その後の、とある日曜日の話
公園の不思議なお姉さん
「……おねーさーん、公園のお姉さーん」
カキ氷を買った後、わたしは本当に致命的なことに気付いたんだ。わたしは、あの人の顔はとてもよく覚えているのに、名前をすっかり忘れてしまっていると言うこと。エー介くんとも話して一度は名前を確認したはずなのに、…えーっと、う…う……思い出せない。
そこはさっきの公園の一本通りを抜けた先にある、少し小さな公園。この前、変な輩に絡まれた場所。さっきの公園と違って少し奥まったところにあるから、溜まり場になりやすいんだよね。公園の奥の時計は、16時半。
「ああ、みっけ！」
「ひっ！あ、あなたは！」
「よかった、ここにいた！」
たまたま、ベンチの影から顔を出しかけた彼女の姿を見つけて、わたしは半分溶けかかったカキ氷を差し出した。わたしはメロン、おねーさんはイチゴ。
おねーさんはそれを反射的に受け取ったかと思えば、目をぱちくりとさせている。うわ、かわいー…この前は気付かなかったけど、近くで見ると結構可愛い顔してるんだなぁ。
「か、カキ氷、ですか！？」
「あげる。ねえ、あんた名前は何ていったっけ？」
「あげっ……わわわわ私などにそんな、申し訳ないですすみませんすみません」
「いいって、あげるって言ってんの。二つも食べたらわたし、お腹壊しちゃうわ。で、名前」
「名前、う、裏影未逆ですが……あ、ありがとうございます。いただきます！」
彼女――そうだ、未逆さんだ――はそう言うと、ベンチに腰掛けプラスチックのスプーンでイチゴを唇に運び始めた。大人しいのかと思いきや、結構はっきりと喋るのね、この人。わたしもその隣に腰掛けて、メロン味を口に運んだ。美味しい。少しツンとするけど。
「宗田秋緒さん、ですよね？」
「そうだけど。秋緒でいいわ」
「いえ、以前お名前を名乗ったようなと…あわわすみません、私、あなたにお名前を名乗っておりませんでしたか！？」
「あ…いや、ごめん。確かに名前聞いたの、聞いたんだけど、わたし人の名前覚えるの苦手で…ごめんね」
「ああ……そうでしたか」
と頷く彼女の言葉に、そう、と一度返事を返す。メロンの酸味が喉に流れ込んで、口内に甘味が広がった。やっぱり少し時間を置きすぎたそれは、大分水っぽくなってしまっていたけれど、やっぱり夏はカキ氷よね。
「それにしても、どうしてここに…？」
「未逆さんに会いたいと思って。お礼を言いに来たのよ、この前はありがとう」
「そそそんなこと、当然のことをしたまでで…っむしろ差し出がましかったかもと後で」
「だから、そんなことないって。お礼がてら、ちょっとあんたと話したいと思っていたのよ」
「わ、私とですかっ？」
どうして、と続けた言葉にううん、と考えながら背もたれに背をつける。時間はもう夕刻過ぎ。そろそろ夕陽も沈みそうだ。
「なんとなく。第六感、ってやつかしら。ここまで来たら会っとこう的な」
「はあ……」
未逆さんは、よくわからないといったように幾度か頷くと再びカキ氷を啜った。うん、自分で言っといてなんだけど、わたしもよくわからない。ただ、こうしていてわかったのは未逆さんはどう見ても怪しい風貌なのに、何故か愛嬌があるんだ。第一印象が「助けてくれた人」だからかもしれないけど。
「未逆さん、前に助けてくれたとき、逆さ箒を『きちんとやれば効果がある』って言ってたよね」
「え、ええ」
「あれさあ、わたしにもできるのかしら」
「えっ……」
未逆さんは、神妙な表情で声を顰めて身を乗り出してきた。
「……どなたか、避けたい相手でもいらっしゃるんですか？」
「違う違う、父親がね、よく部屋に入ってくるのよ。これがちょっとした悩みの種で、それをどうにか出来たらなーっていう程度の話なんだけど」
別に、大した悩みではない。けれど、あれ、実はずっと気になっていた訳で。彼女は口だけで何もしなかった――ように見えて、直後にちゃんと警察がやってきた。逆さ箒なんて、ちょっと半信半疑だったけど。この人なら、やっちゃうかも。って、その程度に思っていた。見るからに魔法使いみたいだし。
だから、そんなに深い言葉を話したつもりは無かった。ほんの雑談の一つにでも、なればいいと思っていた。少なくともわたしには。
作品名：その後の、とある日曜日の話 作家名：さくら藍