遼州戦記 保安隊日乗 3
「遼州同盟に反対するテロリストにしては何もしないで帰るというのが不思議ですし、国家規模の特殊部隊ならこのようなデモンストレーションは無意味でしか無い」
首をひねる誠にランは明らかにいらだっていた。
「じゃあ基本的なところから行くか。まず最近のテロ組織の傾向について言ってみろ」
その厳しい言葉はどう見ても子供にしか見えなくてもランが軍幹部であることを誠に思い出させた。
「近年はそれまでの自爆テロを中心とする単発的な活動から、組織的な自己の法術能力を生かした活動へと傾向が変わりました。近年の代表的テロでは先月、遼南南都租借港爆破事件があります。アメリカ海軍の物資調達担当中尉を買収して、食料品の名目で多量の爆発物を持ち込んだ上で軍施設職員として潜入していたシンパが爆薬の設置を行う。これは非法術系の作戦ですがおそらく他者の意識を読み取れる能力のある法術師が関与していた可能性は極めて高いです。直接的な法術系のテロは近藤事件以降は僕を襲ったあの件だけと言うのが最近の傾向です」
誠の言葉にランは黙って聞き入っていた。
「そうすると変じゃねーか?アタシも現場にいたからわかるけどこのの非合法法術使用事件は単独の法術師によるものなのはオメーも見てただろ?テロ組織にしたら虎の子の法術師をわざわざ身柄を拘束される可能性があるこんな街中でのデモンストレーションに使う意味がねーじゃん。するとテロ組織とは無関係の単独犯の行動?これほどの力の法術師が組織化が進む犯罪組織に目をつけられないはずはねーな」
そう言いながら頭を掻くラン。誠は少しばかり彼女の勿体つけた態度に苛立っていた。
「それなら誰がここに立っていたんですか!」
誠の語気が思わず強くなる。そんな誠に茜が肩に手を添えて言った。
「つまりクバルカ中佐はこうおっしゃりたいのよ。『既存のテロ集団とは違う命令系統のある法術師を多数要するテロ集団による犯行』とね」
誠は茜の穏やかな顔を見つめた。その瞳が少しばかりうれしそうに見えるのは、茜があの騒動屋の嵯峨惟基隊長の娘であると言う確かな証拠のように誠には見えた。
「あんまし甘やかさねーでくれよ。明石からの引継ぎが済んだらアタシの部下になるんだからよー」
そう言いながら苦笑いを浮かべるラン。それを一瞥した茜は再び階下の様子を伺うべく屋上から下を覗き込む。
「ああ、ラーナはもうすぐ……」
「いいえ、下に着いてますわよ」
増援の機動隊に説明しているアイシャの姿が見える。盾を抱えて整列する隊員に吉田が雑談を仕掛けているが、アイシャの説明を受け終わった機動隊の隊長がそのまま部下を特殊装甲で覆われた大仰なバスに乗り込むように部下を指示していた。
「すいません!遅くなりました」
ランと比べれば大人っぽく見える感じのする浅黒い肌の元気娘、カルビナ・ラーナ捜査官補佐が所轄の警察官を引き連れて現れた。階段を急いで駆け上ってきたようで肩で息をしながら手を上げているランに駆け寄る。警察官達は手袋をはめながら誠とランを時折見上げて正体不明のテロリストが立っていたあたりの床を這うようにして調べ始める。
「クバルカ中佐。今後は私達が引き継ぎますので」
そう言って敬礼する茜とラーナ。誠はそれにこたえて敬礼するランにあわせてぎこちない敬礼をするとそのまま階段に続く扉に向かった。
「済まねーな。デートの途中で引っ張りまわしちまって」
ランは頭を掻きながら肩に僅かにかかる黒髪をなびかせて階段を下りていく。
「やっぱり僕も刀は携帯した方が良いですかね」
ポツリとつぶやいた誠の声にランは満面の笑みを浮かべて振り返った。
「それはやめてくれ。アタシの始末書が増えるからな」
その表情に誠はランが自分の法術制御能力を低く見ているのがわかって少し落ち込んだ。
「クバルカ中佐!とりあえず現場の指揮権は所轄と嵯峨主席捜査官に移譲しました!」
紺色のジャケットを羽織ったカウラが階段の途中で敬礼しながらランを迎える。
「じゃあ、これできっちり勤務外になったわけだなアタシ等は」
そう言ってにんまりと笑うラン。階段を下りながら雑居ビルの民間人に職務質問している所轄の警官を避けながら階段を下りていくラン。誠はその後に続く。パチンコ屋の入り口では革ジャンにライダーブーツのシャムが暇そうに警棒を持って配置されている警察官を眺めていた。
「じゃあ遊びに行こう!」
そう言うとちょこちょことシャムのところにまでかけていくと頭に載った猫耳を取り上げるラン。
「ランちゃん!何するのよ!」
「あのなあ……まあいいや。暇だしカラオケでも行くか?アタシがおごるぞ」
そう言って要やアイシャの顔を見るラン。
「まあ良いんじゃねえの?」
「お仕事も終わったしねえ」
要もアイシャもランのおごると言う言葉に釣られる。それを聞いて笑顔になるランはそのまま立ち入り禁止のテープをくぐって歩き出した。
「そんな!茜さん達の捜査が……」
そう言った誠の口の前に手をかざすカウラ。
「これから先は彼女達の仕事だ。私達は英気を養う。これも仕事のうちだ」
吉田とカウラもランの後について歩き始めた。
「待ってくださいよ!」
誠はそのまま雑踏の中に彼を取り残して歩み去る上司達の背中を追った。
季節がめぐる中で 28
胡州帝国の象徴とも言える金鵜殿(きんうでん)。その首都帝都の中央に鎮座する数千ヘクタールと言う巨大な庭園付きの宮殿こそが胡州の意思決定機関である『殿上会』の舞台であった。マスコミのフラッシュが焚かれる中、西園寺基義首相兼四大公家筆頭をはじめとする『殿上人』達が次々とその漆で塗り固められた門を高級車に乗ってくぐる。
そんな光景を傍目に、嵯峨惟基は黒い公家装束に木靴と言う平安絵巻のような姿で手にタバコと灰皿代わりの缶コーヒーを手に通用門そばの喫煙所でタバコをくゆらせていた。そこに一人の胡州陸軍の将官の制服を着込んだ男が近づいていた。
その鋭い視線の壮年の男は、礼装に着替え終えている嵯峨に大げさに頭を下げた。
「醍醐さん。もうあなたは私の被官じゃないんだから……」
そう言いながら嵯峨は手にした安タバコを転がした。いつもならその醍醐文隆陸軍大臣は表情を緩めるはずだったが、嵯峨の前にある顔はその非常に複雑な心境を表していた。
「確かに法としてはそうかも知れませんが、主家は主家。被官は被官。分際を知ると言うことは一つの美徳だと思いますがね」
醍醐の口元に皮肉を込めた笑みが浮かぶ。
「なるほど。赤松や高倉が嫌な顔していたわけだ。つまり今度のバルキスタンでの国家憲兵隊とアメリカ陸軍非正規部隊の合同作戦の指示はそれくらい上からの意向で動いてるってことですか……」
そう言うと、嵯峨はタバコの灰を空になった缶コーヒーの中に落す。
「近藤資金。胡州軍が持っていたバルキスタンの麻薬や非正規ルートを流れるレアメタルの権益を掌握する。なんでこの作戦に同盟司法局が反対するのか私には理解できないんですが」
そう言うと醍醐は手を差し出した。仕方が無いと言うように嵯峨は安タバコを醍醐に一本渡す。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 3 作家名:橋本 直