遼州戦記 保安隊日乗 5
「ああ、ちゃんと無煙火薬の弾もあるから。ブラックパウダーはそちらの一箱だけ。あとはちゃんと普通に撃てる奴ばかりだよ」
誠はようやく安心する。だが、弾丸はどれもむき出しの鉛が目立つ巨大な姿。警察組織扱いになっている保安隊だから使えると言うような弾に苦笑いを浮かべた。
「シャムちゃん!例のやって!」
リアナがカメラを構えながら叫ぶ。それに応えるように親指で帽子の縁をはじいたシャムが手にした銃を軽く胸の前にかざした。
「行くよ!」
手にした銃を構えつつ振り向くシャム。思わず誠はのけぞった。
「じゃあ……行くよ!」
周りの視線を感じてそう叫ぶとシャムは銃を振り上げる。鉄紺色の銃身の短いリボルバーは人差し指を軸に、くるくると彼女の手の中で回転していた。思わず拍手をする整備員達の様子を知るとさらにその回転は加速していく。
「ほう……」
感心しているのか呆れているのか。まったくどちらとも付かない表情のカウラ。シャムはそれを見るとすばやく右腰にあるホルスターに銃を叩き込んだ。警備部員や運行部の女性士官もそれには一斉に感心したと言うような拍手を送った。
「なんだ?ウェスタン公園にでも就職するのかよ」
こちらは明らかに呆れている要。それを見るとアイシャはつかつかとシャムの横まで歩いていく。
「ちょっと見せて」
アイシャの言葉に頷いたシャムが銃を手渡す。先日見た青みを帯びた黒い銃が冬の日差しに輝いて見える。しばらく手にとって眺めた後、アイシャはキムに振り返った。
「ジュン君。これ全部ブラックパウダー弾?」
「違いますよ。さっきのでおしまいですから」
そう言うとしばらくシリンダーを見つめていたアイシャが大きくため息をついた。彼女の手は普通のリボルバーのようにシリンダーを引き抜こうとするがまったく動く様子が無い。
「これって……どうやって装填するの?と言うか撃った薬莢を取り出そうって言ったって……」
全弾撃ちつくしているらしくしばらくじっと短い銃を眺めていたアイシャ。それを見たシャムが満面の笑みを浮かべている。
「ああ、ちょっと貸してね……ジュン君、これ借りてもいい?」
シャムはそう言うとテーブルの上にあったドライバーを手にして銃の劇鉄を少し押し下げる。そのままシリンダーの後ろのブロックが開く。そしてそこに開いている穴にドライバーを突き刺して薬莢を取り出した。
「面倒だな」
「使い物にならねえじゃねえか」
カウラと要の意見ももっともだった。シャムはようやく二発の薬莢を取り出すことに成功して次の薬莢を取り出すべくドライバーを持ち直す。
「そりゃあ西部劇みたいに六発以上撃ちまくるわけには行かないですからね、現実問題」
キムの一言にムッとしたように顔を上げるシャム。不器用にドライバーで自分の銃と格闘しているシャムを見ながらキムは必死になって笑いをこらえていた。
「だから二挺拳銃なんですよ」
「キム。そりゃわかってるんだけどさあ。相手が多弾数のオートで襲ってきたらどうするんだ?」
要の問いに意味がわからないと言うように首をひねるキム。だが、すぐに要は彼の考えを理解してキムの肩に手を乗せる。
「そうだな。あいつの拳銃はただの錘だからな」
「ひどいんだ!そんなこと言うと撃たせてあげないぞ!」
「おもちゃじゃねえんだ!誰が触るか!」
要はそう言ってへそを曲げるが、シャムの隣に立っているアイシャはキムの前に置かれた弾薬の箱に手を伸ばしていた。
「これってここに弾を入れればいいの?」
うれしそうにシャムから渡されたリボルバーピストル、ピースメーカーを手に弾をこめようとするアイシャ。
「うん、そこから一発一発シリンダーを回しながら入れるんだよ」
シャムの言葉を聞くと45口径の弾丸を一発づつシリンダーに差し込んでいくアイシャ。その表情は楽しいともめんどくさいとも取れる複雑なものだった。
「結構炸薬の量が多いんだな。大丈夫なのか?」
心配そうにシャム達を見つめるカウラ。その手には箱から取り出した一発の弾丸が握られている。
「ああ、大丈夫ですよ。元々こいつはアメリカとかの時代祭りの為に有るような銃ですから。威力はかなり抑えた弾しか手に入りません。まあ炸薬を増やせば威力は上がりますけどどうせシャムが使うんでしょ?意味ないですよ」
そうキムが説明している間にアイシャは弾をこめ終わるとそのままターゲットを狙う。
「ハンマー起こせよ!シングルアクションだからな!」
「わかってるわよ!」
要にやじられて言い返すアイシャ。そしてそのまま右手の親指でゆっくりハンマーを起こすとすばやく引き金を引いた。一瞬置いて轟音が響く。アイシャの手の中で滑ったように銃がはねて銃口が天井を向いているのが見える。
それを見て大笑いする要。しばらく何が起きたかわからないと言うように立ち尽くすアイシャ。
「ああ、ああなるのは仕方ないんですよ。グリップがなで肩ですしこういうグリップのシェリブズは丸くて握りづらいですから。どうしてもオートに慣れた人が初めて撃つと反動が上に逃げて銃口が天井向くんですよ」
キムの言葉に思うところがあったのか、カウラが立ち上がるとアイシャの後ろに立つ。
「私にも撃たせろ」
その言葉にしばらくアイシャは目が点になっている。隣で笑っていたシャムの表情も驚いたように変わる。
「ええ、別にいいけど……」
そう言ってアイシャはカウラに銃を手渡した。そしてそのままカウラは受け取った銃で30メートル先の標的に狙いをつけた。
「馬鹿やるなよ!」
いつの間にかタバコを吸い始めた要。野次馬達も展開がどうなるのか楽しみで仕方がないと言うようにカウラを見つめている。静かにハンマーを起こすカウラ。その様子に場はあっという間に静まり返っていた。冬の北風だけが枯れ草を揺らして音を立てている。
カウラが引き金を引く。そしてハンマーが落ちる。そして火薬の点火による轟音。最新式の炸薬とは言え、短い銃身では燃焼し切れなかった炸薬が銃口の先に炎の球を作って見せる。
「派手だねえ……こりゃ」
タバコを咥えている要の一言。誠が銃口の先を見ればマンターゲットの頭に大穴が開いている。
「結構当たるもんだな」
そう言うとカウラは満足したように銃をシャムに返した。
「まあレプリカですからバレルの精度なんかは今のレベルですよ。それにしてもさすがですね、反動をほとんど殺していたじゃないですか」
キムに褒められて少し満足げなカウラ。次は私だと言うように要が跳ね上がるように立ち上がった。
「おい!遊んでんじゃねーぞ!」
そこに突然少女の声が響いた。振り返るギャラリー。そこには副部隊長のランが手に幼児のような彼女の体と比べると格段に大きい段ボール箱を抱えて歩いてきていた。後ろにはランにじゃれ付こうとするグレゴリウス13世を必死に鎖で押さえつけようとするが完全に力負けしている吉田の姿があった。
「姐御も撃ちますか?」
要が茶々を入れるがまるで無視して、そのまま射撃場のテーブルにダンボールを置くラン。
「キム、どうだい」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 5 作家名:橋本 直