その後の、とある日曜日の話
未逆さんは幾度か瞬いた後、少し考える素振りをしてこう言った。
「…そうですね。私と同じと言う訳にはいきませんが、秋緒ちゃんには素質があるかもしれません」
「え」
「逆手に取るのです。あなたは、万事を引き寄せやすい人間運を持った…体質、いえ、才能のようなものがあります。それを逆手に取って使いこなすことができれば、生まれ持った力以上のことが出来るかもしれない」
「あの…未逆さん、ごめん。全っ然わからない」
そう言うと、未逆さんは目を見開いて、その後すぐにぺこぺこと謝り始めた。
「わわわ差し出がましいことを申し上げてすみませんすみません本当にごめんなさい」
「い、いや、わたしこそごめんね。あまりそういうの、詳しくないから」
「い、いえ、詳しくなくて当然なのです、この世界では、わたしのような者が異端とされているのですから――」
「未逆さん」
ぴしゃりと言うと、未逆さんの言葉が止まった。
「この前も言ったけど、未逆さんは、わたしを助けてくれた、言わば恩人なわけ。わたしにとっては異端も何も無いの。で、わたし、そういう言葉大嫌いなわけ」
一息で言い切った後に、はっとした。あ、きつい言葉使っちゃった。けれど、未逆さんは、今度はすぐには謝らなかった。一拍置いて、一言、「…すみませんでした」と、それだけ言った。
「いいよ、そもそもわたしが言い出したんだし。ねえ、未逆さん」
「は…はい?なんでしょう」
「なんでわたしが、秋緒だってわかったの?」
野暮な質問、かもしれない。けれど、彼女と会ったのは、真夜中、外灯の下。おまけにわたしはワンピースを着て化粧をして、髪だって盛っていたのだ。エー介くんはまた別として、彼女は最初から、わたしを秋緒だとわかっていた。自分の化粧に、そこまで化けの力があるとも思えないけれど、その理由は、何となく別のところにあるような気がしたのである。
その問いに、未逆さんは何の迷いも無くこう答えた。
「秋緒ちゃんは、秋緒ちゃんだからですよ」
「…わたしだから?」
「え、ええ。またこうして、お会いする機会があると思っていました」
わたしは食べきったかき氷のシロップを直接啜ると、ふうん、と一度呟く。
「えっと、今日、私のほかに3人の人間にお会いしませんでしたか?」
「3人……ああ、うん。丁度3人だわ。凄い、当たってる」
「そう…それこそが、あなたの持つ力。引力のようなものです」
今は、これくらいにしておきます。と、未逆さんは言って、また何故か謝った。
3人……わたしと未逆さんを含めると、丁度5人。
わたしは未逆さんがカキ氷を食べきったのを確認すると、食べ終わったカップを捨ててくると言って受け取った。
「あ、秋緒ちゃん」
「なに?」
「気をつけてください。あなたは万事を引き寄せる体質。時に良からぬことも、引き寄せてしまうかもしれません」
わたしは考えた。今まで、わたしに起こったこと――思えばこの前は変なのに絡まれたし、虫の居所が悪かった先生に正面衝突してしまったこととか、道を歩いてたらすぐ後ろのガラスが割れたとか、確かにあるにはあるんだけど……。
「…あんまり、意識したこと無かったわ」
「そうでしょう。けれど、これからは、意識的に気をつける必要が出てくる……それでもあなたはきっと、自分で自分の身を護ることが出来ます」
未逆さんは、今まで使っていたプラスチックのスプーンをわたしに持たせると、それを隠すように手を広げた。ほんの一瞬、一瞬だけ白光が訪れた。え、何、今何が起こったの?何か今一瞬、周りが物凄ーく明るくなったような……?
「ああ、やっぱり、あまり上手くは出来ませんでした…」
「え…ええっ、なにこれ」
わたしの手の中には、プラスチックの塊であったスプーンが――何故か、シルバーの細いバングルに変わっていた。ほんの先端は丸くなっていて、確かにこれがスプーンであったように見えなくも無い……けど、明らかにこの光り方はプラスチックじゃない。
「私と秋緒ちゃんの力は、相反するものであるようです。ただ、これはいつか、あなたのお役に立てる日がきっと来る。お守りにでもしておいてください」
「へええ……あ、ありがとう。身につけておくわね」
試しに腕に嵌めてみると、それはわたしの手首のサイズに誂えたようにピッタリだった。しかも、ほとんど重さを感じない。正直、何が何だかよくわからないけれど、彼女に原理だの何だのを聞くのは非常に野暮な気がした。どうせそういった話を聞いても、わたしにはきっと理解することも出来ないだろうから。
「ありがとう、未逆さん」
「ど、どういたしまして……あの、逆に差し出がましいことでしたらすみません」
「お礼言ってるんだから謝らないの。じゃ、わたし今日はこれで」
じゃあね、と手を振ると、未逆さんはベンチに座ったままわたしを見送ってくれた。公園のゴミ箱に、カキ氷の皿と一本のスプーンを捨てると、わたしは帰路につく。
左腕に、腕時計と、きらりと光るバングルがあった。
『気をつけてください。あなたは万事を引き寄せる体質――』
『これからは、意識的に気をつける必要が出てくる……それでもあなたはきっと、自分で自分の身を護ることが出来ます』
未逆さんの言葉を頭の中で復唱しながら、そしてわたしは今日会った4人の人物に関して思い出していた。
思えば、不思議な話よね。彼らとは、少し前に同じようなタイミングで計ったように、一気に知り合った。
何か、この世とも思えない何か……そういうものが働いてるって、そう考えた方がロマンがあるのは確かよね。ほら、運命とか、そういう…。
わくわくする反面、何となく胸騒ぎがした。万事を引き寄せるって、つまり、わたしの周囲に危険を及ぼす可能性があるってことでもあるんじゃないの?
ただ、そんな胸騒ぎは一瞬で消えて、わたしは携帯電話を取り出した。ちゃんとエミィの携帯番号、登録しておかなくっちゃ。
そうして、わたしは日曜日と言う一日を終えた。
帰宅した後、レポートをプリントアウトして校正する作業があることを思い出してげんなりしたのは……また、別の話と言うことで。
作品名:その後の、とある日曜日の話 作家名:さくら藍