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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 気分は悪くは無かった。とりあえず待機ばかりの部隊にいるよりは外で車を走らせているほうが仕事をしているような気分になるのが心地よかった。南口は大きな百貨店が軒を並べる北口とは違って駐車場や工事中の看板が目立つ再開発が進行中の地区。今日もクレーンを搬送するトレーラーに十分近く行く手をふさがれて、どうにか南口ロータリーに車を止めて周りを見回した。誠はすぐに二人の女性士官の姿を見つけることができた。相手も誠の保安隊の制服が目に付いたらしくゆっくりと誠に向かって歩いてくる。
「貴官が遼州同盟司法局保安隊実働部隊第二小隊所属、神前誠曹長だな」 
 胡州海軍の桜をかたどった星が輝く少佐の階級章が光る。誠の嵯峨楓の印象は日本の戦国時代のじゃじゃ馬姫と言う感じだった。姉の法術特捜主席捜査官の嵯峨茜と双子だと言うところから自分と同い年になるわけだが、姉の茜に似て落ち着いた雰囲気が感じられた。長く黒い髪を頭の後ろにまとめ、顔の両脇から長い髪をたらしている姿は姫君のような気品と若武者のような意思の強さを感じさせた。
「楓様、彼があの神前曹長なんですか?」 
 青いショートボブの髪型の気の強そうな大尉が誠を値踏みするように頭の先からつま先まで眺める。
「この男が西園寺の姫様の思い人とは思えないんですが……」 
「思い人?」 
 誠は自分の顔が赤くなるのを感じた。要のことを思い出す誠。たしかに嫌われてはいないようだとは思っていたが、そう言う関係じゃないと思っていた。しかも目の前にいるのは要の生家、西園寺家と親しい嵯峨家の当主とその家臣である。要がそれらしいことを彼女達にほのめかしていたとしてもおかしくは無い。
「あ、あのー嵯峨少佐……」 
 自分でもわかるほど見事にひっくり返った声が出る。
「どうした?父上のことだ、あまり階級とかで呼ぶなと言っているだろう。楓でいい。あれが迎えの車か?」 
 さすがに胡州四大公の当主である、誠を威圧するように一瞥すると誠が乗ってきたライトバンに向かって歩いていく。
「あのー……楓さん?」 
 誠の声に振り向く楓。自分で名前で呼ぶように言った割には明らかに不機嫌そうに眉をひそめている。その目で見られると誠はそのままライトバンに向けて全力疾走する。そして二人が荷物を詰めるように後部のハッチを開く。
「うん、なかなか気がつくな」 
 そう言うと楓はそのまま手にした荷物を荷台に押し込む。
「荷物少ないんですね」 
 誠は他に言うことも無くきびきびと働く二人に声をかけた。
「マンションに生活用品はすべて送ってくれる手はずになっている。とり急ぎ必要なものを持ってきただけだ」 
 ハッチを閉めながら楓が不審そうな瞳を誠に向ける。
「それじゃあ……」 
 誠が思わず後部座席のドアを開けようとするが、楓の手がそれを止めた。
「別にリムジンに乗ろうと言うんじゃないんだ。神前曹長は運転をしてくれればいい」 
 そう言って初めて楓の顔に笑みが浮かんだ。誠はそのまま運転席に駆け込む。その間、妙に体がぎこちなく動くのを感じて思わず苦笑いを浮かべた。
「それじゃあやってくれ」 
 運転席でシートベルトを締める誠に楓が声をかけた。誠の真後ろに座っている渡辺かなめ大尉はじっと誠をにらみつけている。
『なんだか怖いよ』 
 冷や汗が誠の額を伝う。
 駅のロータリーを抜け、そのまま商店街裏のわき道に入る。ちらちらと誠はバックミラーを見てみるが、そこでは黙って誠を見つめる楓の姿が映し出されていた。まるで会話が始まるような雰囲気ではない。しかも楓も渡辺も話をするようなそぶりも見せない。
 沈黙に押し切られるように誠はそのまま住宅街の抜け道に車を走らせた。
 商業高校の脇を抜けても、産業道路に割り込む道で5分も待たされても、菱川重工豊川の工場の入り口で警備員に止められても、楓と渡辺は一言もしゃべらずに誠を見つめていた。
「あの、僕は何か失礼なことをしましたか?」 
 大型トレーラーが戦闘機の翼を搬出する作業を始めて車が止められたとき、誠は恐る恐る振り向いてそうたずねた。
「なぜそう思う?」 
 逆にそう言う楓に、誠はただ照れ笑いを浮かべながら正面を向くしかなかった。とりあえず怒っているわけではない、それが確認できただけでも儲けものだと自分を慰めながら保安隊のゲートに差し掛かる。
「おう、ご苦労さん」 
 金髪の彫りの深い警備部の兵士に声をかけられて視線を上げる誠。彼の表情が明らかに疲れているのを見て警備兵は後部座席を覗き込むが、そこに少佐の階級章の士官が乗っているのを見てなんとなく納得したような顔をしてゲートを開いた。そしてロータリーを抜け、正面玄関に車を止める誠。
「すまないが案内をしてもらえないだろうか?」 
 車から降りると楓はそう言いながら荷物を下ろし始めた。
「僕はこの車を……」 
「わかっている。僕はここで待っているから」 
 そう言うと楓と渡辺は正面玄関に降り立った。誠はそのまま車を公用車の車庫に乗り付ける。そこではグレゴリウス13世と戯れているシャムが居た。
「まだやってるんですか?」 
 そう言いながら公用車のキーを箱に戻す誠。シャムはつかつかと誠のところまで来ると興味深そうに誠を見つめてくる。
「誠ちゃん女の人と一緒に居たでしょ」 
 問い詰めるように迫るシャム。
「ああ、第三小隊の隊長を迎えに行ってたんですよ」 
「え!楓ちゃんと会ってたの?いいなー」 
 そう言いながら誠の周りをくるくる回るシャム。
「なんならついて来ますか?正面玄関前で待っているってことみたいなんで」 
「いいの?やったね!実は会うの初めてなんだ」 
 そう言うとシャムはグレゴリウス13世に手を振ってそのまま誠の後ろにくっついてくる。そして正面玄関の前に立つ二人の麗人を見てシャムはうれしそうに微笑んだ。
「へーあの人が楓ちゃんなんだ。かわいいね」 
 手を振るシャムだが、楓と渡辺は黙って近づいてくるシャムと誠を見つめているだけでまったく反応を示さなかった。
「あの、この人がナンバ……!」 
 誠がシャムを紹介しようとした瞬間、楓の手がシャムの胸元に伸びた。そしてさも当然と言うように小さなシャムの胸を軽くなでるようにさすった。
「あ!」 
 突然のことに呆然とするシャム。誠もまた何もできずに楓の行動を見守っていた。
「うん、実に良い。それでは神前曹長、案内を頼む」 
 そう言うと何事も無かったかのように誠に目を移す楓。シャムはと言えばしばらく呆然と誠を見上げていたが、すぐに喜びにあふれた表情を浮かべた。
「これよ!これが楓ちゃんなのよ!やっぱり思ったとおり!おっぱいマニアだね!」 
 誠の理解を超えた範疇で喜ぶシャム。ただ渋い顔をして誠はそのまま正面玄関から隊舎に入った。幸運なことに運行部の女性隊員は廊下に居なかった。
「誠ちゃん、荷物くらい持ってあげようよ」 
 渡辺の手から手荷物を預かろうとするシャムの声に気がついたように誠は楓を見つめた。
「ああ、頼めるか?」 
 そう言って楓から渡されたかばんはその体積の割りに重たく感じられた。
「じゃあ、隊長室は二階ですから」