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遼州戦記 保安隊日乗 5

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 アイシャは運行部の所属、保安隊の運用艦『高雄』の副長である。このまま階段を登り、更衣室で勤務服に着替えて一階の運行部の部屋に入れば憂鬱を体現しているロナルドの顔を一日見なくても仕事になる。
 だが、要にカウラ、誠はロナルドと同じ実働部隊である。端末を見ながら時折ため息をついたり、三人で資料の交換のために声をかけるところをじっとうらやむような目で一日中見られるのはたまったものではなかった。
「オメエ、アタシ等と一緒にいろ!な?」 
 哀願するように見上げる要。だが要はアイシャの性格を忘れていた。自分が心理的に優位に立ったとわかるとアイシャの顔が満面の笑みに満たされる。
「私だけでいいの?サラやパーラも連れてきてあげましょうか?」 
 そんな得意げな口調にさすがのカウラも言葉が無かった。明らかに挑戦的なアイシャの言葉。それに要はまんまと乗せられていく。
「出来れば入れ替わりで来てくれれば……」 
 しかたなくカウラもそう言ってしまった。ハンガーの中央に一人で立っているロナルド。技術部の兵士達は気を使ってわざと周りを避けて通っている。
「でも、アイシャは仕事があるんじゃないの?それにいつも要ちゃんはアイシャちゃんが来ると怒るじゃない」 
 まるでわかっていないシャム。要はその頭にチョップをした。
「痛い!」 
 その言葉がきっかけになったように今度は亀吉の甲羅が要を攻撃する。だが、サイボーグの人工筋肉と新素材の骨格のおかげで逆に亀吉が驚いて逃げ始めた。
「あれ?どうしたの?」 
 そのままハンガーを歩いていく亀吉。その後ろをついていくシャム。その先にはぼんやりと今度はグラウンドに目を向けていたロナルドがいた。
「ヤバ!行くぞ」 
 要はそう言うと階段を駆け上る。誠とアイシャもシャムが天然会話でロナルドを苦笑させてさらに落ち込む光景を想像して要のあとに続いた。
「ああ、お姉さま」 
 階段を登りきる。わざとらしく要に声をかける為に待ち構えていた楓を無視して要は更衣室を目指す。ガラス張りの管理部の部屋では経理や総務の女性隊員が囁きあいながらハンガーの中央に立つロナルドを眺めているのが目に入った。
「触らぬ神に祟りなしなのにねえ」 
 アイシャはそう言うと本気で廊下を走っていく。
「こらこら、廊下は走っちゃだめだよー」 
 いつもの抜けた表情の嵯峨の言葉も無視して四人は駆けていく。
「失礼します!」 
 要達にそう言って誠は男子更衣室に飛び込んだ。そこには珍しい組み合わせの面々が着替えを済ませて腕組みをしながら飛び込んでくる誠を迎え入れた。
「どうだった?」 
 ロッカーに挟まれた中央の椅子に腰掛けていたのは、前管理部部長で現在は同盟軍教導部隊の設立に奔走しているはずの人物だった。アブドゥール・シャー・シン大尉。すでに来年度の新部隊開設の時には少佐に昇格するのが確定していた。
「どうって言われても……」 
 そう答える誠をシンの隣で見ているのは背広組で着替える必要の無いはずの現管理部部長高梨渉参事官だった。その隣にはため息をつきながら誠から目をそらす島田。そして彼とは仲が悪いはずの管理部経理課主任の菰田邦弘曹長までもが付き合うようにため息をついている。
「シャムが余計なことしなきゃ良いんだがなあ」 
 シンの言葉に誠は最後にロナルドを見た光景を思い出した。
「ああ、それなら今亀吉を追いかけてハンガーに……」 
「おいおいおい!まずいぞ」 
 誠の言葉に口ひげをひねるシン。同じように腕組みしている菰田の貧乏ゆすりが続く。
「でも大丈夫なんじゃないですか?ナンバルゲニア中尉には人を元気にする力がありますから」 
 そう言ってみて誠は後悔した。絶望的表情を浮かべるシン。彼がシャムとは遼南内戦中からすでに十四年の付き合いがあることを思い出した。
「確かに荒療治としてはそれもありかも知れないがな。実は今回の休暇に入る前に電話を貰ってね。凄い自慢話とか婚約者の写真とか送られて大変だったんだぜ」 
 シンの言葉でロナルドの浮かれぶりが想像できた。めったに私的なことを口にしないロナルドがそれだけ入れ込んでいたと言うことになれば、反動での彼の落ち込み方が想像に余りある。
「岡部達はあさって東都空港に到着の予定だからな。ともかくそれまでは出来るだけ静かに接することにしよう」 
 高梨の発案に全員が頷く。
「切れる、分かれるは禁止と言うことで」 
「ああ、結婚式、ケーキ、チャペルなんて言葉も危ないな」 
 菰田と島田の言葉に全員が頷く。その様子を見た高梨が腕の端末を起動させた。
「やっぱり向こうでもその話題で持ちきりだな」 
 スクロールしていくテキスト画面にはリアナの司会で対ロナルド対策を立てている隣の女子更衣室の会議の模様が流れている。
「特に……」 
 シンの視線が誠に向けられる。『ベンガルタイガー』の異名のエースパイロットの視線に耐えかねて逸らした先には島田、振り返れば菰田のにらむような視線がある。
「僕ですか?」 
 誠の言葉に全員が大きく頷いた。
「貴様はモテモテオーラが出てるからな」 
 明らかに殺意を込めた視線が菰田から投げかけられて誠は当惑した。それに同調するように島田が頷く。反論したい誠だが、そんなことが出来る雰囲気ではなかった。
「とりあえず、着替えろ」 
 そう言って誠のロッカーの前に立っていた高梨が場所を空ける。誠はすぐに勤務服を取り出してジャンバーを脱いだ。
「実は、これは私のせいでもあるんだが……」 
 そう言って隣に立っている高梨が誠を見上げる。全員の視線に迫られるようにして高梨は言葉を繋げた。
「スミス大尉が帰国する時、出来ればお前が西園寺かベルガー、クラウゼとくっついた時には仲人をしてくれって話題を振ってみたんだよ」 
「あのー高梨部長。それは……」 
 ネクタイを締める手を止めて嵯峨の腹違いの弟の割には小柄な高梨を見下ろした。
「私もこうなるとは思っていないからな」 
 そう言うとネクタイを軽く締めて愛想笑いを浮かべる高梨。その話はすでに聞いていたのだろうか、シン達は深刻そうな顔で誠を見つめる。誠はズボンを脱いで素早く勤務服のスラックスを履いて、ベルトを締めてからため息をつく。
「でも覚えていないんじゃないですか?そんなこと」 
 誠はようやくそう言うのが精一杯だった。悪いことの前に言われたことは意外と忘れないことは誠も身をもって知っている。左肩が壊れる前に野球部の部室に挨拶に来たスコアラーの軽口を今でも完全に再現できるくらいだった。
「それを祈るばかりだな。だが、彼も大人だ。こちらが気を使っているとわかれば安心してくれるだろう」 
 シンはそう言ってみるがまるで自分の言葉に自信を持っていないのは明らかだった。島田も菰田も明らかにしらけた雰囲気の笑顔を浮かべている。
「わかったな!取り合えず刺激するような単語は吐くな。それと西園寺さん達とはできるだけ距離を取れ」 
 菰田の言葉に頷く誠だが、小隊長であるカウラや隣の席の要と会話をしないことなど不可能に近いことだった。
『班長!目標が動きだしました』 
 西の声が島田の端末越しに響く。
「それじゃあ幸運を祈る」