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遼州戦記 保安隊日乗 4

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 カウラの一言にキッと目を向ける要。いつに無い殺意がそこに篭る。しかし、思い出したように要は三郎が最期まで握り締めていた携帯端末に手を伸ばした。
「そいつはテメーの手柄だ」 
 静かにそう言ってランは要の肩を叩く。誠は何も言えずに誠の知らない顔の要を見つめていた。
「この糞餓鬼……テメエ……」 
 いつものそれとは違う鋭い要の視線。だがそれを向けられてもランはひるむ様子も無い。
「アタシ等は自業自得で……」 
 ランがそこまで言った所で要の空いていた左手がランの襟首に伸びそうになるが途中で止めた。
「そうだな。アンタの言うとおりだよ」 
 そう言って要は目を志村に移した。安堵した表情で要を見つめている志村の顔色が次第に青ざめていく。そしてその瞳はただ呆然と立ち尽くしている誠に向けられた。
「俺の分も……楽しめよ……ぼっちゃん」 
 そこまで口にすると志村は再び訪れた痛みに顔をしかめて苦しむ。その様を要達はただ眺めるだけだった。


 魔物の街 26


 こう言う土地の民衆は勘が鋭いと誠もすぐに気付いた。銃声が収まるとここまで誠達が車を飛ばして急行する際に見なかった通行人が行き交う普通の街が広がっていた。そんな中、両手で顔をこすり、流れる涙を拭ってみせる要。誠達は黙って彼女を見守っていた。
「なんだよ!なんか……」 
 反発しようとしてもまるでいつもの迫力は無い。誠達の視線に気づいた要は立ち上がるとジャンバーのポケットからタバコを取り出す。
「タバコ吸ってくるわ」 
「ああ、見れば分かるな」 
「突っかかるじゃねえか?カウラの」 
 要がカウラに詰め寄ろうとしたところでランが思い切りガードレールを叩く。
「冷静になれよ、西園寺」 
 幼い外見のランがどすの聞いた声で要を見上げる。要は頭をかきながら事務所のドアの向こうに消えていった。
「ベルガー。どう見る?」 
 冷静な判断が出来ない状態の要が消えたところでランが静かにカウラの顔を見上げた。
「確かに替えの効く人身売買組織の幹部を殺害したところで大局には影響が無いと思うのですが……そもそもそれならこうして殺してみせる意味が無いですね」 
「そうだ、もし研究施設が一つの意思で動いているならばコイツが死んでみせる意味が無い」 
 そう言ってランは白い手袋をポケットから取り出してはめる。そしてそのまま志村が守ろうとした携帯端末を掴んでその画面を眺める。
「それどころか……コイツがアタシ等の手に落ちると言うのは……。相手さんも一枚岩じゃないみてーだな。こいつがあればこれまでの任意の事情聴取以外の方法も取れるかも知れねーな」 
 最新式の携帯端末。それを手にランは流れていく人々を見つめている。
「むう」 
 ランは携帯をカウラの車のボンネットに置くと刀を突き刺す動作をしてみせる。
「ありゃー日本刀だな。でも袈裟懸けにせずに突き殺すと言う戦法か。天井が低いから仕方が無いんだろうけどな」 
 そう言ってランはビルを見上げた。確かに先ほどまでいたあのこぎれいなだけの部屋は誠の180cmを超える身長で日本刀を振り回すのは少し遠慮される程度の高さの天井だった。
「それと空中に消えた男ですが……」 
「神前と同じくらいのでけー体格だったな。そしてこの死体の刺し傷が三つ。どれも致命傷。刃物での殺しに慣れた奴の犯行だな。胡州浪人でしかも法術師。容疑者の特定には十分すぎる証拠だけど……まあ逮捕までは行きそうに無いな。胡州浪人で名の知れた連中はほとんど潜伏中だ。隊長のコネクションを当たって特定しても今どこにいるやら……」 
 淡々とそう言うとランはもたれていた立ち上がった。伸びをする彼女の前にパトロールランプをつけた同盟軍の車車列が猛スピードで現れて通行人を蹴散らして道路を封鎖する。後部のハッチが開くと遼北軍の制服を着た兵士達が勢い良く吐き出された。
 その有様を呆然と見つめていた誠達の前に大尉の階級章の髭の男が向かってくる。
「ご苦労様です!後は我々が引き継ぎます!」 
 最後尾のバスから鑑識の白手袋の集団が流れ出てくる。医療班の白衣の集団がライフルを抱えて建物に向かう分隊の後ろについて走っていくのも見える。
「これの解析。頼むぞ」 
 指揮官の手に志村の携帯端末を持たせると銃をしまったランはそのまま道路に封鎖の為のテープを張る兵士達をのんびりした調子で眺めている。誠達も同盟軍に続いてパトロールカーで到着した東都警察の警官の視線を冷たく感じながらランの追う視線を見つめていた。
「良いんですか?」 
 捜査官達がビルに吸い込まれていくのを見送って、ランは静かに要の新車の方に足を向けた。カウラはそのまま腰を折ってランの視線に合わせてにらみつける。
「あのなー。そんな格好されるとアタシは惨めな気持ちになるんだよ」 
 見下ろされて子ども扱いされているような気分になったのか、そう言うとランはカウラを無視して車に向かう。そこでは外に向かって煙を吹いている要の姿があった。
「引継ぎは?」 
「必要ねーよ。アタシ等ははじめから部外者なんだ。専門家の司法警察官のお仕事の邪魔したらまずいだろ?それに租界での事件の指揮権は同盟軍のお仕事だ……っていつまで呆けてるんだ?」 
 鋭い目つきでじっと捜査官を眺めていた要の背中を叩くラン。誠は無表情で自分の車の運転席に向かうカウラを眺めていた。そしてランは不承不承車に向かう要を見て思い返すことがあるとでも言うように振り替える。
「それにだ。今の段階ではなんとも動きのとりようが……。アタシ等が追っているのは何者なのか?同盟組織内のはねっかえりか、なつかしの遼州民族主義の連中か。ともかくあの端末の中身を見てからってことかねえ」 
 それだけぽつりとつぶやくラン。だが要はタバコを携帯灰皿に押し込むと何かを決めたようにランの前に立った。
「ああ、西園寺。オメーの言いたい事はわかるぜ。ふざけた人体実験をしている連中に飼われている司法官がいるかも知れねーって話だろ?安心しろ。東和の警察官達は世界でも希な賄賂を取らない清廉潔白が売りなんだ。胡州の貴族の飼い犬や遼南の賄賂官吏とは違うからな。それにそいつ等と共同捜査ってことになれば同盟軍も袖の下なんぞに目を向けている余裕もねーだろうしな」 
 そう言ってそのまま要の脇を抜けるラン。
「んなこと……」 
「分かってるなら何も言うな。と言うかオメーはしばらく頭を冷やせ」 
 幼く見えるランだが言葉の棘は要の心に深く突き刺さった。カウラ、そして誠は黙って立っている要に目を向ける。自分が十分うろたえていることを自覚したのか、要はそのまま黙ってランの後に続いた。
 租界には珍しく東都警察の車両がひしめいていた。白い塗装の同盟機構の装甲車両を見慣れている租界の住人が遠巻きに黄色と黒の立ち入り禁止のテープの周りに群がっている。
「ライラか?東都警察が動けるようにしたのは」 
 忙しそうに走り回る捜査官達を遠めに見ながらカウラはそう言うと目の前の自分のスポーツカーの鍵を開けて見せる。
「だろうな。さっき通達が来たんだけど東都租界の治安責任者が更迭されるそうだ。まー遅すぎたというところなんだろうけどな」