遼州戦記 保安隊日乗 5
自分が見られていることに気づいて叫ぶラン。要と誠は頭を引っ込めた。隣では二人の上司と言うことでカウラが大きなため息をついてみせる。
「今日は歩哨担当も出すつもりなんだ。そこで……」
マリアはそう言うとカウラを見つめた。きょとんとした表情のカウラは自分の顔を指で指す。そしてそのまま視線を仕事をしているふりに夢中な誠と要に向けた。
「それとアイシャにも頼んでおいたからな」
「余計なことすんじゃねーよ。カウラ!そう言うわけだ。とりあえず……」
諦めたランはそう言うと腕の端末に目を向ける。
「20時まで、ゲートで歩哨任務につけ!」
「は!フタマルマルマル時までゲート管理業務に移ります!」
立ち上がったカウラに大きく頷いて見せてマリアは颯爽と部屋から出て行った。ランは仕方が無いと言うように誠と要に目を向ける。にんまりと笑った二人はそのまま立ち上がると出口で敬礼してそのままカウラを置いて廊下に出た。
「あ!お姉さま!」
声をかけてきたのは楓だった。そのまま走り寄ってこないのは明らかに彼女を見て要の表情が冷たくなったからだった。だが、要に苛められたいというマゾヒスティックな嗜好の持ち主の楓は恍惚の表情で立ち去ろうとする要を見つめている。誠も出来るだけ早く立ち去りたいと言う願望にしたがって楓の後ろの渡辺とアンを無視して、そのまま管理部のガラス窓を横切りハンガーへ降りる階段へと向かった。
「声ぐらいかけてやればいいのに」
追いついてきたカウラの一言にこめかみを緊張させる要。その表情を見てさすがのカウラも目をそらした。
ハンガーではすでにトレーラーに搭載された誠の05式をワイアーで固定する作業が続いていた。
「あれ?カウラさん達は……」
目の下に隈を作って部下の作業をぼんやりと眺めている島田からの声に不機嫌になるカウラ。
「門番の引継ぎだ!警備部が訓練に行くからその代役だ」
「ああ、さっきアイシャさんがスキップしていたのはそのせいですか」
そこまで言うと島田はハンガーの隅に置かれたトレーラーの予備タイヤの上に腰を下ろしてうなだれる。
「辛そうだな」
カウラの言葉に顔を上げた島田が力ない笑いを浮かべていた。
時は流れるままに 4
「確かに……寝てないですからね、しばらく。ああ、今日は定時に帰りたかったなあ」
そう言いながら作業をしている部下達を眺める島田の疲れ果てた背中。同情のまなざしを向けるカウラの肩を要が叩く。
「無駄口叩いてねえでいくぞ!」
要は歩き始めた。技術部の整備班の面々は班長の島田の疲れを察してか段取り良くシートをトレーラーに搭載された05式にかけていく。その脇をすり抜けて要は早足でグラウンドに出た。冬の風にあおられてそれに続いていた誠は勤務服の襟を立てる。
「たるんでるねえ。それほど寒くもねえじゃないか」
笑う要だが、誠には北の山脈から吹き降ろす冬の乾いた空気は寒さしか感じなかった。振り向いたところに立っていたカウラもそぶりこそ見せないが明らかに寒そうな表情を浮かべている。
そのまま正門に向かうロータリーへ続く道に出ると、すでにトラックに荷台に整列して乗り込んでいるマリアの部下である警備部の面々の姿が見えた。
「ご苦労なことだ。仕事熱心で感心するよ」
金髪の長身の男性隊員が多い警備部。良く見ると正門の近くで運行部の女性士官達が手を振ったりしている。
「今生の別れと言うわけでもあるまいし」
その姿に明らかにかちんときたような表情を浮かべて勤務服のスカートのすそをそろえている要。誠は愛想笑いを浮かべながら再び歩き始めた彼女についていく。
「あ!西園寺大尉とカウラさん……いやベルガー大尉ですか?」
通用門の隣の警備室からスキンヘッドの曹長が顔を出していた。彼は手に警備部の採用銃であるAKMSを手にして腹にはタクティカルベストに予備の弾倉をぱんぱんに入れた臨戦装備で待ち構えていた。
「これおいしいわよ!」
その後ろではうれしそうにコタツでみかんを食べているアイシャの姿がある。
「引継ぎの連絡はクラウゼ少佐にしましたから。俺達はこれで」
そう言うとスキンヘッドの曹長と中から出てきた角刈りの兵長は敬礼をしてそのまま警備部の兵員輸送車両に走っていく。
「遅いじゃないの!」
そう言うとアイシャはコタツの中央に置かれたみかんの山から誠、要、カウラの分を取り分けて笑顔で三人を迎え入れた。
「これはシャムちゃんお勧めのみかんよ。甘くってもう……後を引いて後を引いて」
その言葉通りアイシャの前にはすでに二つのみかんの皮が置かれていた。それを見た要もぶっきらぼうな顔をして靴を脱ぎ捨てるとすぐにコタツに足を入れてアイシャが取り分けたみかんを手にすると無言でむき始めた。
「まあ自由にやって頂戴よ、カウラちゃんと誠ちゃんも」
「なんだよ、主(あるじ)気取りか?」
アイシャと要。二人してみかんを剥くのに夢中になっている。顔を見合わせて冷めた笑いを浮かべると誠とカウラも靴を脱いで上がりこんだ。
「ああ、ゲート上げ下げは要ちゃんがやってね。私は寒いから」
「なんだよ!アタシがやるのか?」
口にみかんを詰め込んだ要が四つんばいでゲートの操作ボタンのある窓へと這っていく。
「さて、今回私達がここに集まったのにはわけがあるのよ」
「クリスマス会だろ?」
仕切ろうとした出鼻をカウラにくじかれてひるむアイシャ。だが、再びみかんを口に放り込んでゆっくりとかみながら皮を剥いている誠とカウラを眺めてしばらく熟考すると再び口を開いた。
「それだけじゃないわ。ランちゃんに聞いたけど……哀れでやけになったロナルド上級大尉はクリスマスだけでなく年末年始の間も勤務を希望しているらしいわ」
「そうなのか……」
明らかに投げやりに返事をするカウラ。実際こういう時のアイシャに下手に口答えをするとうざったいだけなのは誠も知っていて、あいまいに首を縦に振りながら彼女の言葉を聞き流していた。
「それに年末の東都警察の警備活動の応援は手当が付くということで警備部の面々が定員をめぐって争っている状態だしねえ。コミケもシャム達が仕切るから私達は完全にフリーなのよ」
「ああそうだな」
上の空でそう言うとカウラがみかんの袋を口に入れた。
「カウラちゃん。聞いてよ」
「聞いてるって」
困ったような表情でアイシャを見つめるカウラ。
「つまりあれだろ。アタシ等は年末年始が暇になるってこと」
要はアイシャの言葉を聞いていたようで、兵員を満載した警備部のトラックの為にゲートを開けながらそう叫んだ。
「そうよ!それ。そこで私達がやるべきことが二つあるのよ」
高らかなアイシャの宣言に不思議そうな顔をするカウラ。
「二つ?クリスマス会だけじゃないのか?」
「馬鹿だなあカウラ。クリスマス会とコミケでのアイシャの荷物持ちがあるだろ」
「ああそうか」
納得してみかんをまた一口食べるカウラ。だが、そこでアイシャはコタツから立ち上がった。
「違うわ!一番大事なこと!家族のぬくもりに恵まれない私達三人に必要なイベントがあるじゃないの!」
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 5 作家名:橋本 直