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遼州戦記 保安隊日乗 4

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「ああ、今日からしばらくは休職扱いで……給料は出ないよ」 
 ポツリと嵯峨がつぶやいた言葉に要は振り向いたがどっと疲れたように誠にもたれかかった。


 魔物の街 32


 辞表を提出し終えた誠達に嵯峨は一枚のデータディスクを手渡した。
「枝、つけるんじゃねえぞ」 
 その言葉を聞くと敬礼して見せたランに付き合って敬礼をした誠達。その表情は厳しいものだった。誰もしゃべらずにそれぞれの車で寮に戻った。
 真剣な表情で図書館に向かう。非番の隊員が二人でゲームをやっていたがそのランの厳しい表情にすぐに頭を下げてゲームの電源を落とすと出て行った。アイシャのゲーム機コレクションに本体を出したもののまるでソフトが出ずに終わったゲーム機。当然コレクションのためだけにアイシャが買ったというわけで通信設定はされておらず、しかもデータのスロットはぴったりのものだった。
「隊長もよくこんなの知ってたわねえ」 
 寮の娯楽の殿堂に集まった一同はモニターを設定している島田を見ながらそれぞれにくつろいでいた。
「コーラ持ってきたんですけど……」 
 ラーナが気を利かせてサラと一緒にコップを配る。
「こういう時は紅茶の方が良いんですけどねえ」 
「贅沢言うなら飲むなよ」 
 茜と要が笑いあう。アイシャはいつものようにBL同人誌を堂々と読んでいて隣ではらはらしているカウラを挑発していた。
「はい!電源」 
 島田の一声でモニターの正面に正座していたランが伸び上がる。それまで思い思いにくつろいでいた面々が画面に意識を集中した。画面が映ったがそれが暗い実験室のようなものと分かるのに十秒位の時間がかかった。
「隠し撮りだな」 
 要の言葉にさらに緊張が走る。音声は無い。画面は人間の腰あたりの高さ。暗いのはカメラの性能のせいであるらしく、手術台や実験器具が鈍く光り輝いているところから見て暗い場所ではないことはわかった。
「これじゃあ場所の特定はできないんじゃないですか?」 
「馬鹿だな。特定できる証拠を掴んでいたらとうに遼南レンジャーが突入しているはずだろ?ライラさんには叔父貴も一目置いてるからな。このデータも持っていると考えるのが妥当だろう」 
 そう言うとタバコに手を伸ばそうとする要だが、その手をランが叩いた。
 急に画面が変わったカメラの前にドアが映り、さらに廊下が見える。人影は無く静まり返る廊下をカメラの視線はただ映しつづける。
「結構な規模の施設だな」 
 黙り込んでいたカウラが言葉を呑んだ。沈黙が支配する画像の中でどこまでも続いていくように暗く染められた廊下。ところどころに銀色のカートのようなもの、そして白衣の人影がその周りに動いているのが分かる。
「そう言うことか」 
「そう言うことなのね」 
「なるほど」 
 ラン、茜、アイシャが納得したような表情を浮かべたことに誠は驚いてその顔を見比べた。
「なんだよ!何が分かったんだ?」 
 不満そうに叫ぶ要。茜とランが大きなため息をついてかわいそうな人を見るような視線で要を見つめる。
「本当に分からねーのか?」 
 ランはそう言って要を見つめている。その間もカメラの映像は長く続く廊下を歩き続けている。
「分からねえから聞いてるんだよ!」 
 怒鳴る要。だが、映像がただひたすら長い廊下を歩き続けているのを見て要も誠もある事実に気がついた。
「かなりの大病院かどこかの大学病院ですね」 
「そーだな」 
 誠の言葉にランが頷く。ようやく話が飲み込めたというように要も頷いた。
「アタシ等が追ってた……今では同盟軍や東都警察が血眼になって捜しているのはその末端組織の使い捨ての実験場だったということだ。これまでも法術関係の闇研究はちょこちょこあったが、どれもものにならずに摘発されて即終了ってところが今回は明らかに成果を出しているからな、昨日の映像で成果を示して見せたくらいだ。この実験を続けている人間がそれなりに優秀だってーことだろうな」 
 ランの言葉に再び画面に目をやる。しばらくしてすれ違う看護士の制服に誠は目をやった。
「じゃあこれで……」 
「待てよ」 
 立ち上がろうとする誠の肩を叩くのは要だった。すでに口にはタバコをくわえて静かに煙を誰もいない方向に吐いてみせる。
「仕切っている大物の研究者のめぼしをつけねえとな。この看護師の制服だけを目印に突っ込めば地雷を踏むぞ。大学の大物の研究者となればいくつもの大学や病院にいろんな肩書きで勤めているってこともあるんだ。空振りだったらすぐに逃げられるな」 
「良いことを言うな、西園寺にしては。で、どうするつもりですか?」 
 カウラはそう言うと茜とランを見た。腕組みして画面を凝視するラン。茜はすでに自分の携帯端末を見て情報を集めていた。
「頭の固い東都警察は別としてムジャンタ・ライラ中佐の山岳レンジャー。あそこの情報収集能力は舐めてかかると痛い目見るぞ」 
 そう言うと要は黙り込んだ。その隣で小さな顔でにやりと笑っているランがいる。
「いくら精強とは言っても全員が情報収集能力に優れているわけじゃねーよ。当然ライラの信頼している連中は志村とか言うあの人買いのリストで優先順位の高いところに張り付いているはずだ。基礎理論を発表している立場のある研究者の調査にはそれほど力は割けるもんじゃねーよ」 
 ランはそう言いながら要の吐き出す煙を手で払いのける。
「クバルカ中佐の仰るとおり、ライラさんの捜査報告は主に湾岸地区の廃墟や工場跡ばかりが上がってきてますわ。病院めぐりをしているのは主に新人の方ばかりのようですわね。それにほとんど顔を出した程度に法術関連の論文を発表している医師や研究者の訪問もしているみたいですけど……」 
「急がねえと感づかれて高飛びされるんじゃねえか?」 
 手にした吸殻を携帯灰皿に押し込む要。島田とサラはその言葉に大きく頷いて見せた。
「速やかでなおかつ正確に調査をする必要がありそうですね。空振りが続けば危機を察知して証拠を消して手を引くのが得意な組織なのは先日の突入で分かったはずだ」 
 そう言うカウラの言葉と同時に画面が切り替わり、茜の携帯端末の情報が映されていた。
「わざわざ発覚する危険性を犯してまで東都で末端の実験を行っていたと言うことから考えると、恐らく東都近郊の大学や病院に勤務する研究者に絞ってもかまわないと思いますの。そして法術系の論文をこの数年間で10件以上発表している研究者はこの十二人」 
 次々と切り替わる画面。そこには研究者の顔写真、経歴、受賞研究の内容などが映し出されている。
「これのうち生体機能回復と干渉空間制御に関する専門家の辺りをつけろと言うことか。ヨハンに声がかけれればいいんだけど……」 
 保安隊の法術研究担当者である巨漢、ヨハン・シュペルター中尉を思い出しため息をつく。そして視線は自然と茜に向いた。
「シュペルター中尉にお話を聞きましょう」 
 そう言うと『図書館』の住人達はそのまま同時に立ち上がった。


 魔物の街 33

「どういう人物なんでしょうか?」 
 そのまま寮を出て駐車場のカウラの車にいつもどおり後部座席に要とアイシャが座り、誠は助手席でそうつぶやいていた。