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遼州戦記 保安隊日乗 3

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 アイシャが不意に誠を見つめる。誠は産業道路で劇薬をつんだタンクローリーの後ろに車をつけながら彼女に目をやった。
「それに誠君もいるし」 
 珍しくはかなげな笑みを浮かべるアイシャ。このような笑い方もできるんだと思いながら誠は前のタンクローリーの減速にしたがってブレーキを踏む。
「冗談だと思ってるでしょ?違う?」 
 アイシャの笑いがいつものどこか子供じみた様子に変わっていく。
「冗談かどうかなんてわかりませんよ。それにそう言うことを言うのは僕を担いで面白がる時の手じゃないですか!」 
 そう言って誠が向き直ったところには、真剣な顔をしたアイシャがいた。
「ちょっと……」 
 誠はアイシャの視線に少しうろたえて、車を左右に揺さぶってしまう。そして立ち直った車の助手席にはいつもの表情のアイシャがいた。
「誠ちゃんこそ大丈夫なの?次の信号を右」 
「わかってますよ」 
 誠はようやくいつものアイシャに戻ったことがうれしくて快適に運転を続けた。
「それにしてもねえ」 
 突然考え込むようなしぐさを取った要。
「今度の節分の出し物が映画って……」 
 思いもかけないアイシャの言葉に誠は再びブレーキを軽く踏んでしまった。
「映画?もしかしてうちで作るんですか?」 
 誠は思い切り詰問するような調子でアイシャに話しかけていた。アイシャは両手を挙げて呆れたようなポーズを作る。
「聞いてなかったの?月曜日の朝礼……ああ、誠ちゃんはいなかったわね。とりあえず何を作るかの投票を吉田がやってるはずよ」 
「初耳ですよ!そんなの。どうしようかなあ……特撮モノとかどうだろう……」 
 誠は車を狭い路地に走らせながら考えていた。話をしながらでも彼もいつもこの道をカウラの運転で走っているので自然とハンドルをそらで切ることが出来る。
「やっぱり誠ちゃんはそれ?そこで提案があるんだけど……」 
 いつものはかりごとをたくらむ目を見つけて誠は戸惑った。
「私はね、魔法少女なんてどうかなあって思うのよ」 
「はあ?」 
 誠はそう言うしかなかった。そして、アイシャの提案はすぐに読むことができた。
「誠ちゃんがヒロインの魔法しょ……」 
「お断りします!」 
 誠は寮の駐車場に車を乗り入れると大きな声で叫んだ。車止めにタイヤが当たる。誠はそのまま敷石の上に降り立つ。
「だって……普通に魔法少女なんてやってもうちらしくないと言うか……」 
「僕がやったらキモイだけです!」 
 そう叫ぶと誠はそのまま寮の玄関に向けて歩き出した。
「なんで?かわいいじゃない?」 
 助手席から降りるアイシャは軽く髪をなびかせて流し目を送ってくる。誠は自分の心臓の鼓動を感じながらもここは引けない一線だと分かっていた。
「少女じゃないじゃないですか!それならもっと少女にぴったりの人がいるでしょ!」 
「ああ、シャムちゃんね。でも……やっぱり少女が一人ってさびしくない?」 
 そう言いながらアイシャは先頭に立って歩いていく。誠はいつものことながら妙に切り替えの早いアイシャに振り回されるのを覚悟した。
「それならあまさき屋の小夏でも呼べばいいじゃないですか!それにもうすぐ正式配属前の引継ぎ業務でクバルカ中佐がうちに張り付くらしいですよ」 
 誠の言葉にアイシャは振り向いた。目が輝いている、大体こういうときのアイシャの妄想に付き合うとろくなことにはならないことは知っていたが、今日は誠はアイシャをエスコートする立場だった。
「それ本当ね?本当にランちゃんが……」 
「あの……一応次の保安隊の副長なんですからちゃん付けは……」 
 そんな誠の言葉など聞く筈も無い様子のアイシャ。そのまま何かを考えながら寮の階段を上っていく。
「それなら……」 
「アイシャさん。どうせ投票で決めるんでしょ?魔法少女以外になる可能性も……」 
 アイシャは無視してそのまま寮の玄関に靴を脱ぐ。
「ああ、ちょっとぼーっとしてたわね。とりあえず私シャワー浴びたいんだけど、良いかしら?」 
 誠がおずおずと頷くとそのまま階段を上がって消えていくアイシャ。彼女を見送ると誠はアイシャと入れ替わるように降りてきた二人の男性隊員を見つけた。
「あれ?神前さんじゃないですか?」 
 そう言ったのは第二次世界大戦のアメリカ第一空挺団の軍服を着込んで、手には当時の典型的なGIらしいM3A1グリースガンを持った服部と言う伍長と、将校の格好でM1カービンを持った木村軍曹のコンビだった。
「お前等またサバゲか?」 
 呆れる誠に頭を掻く二人。三交代制の技術部ということで平日だと言うのに遊びに行くのだろう。
「それより神前さん今日は通常勤務じゃなかったんですか?」 
 そう言われて誠の額に脂汗がにじんだ。普段から女性に囲まれる生活で嫉妬されている誠である。整備班の綱紀を管理する島田は長期出張中。
「ああ、ちょっと出張が……」 
「あなた達!また誠ちゃんをいじめてるの!」 
 着替えを手にした制服のライトグリーンのワイシャツと濃い緑色のタイトスカートのアイシャがいつの間にか後ろに立っていた。でも考えてみればシャワーは一階の奥にあるので彼女がこの場所を通るのは当然な話だった。
「あれだ、その……なんだ」 
「良いじゃない、はっきりさせておいた方が後々誤解されないから。今日はデートなの。それもお姉さんの指示で」 
 そんなアイシャの言葉に三人は凍りついた。お姉さんこと鈴木リアナ中佐の指示となれば二人が何を言おうが手が出せないと分かる。
「ああ……ああ。そうなんですか」 
 それだけ言うと服部と木村はそのままフル装備で食堂に向かう。
「あのー……」 
「じゃあ私はシャワーを浴びるから。着替え終わったら食堂で待ってて!」 
 照れ笑いを浮かべる誠を置いてアイシャは消えていく。誠は今度こそは誰にも出会わずに自分の部屋に到着で消えることを祈りながら階段を上り始めた。


 季節がめぐる中で 25

 胡州帝国、帝都、南六条町(みなみろくじょうまち)。ここには有力貴族の帝都での屋敷が多い地区だった。下手をすれば保安隊の施設が丸ごと入るような領邦持ち貴族の帝都屋敷が立ち並ぶ中、ひときわ目立つ大きな屋敷門に渡辺かなめの運転する車は入っていった。
 すでに三人の使用人が待ち受けている。そこに嵯峨惟基は頭を掻きながら止まった車から降りる。
「別に頭を下げなくてもいいから。来てるの忠さん?」 
 ロマンスグレーの執事服の男性が静かに頷く。それを見て嵯峨はそのまま玄関へと向かった。入り口には嵯峨の見知った、忠さんこと胡州海軍第三艦隊司令、赤松忠満(あかまつただみつ)中将の側近である別所晋一大佐が控えている。
「なるほどねえ……」 
 頭を下げる彼の前を嵯峨はそのまま通り過ぎた。百メートルは軽くある廊下を渡りきり、さらに別棟の建物へと迷うことなく嵯峨は歩き続ける。庭師の老人に会釈した後、嵯峨は客間と彼が呼んでいる静かなたたずまいの広間にたどり着いた。
 一人静かに茶をすする恰幅の良い将軍が胡坐をかいていた。
「ああ、上がらせてもらっとるで」 
 静かに湯飲みを手元に置くとその将軍、赤松忠満は静かに笑った。