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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 紺色のコートの下にはデニム地のジャケットにジーパン。アイシャの格好は彼女らしく地味な選択だと言うのに、誠の手を引いて歩く彼女の姿は明らかにこの豊川の町には掃き溜めに鶴といったように誠には思えた。
「ここよ」 
 そう言ってアイシャが立ち止まったのが、古めかしい建物の喫茶店だった。誠には意外だった。アイシャとはアニメショップやおもちゃ屋に要とカウラを連れて一緒に来ることはあったが、こう言う町の穴場のような喫茶店を彼女が知っていると言うのはアイシャには誠の知らない一面もあるんだと思えて、自然と誠の視線は周りの嫉妬に満ちた視線を忘れてアイシャに注がれた。
「じゃあ、入りましょ」 
 そう言うとアイシャは重そうな喫茶店の木の扉を開いた。
 中はさらに誠のアイシャのイメージを変えるものだった。年代モノの西洋風の家具が並び、セルロイド製のフランス人形がケースに入って並んでいる。
「久しぶりじゃないか、アイシャさん」 
 そう言って出迎えた白いものが混じる髭を蓄えたマスター。客は誠達だけ、アイシャはなれた調子でカウンターに腰をかける。
「ブレンドでいいんだね、いつもの」 
 そう言うマスターにアイシャは頷いてみせる。
「良い感じのお店ですね」 
 マスターに差し出された水を口に含みながら誠はアイシャを見つめた。
「驚いた?私がこう言う店を知ってるってこと」 
 そう言いながらいつものいたずらに成功した少女のような笑顔がこぼれる。
「もしかして彼が誠君かい?」 
 カウンターの中で作業をしながらマスターがアイシャに話しかけた。
「そうよ。それと外でこの店を覗き込んでいるのが同僚」 
 その言葉に誠は木の扉の隙間にはめ込まれたガラスの間に目をやった。そこには中を覗き込んでいる要とカウラの姿があった。


 季節がめぐる中で 27


 目が合った二人が頭を掻きながら扉を開く。だがそれだけではなかった。
「見つかっちゃったね!」 
 そう言いながらいつものように猫耳をつけたまま店に入ってくるシャム。そして彼女に手をとられて引きずり出される吉田。
「ストーキング技術が落ちたみてーだな。ちょっとCQB訓練でもやったほうがいいんじゃねーのか?」 
 子供服を着ているランが肩で風を切って入ってくるなり誠の隣に座った。あまりに自然なランの動きに呆然と見守るしかなかった要とカウラだが、ようやく誠の隣の席を奪われたことに気づいて、仕方がないというようにシャムと吉田が座った四人掛けのテーブルに腰を落ち着ける。
「ずいぶん友達がいるんだね。大歓迎だよ」 
 そう言いながら水の入ったコップを配るマスター。
「パフェ無いんだ」 
 メニューを見ながら落ち込んだように話すシャム。
「お嬢さんは甘いのが好きなんだね。まあうちはコーヒーとケーキだけの店だから」 
 淡々と話すマスター。彼はそのまま手元のカップにアイシャと誠のコーヒーを注いだ。
「ココアもねーんだな」 
 そう言いながら顔をしかめるラン。アイシャはにんまりと笑顔を浮かべながらランを見つめている。
「なんだよ!アタシの顔になんか付いてんのか?」 
「ああ、鬼の教導官殿は味覚がお子様のようですねえ」 
 シャムの隣の席に追いやられた腹いせに要がつぶやいた。すぐさまランは殺気を帯びた視線を要に送る。
『なんだよ、これじゃあぜんぜん気分転換に……』 
 そう思いながら誠はアイシャを見つめた。そこにはコーヒーの満たされたカップを満足そうに眺めているアイシャがいた。まず、何も入れずにアイシャはカップの中のコーヒーの香りを嗅いだ。
「ちょっとこの前のより香りが濃いわね」 
 そう言うと一口コーヒーを口に含む。
「わかるかい、できるだけ遼州の豆で味が保てるか実験してみたんだけど」 
「ええ、以前よりいい感じよ」 
 そう言うとアイシャは手元のミルクを少しだけカップに注いだ。誠もそれに習って少しだけミルクを注ぐ。カップの中ではミルクが白い螺旋を描いた。
「じゃあ俺もアイシャと同じブレンドで」 
 吉田がそう言いながら隣でじっとメニューとにらめっこしているシャムを見つめる。
「アタシ等もおなじでいいよな」 
 そんな要の言葉に頷くカウラ。
「じゃあ、アタシもそれで」 
 諦めたようにランがそう言った。少し、うつむき加減なのはこの前のビールと一緒でほとんどコーヒーを飲んだことが無いからなのだろうと誠はランを見ていた。
「いいわよ。私も同じのにする!」 
 シャムは明らかに不機嫌そうにそう言った。
「わかりました」 
 そう言うとマスターは忙しげに手元のカップを並べていく。
「いつから気づいていた?」 
 吉田がそう言ったので誠は少し驚いていた。考えてみれば彼等がついてこないわけは無いことは誠にも理解できた。保安隊とはそう言うところだと学習するには四ヶ月と言う時間は十分だった。愛想笑いを浮かべる要達を眺める誠。配属以降、誠が気づいたことと言えば保安隊の面々は基本的にはお人よしだと言うことだった。
 アイシャが悩んでいると聞けば気になる。ついている誠が頼りにならないとなれば仕事を誰かに押し付けてでもついてくる。
「まあ……どうせお姉さんの車に探知機でもつけてるんじゃないですか?情報統括担当の少佐殿」 
 そう言ってアイシャはシャムの手に握られた猫耳を押し付けられそうになっている吉田に声をかける。
「でも実際はあいつ等がアホだから見つかったんだろ?」 
 ランはそう言って要とカウラを指差した。
「まあ、そうですね。あの二人がいつ突っかかってくるかと楽しみにしてましたから」 
 余裕の笑みと色気のある流し目。要もカウラもそんなアイシャにただ頭を掻きながら照れるしかなかった。
「で、結論は出たんか?野球の話の」 
 そう言ってアイシャを見つめるラン。子供の体型の割りに鋭いその視線がアイシャを捕らえる。
「まあ、ある程度は」 
 そう言うとアイシャは静かにコーヒーを口に含んだ。誠もまねをしてコーヒーを一口飲む。確かにこれは価値のあるコーヒーだ。そう思いながら口の中の苦味を堪能していた。
「実際どうなんだろうねえ。今回の法術問題。ドーピングやサイボーグ化とはかなり問題が異質だからな」 
 そう言いながら水を飲む要。その隣では吉田がついに諦めて自分から猫耳をつけることにした。
「何やってるんですか?」 
 カウラは思わずそんな吉田に声をかけた。
「えーと。猫耳」 
 他に言うことが思いつかなかったのか吉田のその言葉に店の中に重苦しい雰囲気が漂う。
「オメー等帰れ!いいから帰れ」 
 呆れてランがそう言ったのでとりあえず静かにしようと吉田はシャムに猫耳を返した。
「話はまとまったのかな?」 
 そう言うとにこやかに笑うマスターがランの前にコーヒーの入ったカップを置いた。
「香りは好きなんだよな。アタシも」 
 そう言うとランはカップに鼻を近づける。
「良い香りだよね!」 
 シャムはそう言って満面の笑みで吉田を見つめた。
「まあな」 
 そう言うと吉田はブラックのままコーヒーを飲み始めた。
「少しは味と香りを楽しめよ」