はただ苦笑するだけだった。アイシャはその頼りない誠の態度にため息をつくと再び目の前の画面に目を向けた。
「でねでね!さっきの続きだけどね。今日、ランちゃんに頼んで今月の23日から来月の4日まで私達は休暇をとることにしたのよ」 
「したのよ?」 
 怪訝な顔でアイシャを見つめるカウラ。誠も突然のアイシャの言葉に驚いた。
「決定なんですか?」 
 誠の言葉に笑みを浮かべて頷くアイシャ。カウラはすぐに自分の腕に巻いた端末を起動させて画面を何度か転換させた後、大きくため息をついてアイシャをにらみつける。
「クバルカ中佐の許可も取ってあるな」 
 勤務体制の組み換えの許可は副隊長であるランの承認が必要だった。逆に言えばランが勤務体制がタイトに過ぎると判断すれば各人の休暇消化の指示が出る。事実、出動後のアサルト・モジュールのオーバーホールなどで超過勤務が続くことが多い技術部のメンバーには何度か休暇消化命令が出たこともあった。
「まあね。有給消化率の低い誰かさんを休ませると言ったらランちゃんすぐにOK出してくれたわよ」 
「ランちゃん?」 
 外からの声に驚いて誠はゲートの方を振り返る。そこには赤いヘルメットが浮かんでおり、その下にはにらんでいるような目があった。
「あ!クバルカ中佐……」 
 カウラはコタツの中の誠の足を蹴る。それを合図に誠は席を外している要に変わりコタツを出て這ってゲートの操作ボタンまで向かった。
「オメー等暇そうだな……って西園寺はどうした?」 
 ゲートの開くのを見ながらデニム地のジャケットを着て小さなバイクにまたがっているランがエンジンを吹かす。
「ええと、要ちゃんならタバコ吸いに行きましたよ。それより休日出勤ご苦労様です!」 
 そう言ってにんまりと笑うアイシャを見てランは大きくため息をついた。 
「仕事を増やす部下ばっかりで大変だよ」 
 そう言い捨てるとランは工場の内部道路を軽快な音を立てて去っていった。
「でも……ほんとランちゃんてかわいいわよね」 
 うれしそうなアイシャ。それを見ながら寒さに負けてコタツに向かう誠。だが、コタツにたどり着く直前でゲートに現れた客の咳払いが聞こえてそのままの格好で誠はゲートの操作ボタンへと這って行った。
「あら……お姉様方おそろいですのね」 
 窓の外には和装の美女の姿がある。嵯峨の双子の姉妹の姉の嵯峨茜。
 先月の同盟厚生局と東和軍の武断派によるクーデター未遂事件の解決でようやく来年度の正式発足が決まった『法術特捜』の新主席捜査官就任が決まった同盟司法局のエリート捜査官である。
「あと西園寺さんがタバコを吸って……」 
「おう、茜じゃねえか。会議ばかりで退屈じゃねえのか?」 
 喫煙所から戻ってきた要が茜の高級セダンの横に立っていた。ちらちらと要はその車を眺めるが、要はどちらかと言うとこう言う高級品的な車が嫌いだと何度も言っていた。その目はいつものようにただの好奇心で鏡にでもできるのかと言うほどの艶を見せる塗装を見つめているだけだった。
「会議も大切なお仕事ですわよ。特にわたくし達は国家警察や同盟司法局捜査部、場合によっては軍部との協力が必要になるお仕事ですもの。面倒だと言っても事前の綿密な連携が……」 
「聞こえない!何にも聞こえない!」 
 そのまま自分に対する説教になりかねないと思った要は両耳を手で押さえて詰め所の入り口に向かっていく。
「本当に要お姉さまは……」 
「茜ちゃんもそんなに説教ばかりしても……」