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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「人体実験だからな、今回のは。研究者の矜持で動いているんじゃねえの?まったく迷惑な話だな」 
 要は無関心そうに動き出した車の振動に身を任せている。アイシャは誠に見つめられると首を振っていた。
「あっさり引くなよアイシャ。お前も私もこの前の肉の塊に変化した少女と違いは無いんだ」 
 ハンドルを切りながらカウラが言った。二人は人の手で創られた存在であり、科学が生み出した地球人類を超える存在をうたわれて作られた人造人間である。
「それはそうかもしれないけど。私は誰が私を作ったかなんて考えたこともないし……ってそれじゃあ嘘になるかもね」 
 そう言いながらアイシャは笑う。車は前に飛び出してきたサラを後ろに乗せた島田のバイクについて走る。
「科学者の好奇心?禁秘に触れる快感?自分の理論の証明?どれにしても勝手な理屈だな」 
 要の言葉に誠達は頷いた。後ろを見やればすぐに茜のセダンが迫っていた。
「そう考えると……今のところはヨハンも容疑者の一人なわけだな」 
 要の一言。あぜに黄色い枯れ草を晒している田んぼの向こうに巨大な菱川重工業の豊川工場の姿が見え始める。
「まあアリバイはすぐ取れるからいいとしても聞いてみる価値はありそうだな。同じ法術の研究者として今回の事件のきっかけを作った理論を組み上げた奴が何を考えていたのかをさ」 
 要の声に全員が心を決めるように頷いた。工場に向かう車にトレーラーが混じり始めると流れは極端に悪くなり、それまで先導するように走っていた島田のバイクがその間を縫うようにして先行した。
「島田の奴、ヨハンをつるし上げたりしないだろうな」 
 冷ややかな笑みを浮かべる要を誠はにらんだ。 
「冗談だって!島田もそこまで馬鹿じゃねえのは分かってるよ。だがアイツの法術を使っての体再生能力は今回の実験で作られた化け物の共通点だ。アイツが珍しく頭に血が上ったとしか思えない暴走ばかりしていたのは覚えているだろ?」 
 そんな要の言葉に車の中の空気が寒く感じられる。工場の正門を抜け、リニアモーターカーの車体を組み上げていると言う建物の先を折れ、生協の前を抜けると保安隊を囲む高いコンクリートの塀が見えた。
「ただ容疑者が一人減るだけじゃないの。そんなにエンゲルバーグが信用できないの?」 
「アイシャ。エンゲルバーグ呼ばわりをしながらそんなことを言っても何の意味も無いぞ」 
 カウラが笑みを浮かべながら部隊のゲートに車を進める。警備部の隊員が珍しそうに詰め所から顔を出した。
「あれ?今日は帰ったんじゃ……」 
「残業だよ!」 
 スキンヘッドのスラブ系の警備部の隊員に要が叫んだ。彼の軽い敬礼に右手を上げると再びカウラは車を駐車場へ向けた。
「ご苦労さん!」 
 車から降りた誠に声をかけたのは手に干したとうもろこしを持った第四小隊隊長のロナルド・J・スミス上級大尉だった。その隣ではひっくり返り、腹を見せて服従の姿勢を見せる巨大な小熊グレゴリウス13世の口にとうもろこしをねじ込むフェデロ・マルケス中尉。そして鎖を引っ張るジョージ・岡部中尉の姿があった。
「今日は早いですね」 
 誠がそう言うのも遼州同盟との関係を重視する地球の大国アメリカの軍籍を持つ彼らがいつもなら東和軍の施設に最新兵器の実験の為に派遣されていてまるで見ないと言う事実があったからだった。
「たまには息抜きもいるんだよ」 
 そう言いながらロナルドがグレゴリウスの口に保安隊の空き地で育てたとうもろこしを突っ込む。
「島田は……」 
「ああ、アイツならハンガーに向かったぞ」 
 特に余計なことは言うつもりはないという表情で岡部が答える。カウラは隣に立っていたアイシャに目を向けるとそのままハンガーへ向かう。
「しゃあねえなあ」 
 要もそれに続くのを見て誠もハンガーを目指した。
 野球部のグラウンドの前に立つアサルト・モジュールを待機させているハンガー。誠達は沈黙に支配されている夕闇が近づくハンガーを覗き込んだ。
「あ、ベルガー大尉」 
 兵長の階級章の整備員がカウラを見て敬礼する。その敬礼を返しながら静かなハンガーをカウラ達は見回していた。
「いねえなあ」 
 要はそう言いながらやはりいろいろ言われているものの隊の象徴になりつつある美少女のカラーリングを施された誠の機体に目をやりながら奥の階段に向かう。
「冷蔵庫がやはり一番機密性は保てるでしょ?」 
 アイシャは後ろに続く誠にそう説明した。いつもならもっと活気にあふれているハンガーが沈黙していたのはそこでのナンバー2である島田がヨハンをつれていったと言うことを暗示している。そう彼女には思えているようだった。
 管理部は主計担当の菰田がいないので私服で上がってくる誠達を気にするはずも無く、隣の実働部隊の詰め所では要を心配そうに見つめる楓の姿があるだけだった。
 冷蔵庫に取り出したセキュリティーカードでセキュリティーの一部を解除した後、カウラが網膜判定をクリアーしてセフティーの完全解除を行う。そうして開いた保安隊の情報分析スペースである『冷蔵庫』の中には太りすぎた体を持てあましながら端末をいじるヨハンとそれを監視する島田の姿があった。
 腕組みをして椅子に座るヨハンだが、明らかに重すぎる体重に椅子が悲鳴を上げていた。
「ああ、おそろいでどうも」 
 振り返ったヨハンに頭をかきながら正面に座るのはカウラだった。
「俺は何もしてませんよ」 
「なにか?何かをするつもりはあったってことか?」 
 ニヤニヤ笑う要に島田は硬直したように静かに視線を落とした。
「まあ茜ちゃんを待つ必要も無いでしょ。私達が来た理由は島田君から聞いてるでしょ?」 
 アイシャの言葉にヨハンは頷くとそのまま端末に手を伸ばした。
「確かに今回の研究と関連する論文を書いている研究者はそう多くは無いな。地球人に無い能力を遼州人が持っているということになれば混乱は必至ということで、ほとんどの研究発表は秘密裏に行われていたからな。オカルト連中と仲良くやれって言われたこともあったよ、俺が研究所にいたときは。もっとも神前が『近藤事件』であれだけ派手にアピールしたおかげで今や人気課題だ。どこにでも相当研究費を出したい連中がいるらしいけどな」 
 そうつぶやきながらヨハンのむくれた指が器用にキーボードを叩いている。
 そして画面には顔写真つきの資料が並ぶ。三人の比較的若い研究者のプロフィール。誠達はそれに目を向けていた。
「茜さんの資料と東都近辺に勤務している研究者と言うことで絞り込むとこの三人だ。全員若手の法術研究者としてその筋では知られた顔だがね」 
 そう言って笑うヨハンを無視して誠達はそれぞれの個人の携帯端末の三人の情報を落とし込む。
「若いってことは野心もあるだろうからな。人間を研究する法術関連の技術開発だ。金はいくらでもほしいだろう」 
 要はそう言うと三人の顔を表示させて見比べている。めがねをかけた細身の四十くらいの男。三十半ばと言う目つきの悪い女性研究者。少しふけて見える生え際の後退した男。
「人となりは茜が来てからでいいか?」