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遼州戦記 保安隊日乗 5

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「図星か……それはプレゼントとは言わないぞ」 
「違うのよ!今度は新品の奴を!」 
「まず最初に自分がデバックと称して遊ぶんだろ?」 
 カウラと要に突っ込まれて思い切り沈んだ顔で誠に助けを求めるような視線を投げてくるアイシャ。だが誠もさすがにこの状態で彼女をかばうことは出来ず視線を落とした。
「こういう時はあれだろ?男が仕切って何とかすると言うのが……」 
 得意げに語る要の視線が隣の狭苦しそうにひざの先だけコタツに入れている誠に向く。
「へ?」 
「そうね、それが一番じゃないかしら」 
 同意するアイシャの視線がカウラに向く。カウラの頬が朱に染まり、ゆっくりと視線が下に落ちる。
「もう!本当にかわいいんだから!」 
 そう言ってカウラにコタツの中央のみかんの山から一つを取って彼女に渡すアイシャ。
「ほら!おごりよ。遠慮しないで!」
「あっ……ああ、ありがとう?」 
 とりあえず好意の表れだと言うことはわかったというように、カウラがおずおずと顔を上げて渡されたみかんを手に取る。そして要とアイシャが薄ら笑いを浮かべながら視線を投げつけてくるのを見て困ったように誠を見つめた。
 誠も隣で身体を摺り寄せてくる要を避けながら視線をカウラに向けた。
 二人の視線は出会った。そしてすぐに逸らされ、また出会う。
 その様子に気づいたのは要だったが、自分が仕向けたようなところがあったので手が出せずにただ頭を掻いて眺めているだけだった。アイシャはすでに飽きてひたすら端末をいじっているだけだった。
「あ!誠ちゃんとカウラちゃんがラブラブ!」 
 そこに突然響いたデリカシーのない少女の声。誠はゲートの方を振り向いた。
 シャムの目が見える。ランよりも若干身長が高いので鼻の辺りまでが誠の座っているところからも見えた。隣に茶色い小山があるのはシャムの一番の家来、コンロンオオヒグマの子供であるグレゴリウス13世の背中だろう。
「シャムちゃんはグレゴリウス君の散歩?」 
「うん!」 
 帰ってきてすぐに顔を出した修羅場での死んだ表情はそこには無く、アイシャの問いに元気良く答えるシャムがあった。書類上は彼女は34歳である。だが一部の噂ではそれ以上の年齢だと言う話も誠は聞いていた。だが、彼女はどう見ても10歳前後にしか見えない。と言うかそれでも精神年齢を下に見積もる必要がある。
「ブウ!」 
 グレゴリウスが友達のシャムが覗き込んでいる小屋に興味を持って立ち上がる。コンロンオオヒグマは大人になれば10メートルを超える巨体に育つ。2歳の子供とはいえ立ち上がれば優に4メートルを超えていた。
「何にもないよ。グリン。じゃあゲート開けて」 
 巨体の持ち主のグレゴリウス13世が通るには歩行者用通路は狭すぎた。仕方なくせかせかと歩いていった誠がゲートの操作ボタンを押す。
「ありがとうね!」 
 シャムはそう言うとそのまま走って消えていく。誠は疲労感を感じながらそのままコタツに向かった。
「タフよねえ。シャムちゃんは」 
 そう言いながらもう五つ目のみかんを剥き始めたアイシャ。
「まあ元気なのは良いことじゃないのか?」 
 同じくみかんを剥くカウラ。要は退屈したように空の湯飲みを握って二人の手つきを見比べている。
「どうしたのよ、要ちゃん。計画はすべて誠ちゃんが立ててくれることになったからって……」 
「クラウゼさん。いつ僕がすべてを決めると言いましたか?」 
 異論を挟む誠だが、口にみかんを放り込みながら眉を寄せるアイシャを見ると反撃する気力も失せた。
「……わかりました」 
 そう言うのが精一杯だった。
「で、参考までにこう言うのはどう?」 
 アイシャはそう言ってデータを誠の腕の端末に送信する。内容を確認しようと腕を上げた時、終業のチャイムが警備室にも響いてきた。


 時は流れるままに 5


 終業のベルを聞いてもゲートには人影が無かった。定時帰りの多い警備部は今日は室内戦闘訓練で不在、年末で管理部は火のついたような忙しさ。
 出動の無いときの運行部は比較的暇なのはゆっくりみかんを食べているアイシャを見れば誠にもわかる。それでもいつも更衣室でおしゃべりに夢中になっていることが多いらしく、報告書の作成の為に残業した誠よりも帰りが遅いようなときもあるくらいだった。
「みかんウマー!」 
 全く動く気配が無いアイシャがみかんを食べている。隣のカウラも同じようにみかんを食べている。
「しかし……退屈だな」 
 要は湯飲みを転がすのに飽きて夕暮れの空が見える窓を眺めていた。
「誕生日ねえ……」 
「ああ、要ちゃんって誕生日は?」 
 突然アイシャが気がついたように発した言葉に要の動きが止まる。しばらく難しい表情をしてコタツの上のみかんに目をやる要。そして何回か首をひねった後でようやくアイシャの目を見た。
「誕生日?」 
「そう誕生日」 
 見詰め合うアイシャと要。カウラは関わるまいと丁寧にみかんの筋を抜く作業に取り掛かり始めた。誠は相変わらずコタツに入れずに二人の間にある微妙な空気の変動に神経を尖らせていた。
「そんなの知ってどうすんだよ。それに隊の名簿に載ってるんじゃねえのか?」 
 投げやりにそう言うと要はみかんに手を伸ばした。
「そうね」 
 そう言うとアイシャは端末に目をやる。要が貧乏ゆすりをやめたのは恐らく電脳で外部記憶と接続して誠の誕生日を調べているんだろう。そう思うと少し誠は恐怖を感じた。
「八月なの?ふーん」 
「悪いか?誠だってそうだろ?」 
 要はそう言って話題を誠に振る。アイシャ、カウラの視線も自然と誠へと向かった。
「え?僕ですか?確かにそうですけど……」 
 突然の展開に頭を掻く誠。その時背中で金属の板を叩くような音が聞こえて振り返る。
「お前等……」 
 そこにいたのは医療班のドム・ヘン・タン大尉だった。医師である彼は正直健康優良児ぞろいの保安隊では暇人にカテゴライズされる存在である。しかも彼は部隊では珍しい所帯持ちであり、できるだけ仕事を頼まないようにと言う無言の圧力をかける嵯峨のおかげで比較的定時に近い時間に帰宅することが多い。
「ああ、ドクター」 
 アイシャの言葉に色黒のドムの細い目がさらに細くなる。
「ドクター言うな!」
「じゃあなんと言えば……」 
「そんなことは良いんだよ!それよりあれ」 
 ドムはそう言うとゲートを指差す。ゲートは閉じている。その前にはファミリー用ワゴン車がその前に止まっていた。
「ゲート開けとけよ」 
「へ?」 
 誠はドムの一言に驚いた。一応は司法特別部隊という名目だが、その装備は軍の特殊部隊に比類するような強力な兵器を保有する保安隊である。誠の常識からすればそんな部隊の警備体制が先ほどまでも誠達の状況ですらなり緊張感に欠けると叱責されても仕方の無いことと思っていた。
 だが目の前のドムは常にこのゲートがこの時間は開いていたと言うような顔をしている。
「あのー、開けといたらゲートの意味が無いような……」 
 ひざ立ちでずるずるドムのところに向かう誠を冷めた目で見つめてくるドム。
「まあ、そうなんだけどさ。いつもなら今の時間はゲートは開きっぱなしだぞ」