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遼州戦記 保安隊日乗 5

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「貴様等なじみすぎだぞ」 
「カウラちゃんがよそよそしいのよ。ねえ、要ちゃん!」 
「うるせえ!」 
 要はそう言うと三人が泊まる予定の客間に向かう廊下を歩いていく。
「無愛想ね」 
「それ以前の問題だ」 
 一言そう言ってテレビの野球中継を眺めているカウラ。自分にかまってくれないのが不服なのか、アイシャはしばらく誠を見て手を打つ。そしてじりじりと間合いをつめてくるアイシャに誠は嫌な予感しかしなかった。
「じゃあ誠ちゃん、一緒にお風呂に入らない?」 
「え?」 
 誠はしばらくアイシャの言葉の意味がわからずにいた。そしてじりじり近づいてくるアイシャだが、すぐにその後頭部にスリッパが投げつけられた。
「くだらねえ事はやめろ!」 
 投げたのは要。アイシャは振り向きながら表情を変える。そのいかにもうれしそうな顔に要は驚いたように一歩下がる。
「へえ……そう言っておいて実は要ちゃんが一緒に入ろうとか?二度風呂?のぼせるわよ」 
「そんなこと無い!馬鹿も休み休み言え!」 
 そうして今度こそ客間に向かう要。そこに台所にいた薫が顔を出した。
「誠!ちょっと揚げ物やるから手伝ってよ」 
「あ、私もやりますよ」 
 誠を制するように言ったアイシャだが、薫は優しく首を横に振った。
「お客さんですものねえ」 
 その表情はアイシャがたぶん役に立たないだろうと悟ったようなところがあった。アイシャはしょんぼりとそのままカウラの隣に座る。
「今日はてんぷらですから」 
 そう二人に言うと誠は張り切って台所へと向かった。
「今日はアナゴと海老。それにお芋があるわね……衣をつけるから揚げてね」 
 母の言葉に衣にまぶされた芋を暖められた油に投じる。
「揚げものって良いわよねなんだか」 
 いつの間にか背中に引っ付いていたアイシャに驚いて振り向いた弾みに油の入った鍋を覗きに来た要に油が飛んだ。
「痛え!」 
 すぐ要がアイシャをにらみつける。二人がにらみ合うのを笑顔で眺める薫。
「まあ、二人とも。お客さんだから静かにしてね」 
 さすがに余裕の笑みでごぼうとにんじんの入ったボールをかき混ぜている薫にそう言われると仕方なく二人はカウラがじっとテレビを見ている居間に向かった。
「二人とも料理はできないんでしょ?」 
「はあ……そうだね」 
 小声で聞いてきた母に誠は苦笑いでそう言った。
「母さん、新聞は?」 
 降りてきた誠一が叫ぶ。すぐに居間のカウラが立ち上がり誠一に新聞を手渡そうとした。
「いや、読んでいるならいいですよ。終わったら教えてください」 
 いつもの父とは違う照れたような調子を聞きながら誠はこんがりと揚がった芋を油から上げていく。
「お父さん、大根をおろすのお願いできない?」 
「ああ、任せておけ」
 着流し姿の誠一はそのままテーブルに置かれた大根の切れ端をおろし始める。
「私も……」
「クラウゼさんいいですよ。誠!揚がったのはあるだろ?先に食べてもらっていたらどうだ?」 
 そう言われてすぐに立ち上がったのは要だった。無言で食卓に置かれた椅子を手に取るとすとんと座ってしまう。
「手伝うとかそういう発想は無いの?汁作りますよ」 
 アイシャはそう言うとなぜか手馴れた調子で冷蔵庫を開いて麺汁とミネラルウォーターを取り出す。
「なんでそんなにあっさり見つけるんだ?」 
「要ちゃんと違って色々見ているわけ。さっき水を飲みに来た時見たんだから」 
 そう言うとアイシャはガラスの容器に麺汁とミネラルウォーターを注ぐ。
「ごめんなさいね。誠!次はこれをお願い」 
 薫はそう言うと粘り気のある衣にまみれたごぼうとにんじんのかき揚げを手渡した。
「じゃあレンジしますね」
 アイシャは大根をすっている誠一に一声かけると汁を温め始めた。
「なんだか・・・これが家族なのか?」 
 うれしいようなどこか入っていけないような複雑な表情のカウラが居間から台所を覗き込んでいる。要はもうテーブルに置かれていた芋を手に取るとそのまま塩をかけて食べ始めていた。
「要ちゃん。ビールを取ってくるとかすることあるんじゃないの?」 
「分かったよ」 
 渋々要が立ち上がる。それを見てカウラも戸棚に向かって行って皿やグラスをテーブルに並べ始めた。
「ごめんなさいベルガーさん。ご飯が炊けたと思うから盛ってくれない?」 
 薫の言葉に目を輝かせるカウラ。そのまま茶碗を手に取るとすぐに炊飯器に向かっていった。
「どう?」 
 かき揚げが揚がったのを皿においていく息子に声をかける薫。
「これで終わり。次はアナゴですね」 
「汁は温まりました!お父様、大根はいかがでしょうか?」
「え?……もうすぐだけど」 
 突然アイシャにお父様と呼ばれて困惑しながら誠一はすり終えた大根をアイシャに渡した。
「汁の濃さは自分で調節してね」 
 そう言うとテーブルに汁を置くアイシャ。要はすぐに飛びついてそれを自分の皿に注ぐ。
「食べるだけなのね、要ちゃんは」
「余計なお世話だ」 
 そう言いながら要はアイシャをにらみ続ける。誠は目の前のアナゴの色がついてくるのを見ながらそれを皿に盛り始めた。
「薫さん。ご飯……普通でいいですか?」
「ええ、皆さん結構食べるみたいですから」 
 不器用にご飯を茶碗に盛るカウラを見ながら薫はにこやかにそう答えた。
「アナゴできましたよ」 
 皿に盛ったアナゴを見るとすでに食べる体勢に入ったアイシャが満面の笑みで迎え入れる。
「じゃあ僕はビールでも飲もうかな……母さん、誠。先にやっているからな」 
 誠一はそう言うと要が持ってきた缶ビールのふたを開けた。ご飯を盛り終わったカウラもその隣の席に座る。
「誠。もういいわよ、あなたも食べなさい」 
 薫が海老に衣を着け終わるとそう言ったので誠はテーブルに移った。すでにカウラとアイシャはアナゴに取り付いている。誠もビールを明けてグラスに注いだ。
「うまいなこれ」 
 要はそう言いながらサツマイモのてんぷらをおかずにご飯を食べる。
「炭水化物の取りすぎだな」 
 そう言いながらカウラがじっくりと楽しむようにアナゴのてんぷらを口にしていた。
「海老も揚がったわよ」 
 薫はそれぞれのお皿にこんがりと色づいた海老を並べていく。それを見ながら誠は油の処理をするために立ち上がった。
「本当においしいわね。やっぱりしいたけもほしかったかも」 
「ごめんなさいね。ちょっと買い忘れちゃって」 
 火を止めて油を固める薬を混ぜている誠の後ろで和やかな食事の光景が続いていた。
「でもおいしいですよこのかき揚げ」 
 カウラの満足そうな顔を食卓の椅子に戻って誠は眺めていた。
「ビールもたまにはいいもんだな」 
 要はそう言うと自分の手前の最後の海老に手を伸ばした。
「ちょっと要ちゃん早すぎよ」
「貴様が遅いんだ」 
 アイシャに口を出されて気分が悪いというように自分の最後の海老を口の中に放りこむ要。
「もう終わりか……確かに早すぎるな」 
「お茶でも入れましょうか?」 
「いいですよ、気にしないで」 
 薫の一言を断った後に立ち上がって給湯器に向かう要。
「自分でやるんだな、いいことだ」