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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 要はそう言うといつものようにアイシャの腿を蹴り上げる。
「蹴ることないでしょ!」 
 太ももを押さえながら要をにらみつけるアイシャ。
「島田先輩。もしかして……」 
「幽霊が出るって言う落ちはつまらねえから止めとけよ」 
 天井からぶら下がる蛍光灯に手を伸ばす要。
「やっぱりその落ち、駄目ですか?」 
 開き直った島田がドアを蹴飛ばしている。 
「やっぱりそうなのね」 
「もう少し面白いネタ用意してくれよ。つり天井になっているとか」 
「それのどこが面白いんだ?」 
 三人に日常生活を破壊されている誠から見れば、アイシャ、要、カウラの発言は予想通りのものだった。
「島田准尉、言ったとおりじゃないですか。この三人がそんなこと気にするわけないって」 
 そう言いながら西は買ってきた消臭スプレーを撒いて回る。 
「飯の用意できたぞ!来いよ」 
 食事当番のヨハンが声をかけに来た。
「アタシ等のはあるか?」 
「ああ、島田と菰田の分を回したから大丈夫ですよ」 
「中尉……そんな……」 
 島田ががっくりとうなだれる。
「自業自得だ。コンビニ弁当でも買って食え」 
 そう言うと食堂に向かうヨハン。
「そんな金ねえっての!」 
「サラに買ってきてもらえば?」 
 アイシャの言葉を聴くと、島田は携帯を持ってそのまま消えていく。
「すまんなあ菰田。アタシ等は飯食ってくるから掃除の段取りとか考えといてくれや」 
 うなだれる菰田の肩を叩きながら要率いる一行は食堂を目指した。
「飯付きか……やっぱ良いよな。ヨハン、当然ウィンナー出るんだろ?」 
「朝食はリゾットです。軽く食べれるのが良いんですよ」 
 巨漢を震わせながらヨハンが笑う。要は絶望したと言うように肩を落とす。
「シュペルター中尉のリゾットは結構旨いのよ。アンタも食べてみれば目からうろこが落ちるわよ」 
 そう言うとヨハンの肩を叩くアイシャ。だが要は思い出したようにきつい視線でアイシャをにらみつける。
「おいアイシャ、いつの間にこいつの料理を食ったんだ?」 
「コミケの準備の時、時々誠ちゃんのところにお邪魔してね。その時、夜食で作ってもらったのよ」 
「なんだと!」 
 誠が振り向くと、カウラが叫んでいるところだった。すばやく襟首をつかもうとするカウラ。要が気を利かせてその手を止める。
「そいつはアタシの役目なんだ。アイシャ。もしかしたら誠の部屋に泊まったとか言わねえよな」 
「そうだけど何か?」 
 今度は要が殴りかかろうとしたのをカウラが止める。
「ああ、サラとパーラも一緒よ。まったく二人して何やってんだか」 
 そう言うと食堂に入るアイシャ。殺気立っている要とカウラを刺激しないようにしながら誠も入ってくる。ヤコブ、ソンと言ったヒンヌー教徒からの痛い視線を避けて通路を歩くカウラ。
「いい身分じゃねえか、うらやましいねえ」 
 トレイを手にしながらタレ目を際立たせる要。彼女が食堂中を見回るが、多くの隊員は三人を珍しそうに眺めている。
「それにしても……むさくるしいところねえ」 
 そういいながらまんざらでもない表情のアイシャが厨房の前のトレーを手にする。そして椀に粥を取るとピクルスを瓶からトレーに移す。
「ったく朝から精進料理かよ、タコ中でも呼ぶつもりか?」 
 一汁一菜と言った風情の食事を見つめる要。
「必要なカロリーは計算されているはずだ、不満だったらそれこそコンビニで買ってくれば良い」 
 すべてをとり終えたカウラがそのまま近くの席に座る。自然に誠がカウラの隣に座ったとたん、一斉に視線が誠に突き刺さってくる。さらにアイシャが正面に、反対側には要が座った。
 三人とも別に気にすることも無く黙々と食事を始めた。誠は周りからの視線に首をすくめながら、トレーに入れた粥をすくった。
「いい身分だな」 
 コンビニの弁当を下げた菰田が食堂に入ってくる。誠は苦手な先任曹長から目を逸らす。管理部は保安隊でも異質な存在である。隊舎の電球の交換から隊員の給与計算。はたまた所轄の下請けでやっている駐車禁止の切符切りの時に要が乱闘で壊した車の請求書の整理まで、その活動範囲が広い割にあまり他の隊員との接触が無い。
 野球部員という以外に接点の無い菰田とはあまり口も利くことが無い。
 さらにいつもカウラと一緒に行動していると言うことで、島田やキムからかかわらないように言われていることもあってヒンヌー教の教祖と言う以外のイメージがわいてこない。
「リゾットねえ、確かにシュペルター中尉のそれは絶品なんだよな」 
 菰田はそのままコンビニの袋から握り飯を取り出して包装を破る。
「そうだな。これはなかなか捨てたものじゃない」 
「そうでしょベルガー大尉!」 
 我がことのようにカウラに視線を移す菰田。だがすぐにカウラの顔が誠を見ていることに気づいて視線を落とす。
「シーチキンかよ。男ならそこで梅干じゃねえのか?」
 要は菰田の買ってきたコンビニの握り飯を指差す。 
「西園寺さんが食べるわけじゃないでしょ?好きだから仕方が無いんですよ」 
 そう言って握り飯にかぶりつく菰田。
「残りは明太子と高菜ねえ、いまいちぱっとしないわね」 
「クラウゼ少佐。余計なお世話です」 
 アイシャの茶々をかわすとテーブルに置かれたやかんから番茶をコップに注いでいる菰田。
「そう言えば部屋なんですけど、三つのうちどこにしますか?」 
 明らかにアイシャと要を無視してカウラに話しかける。
「私は別にこだわりは無いが」 
「それじゃあお前が一番奥の部屋な」
 そう言って粥を口に運ぶ要。その表情は明らかに量が足りないと言う不機嫌なものだった。 
「じゃあ私が手前の……」 
「テメエだといつ誠を襲うかわからねえだろ?アタシがそこに……」 
「それはやめるべきだな。アイシャより西園寺の方が危ない」 
「どういう意味だ!カウラ!」 
 完全に菰田のことを忘れてにらみ合うカウラと要。
「やめましょうよ。食事中ですし」 
 誠のその言葉でおとなしく座る二人。そんな二人の態度。誠の言うことは聞くカウラと要。痛い視線を感じて振り返った誠の目の前に、嫉妬に狂うとはどういうことかと言う見本のような菰田の顔があった。
「おいおい、新人いじめるなんて。先任曹長だろ?一応は。見苦しいねえ」 
 そこに入ってきたのはキムだった。続いてエダが食堂に入る。キムは小火器管理責任者で隊の二番狙撃手。そして一応は少尉と言うことで量ではなく近くのアパートで暮らしている。島田とは馬が合うので寮で人手が必要になるとこうして現れることが多かった。
「余計なお世話だ」 
 そう言いながら菰田は高菜の握り飯に手をつけた。
「神前君、いじめられなかった?」 
 エダが正面に座り、その隣にキムが座る。島田派と言われるキムの登場でヒンヌー教徒の刺すような視線が止んで誠は一息ついた。
「いいっすねえ、お三方とも。部屋代かなり浮きますよ。俺もここに住みたいんですが口実が無くってねえ」 
 そう言いながらキムはコンビニの袋からサンドイッチを取り出す。それにあわせてエダがコーラのボトルを取り出した。