眠れぬ夜は羊を数えて
海斗の笑顔に、涙腺が緩んで涙が溢れた。別れ話にも取り乱すことなく冷静だった海斗がようやく大慌てで訳も分からず「ごめんごめん」と何度も謝罪の言葉を述べながら私を慰めようと必死だった。優しい海斗に甘えながら、私はこの涙が止まったら、海斗に「ごめんなさい」と「ありがとう」のどちらを先に伝えようか少し悩んだ。どちらも何度言っても言い足りない。
しきりに私を心配する海斗に「大丈夫だから」と何度も言い聞かせた帰り道、薄暗くなった道を歩きながら大きく深呼吸して
震える指で携帯を操作して通話ボタンを押した。再び不安に高鳴る心臓を押さえて携帯を握る手に力を込める。プルルという音の後に慣れ親しんだ声が聞こえた。
「もしもし?」
「…夏樹?急にごめんね」
「愛美かぁ。どうした?なんか元気無い」
声だけで、夏樹はそんなことまで分かってくれる。幸せな瞬間をそっと滲み出てきた涙と一緒に噛み締めた。
「何でも無い。あのさ…私達、ずっと友達だよね?」
「何当たり前なこと言ってんだよ」
声を聞いただけで、彼の優しい笑顔を思い浮かべることが出来る。そのくらい、優しい人だった。大好きな人だから。
「ごめんね急に。ありがとう」
私は夏樹が好きだ。だけど、もう言わない。私の気持ちで、夏樹を押しつぶしてしまわないように。前を向き始めた夏樹に、私のわがままで後ろを向かせちゃいけないから。
だからしばらくはあなたを思って眠りに付く。羊を数えるうちにまぶたが重くなれたらきっと、あなたと本当の友達になれる。
「急にどうしたんだよ?変な奴だなぁ」
「なーんでもないの♪じゃあ、また明日ね」
受話器の向こうで戸惑った表情をする夏樹が容易に想像出来て、涙を流しながら笑って電話を切った。両手が空いても私は一人子供みたいに顔を拭こうともせずに泣きながら歩いた。涼しい夜風がそっと優しく熱くなった体を冷やしてくれた。
作品名:眠れぬ夜は羊を数えて 作家名:日和