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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 カウラがそうつぶやいたのは、ミットでボールを受ける音が響いてきたからだった。うれしそうな表情のカウラに誠は安心したように目をやった。エメラルドグリーンの髪が北風にたなびいている。
「どうした?先に行くんだろ?」 
 立ち止まって見とれていた誠と視線を合わせるカウラ。思わず誠は止まっていた足を再び進める。部活動棟のプレハブの建物が尽きると都心部の学校らしく狭苦しいグラウンドが柵越しに見ることが出来た。
 グラウンドの中央を使って練習をしているのはサッカー部員。センタリングからシュートへつなげる練習を繰り返している。奥でダッシュの練習をしているのはラグビー部員。こちらは全国大会の出場経験もあり、態度が大きかったのを誠も思い出していた。
「あそこか……ずいぶん肩身が狭そうだな」 
 カウラが目をやったのはグラウンドの隅の隅。5、6人の野球のユニフォームを着た選手がキャッチボールをしているのが見えた。
「9人いないんじゃないのか?」 
 呆れているようなカウラの声に昔を思い出す誠がいた。進学校にありがちなことだが、練習の出席率はひどいものだった。誠の時代も予備校に通っていない生徒は誠一人。予備校が優先と言う伝統があって普段は部員の半分は練習を休むのが当たり前だった。
 それ以前にこの狭いグラウンドである。まともに外野の守備練習が出来るのは週に二、三回だった。
「どうだ?注目の後輩とかはいるのか?」 
 笑顔で尋ねてくるカウラ。誠は愛想笑いを浮かべるとそのまま裏門に向けて歩き始めた。
「監督!」 
 誠は裏門から見えた太った白いユニフォームの男に声をかけた。振り向いた男は誠の顔をすぐに思い出したように近づいてくる。
「神前じゃないか!元気そうだな」 
 懐かしそうな瞳の監督。この都立新城高校の物理の教師でもある指導者に頭を下げる誠。そして監督はすぐに誠の隣に明らかに不似合いなエメラルドグリーンの女性を見つけた。
 すぐに表情が困惑したものに変わる。それを見て誠が浮かべた苦笑い。それを見ると監督の目は明らかに誠を冷やかすような色に染まった。
「なんだ?クリスマスイブのデートで母校の後輩の指導でもするのか?そりゃあ助かるな」 
 そう言われてカウラを見る。彼女は完全にやる気である。すぐにそれに気づいて自分の思惑が完全に裏目に出たことがわかった誠に出来ることは頭を掻いて照れることぐらいだった。
「どうも、初めまして」 
「え……ええ。ああ……どうも」 
 カウラの圧力すら感じる眼光に怯む監督。
「ええと彼女は今の職場の上司でして……」 
 そう言ってみると監督はようやく誠が見知らぬ不思議な緑の髪の色の美女と歩いていることが腑に落ちたような顔になる。
「ああ、そうか。お前は軍に入ったんだよな。つまりこの人は例のゲルパルトの実験の関係者か何かと言うわけだ……なるほど」 
 納得がいったように頷くが、誠には少しつまらない反応だった。
「どうです?今年のチームは」 
 明らかにカウラの姿に戸惑っている監督を見て声をかける誠。それには今度は監督のほうが参ったと言うように帽子を取って白髪の混じる頭を掻いた。
「どうもこうも……お前がいた頃とはまるで違うチームだよ。あの時よりは守備がしっかりしているのが自慢だが、核となる選手がいない。まあ毎年のことだからな」 
 そう言って苦笑いを浮かべる監督について誠とカウラはグラウンドに足を踏み入れた。
『こら!ぼんやりするな!』 
 グラウンドの中央に立つサッカー部のコーチの檄が飛ぶ。目を向けると突然現れたカウラに目が行ってボールを見失った選手がコーチに頭を下げてボールを拾いに走っている。
「これのせいかな」 
 力の無い声でカウラは自分の後ろにまとめたエメラルドグリーンの髪を見つめる。確かにそれもあるが、明らかにカウラの顔を見つめて黙り込んでいる野球部の生徒を見ればそればかりではないことがわかった。
「全員注目!」 
 監督は叫ぶとキャッチボールをしていた野球部員達が誠達を見る。そしてその視線が都立新城高校最高のエースと呼ばれた誠ではなく、見知らぬ美女と言うようなカウラに向いていることがわかって誠は苦笑いを浮かべた。
「今日は君達の先輩であの六年前の準々決勝進出の立役者が挨拶にみえた」 
 昔ながらの野太い声を聞いて懐かしさを感じる誠。だが、部員達は誰一人として自分ではなくカウラが気になっているのは見るまでも無くわかっていたことだった。
「すみません。ピッチャーは……」 
 声をかけてきたのが誠でなくカウラだったことを意外に思ったのか、ぽかんと口を開けていた監督。だがしばらくしてなぜか一人納得したように頷いていた。
「ああ、彼女はうちの実業団のチームのリリーフピッチャーもやっているんです」 
「ほう?まあ軍の方なら鍛えているでしょうからな……新見!」 
 カウラについての一言を聞くと監督は一番前にいた丸刈りの小柄な生徒を呼んだ。新見と呼ばれた生徒はカウラをちらちらと見ながら近づいてくる。明らかにカウラよりも小さい身長だが、肩幅が広く筋肉質な体型は他の生徒よりも迫力があった。
「君がエースか。ちょっと私が打席に立つから投げてみてくれないかな」 
 カウラに声をかけられて頬を染めながら監督を見上げる新見少年。
「いい機会だ。見てもらえ」 
 そう言うと一番奥のどちらかと言うよ細身のレガースとミットですぐにキャッチャーとわかる少年に新見少年は目をやった。
「別に良いですよ、打っても……木島!バット持って来い!」 
 自信があるような調子で後輩に指示を出す新見少年。その初々しい自信に笑顔を浮かべながらグラウンドの端に作られたマウンドに走る少年を見送るカウラ。
「手加減してやってくださいよ」 
 誠の声に聞き耳を立てていた監督が不愉快だと言うような顔をしている。カウラはそのまま色黒の一年生ぐらいに見える生徒からバットを受け取ると静かにそのまま少年達について行った。
 新見少年はすぐにキャッチャーに座るように指示を出すとカウラが到着するのを待たずに投球練習を始める。
「結構速いな」 
 カウラはそう言って頷く。彼女の指摘通り、小柄な全身を使って投げるスタイルは無駄が無く、もしも体格に恵まれていたなら注目を集めるような球を投げれるような素質があるように見えた。
 だが誠は不安があった。カウラは手加減が出来ない性質である。バットを持たされたと言うことは打ってもいいと言われたと同じだと思っているだろう。確かに誠達がバッターボックスの手前にたどり着くまでに投げた速球はそれなりの威力があるように見えた。それを見ればまじめなカウラが思い切りスイングしてくることは分かっている。
 新見少年も相手が女性。しかもかなり細身で華奢に見えるというところで安心しているのだろう。しかし、それが完全に間違いであることに誠は気づいていたが、後輩への贈り物としてカウラとの対戦をさせてやりたいと思うようになった。
 カウラは私服の時にはスニーカーにパンツと言うことが多いので、手渡されたバットを握ると首に巻いたマフラーを取って誠に渡した。
「教育してくるな」