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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「要ちゃんさあ。いい加減そのお嬢様言葉やめてよ。危うく噴出すところだったじゃないの!それにこういう時は一気に飲めって言ってるのはだれ?え?」 
 隣のテーブルの島田達は完全に好き勝手やっているのがわかるだけに、アイシャのその言葉は誠には助け舟になった。
「そうかよ!ああそうですねえ!アタシにゃあ向きませんよ!」 
 これまでの姫君らしい言動から、いつもの要に戻る。ただし、話す言葉はいつもの要でも、その落ち着いた物腰は相変わらず大公令嬢のそれであった。
「誠!とりあえずパンでも食ってな。初めてなんだろ?こういう食事は。まあ何事も経験と言う奴さ。場数を踏めば自然と慣れる」 
 言葉はすっかりいつもの要に戻っていた。静かに前菜に手をつけるところなどとのギャップが気になるが、確かに目の前にいるのは要だと思えて少し安心している自分に気づいた誠だった。
「そう言うものですか……」 
 そう言うと誠は進められるままにミカンほどの大きさのあまり見たことの無いようなパンをかじり始めた。
「場数を踏むねえ。それって『これからも私と付き合ってくれ』ってこと?……どう?誠ちゃん。お嬢様から告白された感想は」 
 アイシャの言葉を聞いて自分の言った言葉の意味を再確認して要が目を伏せた。
「ありえない話はしない方が良い」 
 珍しくカウラが毒のある調子で言葉を口にした。
「べっべっ、別にそんな意味はねえよ!ただ叔父貴の知り合いとかが来た時にだなあ、マナーとか雰囲気に慣れるように指導してやっているわけで……」 
 明らかに焦って見える要だが、スープを掬うしぐさはテレビで見る胡州貴族のご令嬢のそれだった。
「それじゃあ私達も必要よね、そんな経験。お願いするわ、お嬢様」 
 皮肉をこめた笑みを口元に浮かべるとアイシャはワインを飲み干した。
 そんな彼らの意思とはかかわり無く、料理が並べられ、饗宴は続いた。しかし、誠にはどうもしっくりしなかった。要はさすがに手馴れた調子で黙々と食事をし、それなりに楽しんでいるように見えた。カウラも誠と同じくこのような席には似つかわしくない自分に気がついたようで、言葉も出ずに食事を続けている。アイシャは要に対抗心を持っているのか、要の作法をワンテンポ遅れて真似しながらフォークとナイフを動かしている。
「誰か話せよ。つまんねえじゃねえか?」 
 要は言葉ではいつもの調子に戻っているが、その優雅で手馴れた所作はいつもの彼女とは明らかに別人のそれのように見えて、誠は呆けながら見とれていた。
「なんだ、神前。アタシの顔になんかついてるか?」 
 珍しそうな誠の視線に気づいた要から目を反らす。それを見ると静かにナイフとフォークを動かして食事を続ける要。
「気味が悪いんじゃないの?アンタがそうやってお上品に食事をしている様が!」 
 アイシャがわざと嫌味をこめて要に食って掛かる。
「そんなこと無いですよ!楽しんでますよ、なんと言ってもこの鯛のマリネとか……」 
 そう言って誠はかすかにレモンの香る鯛のマリネを口に放り込んだ。味は悪くない。それ以上に誠は要の機嫌が気になっていた。
「それならいいがな」 
 要はそう言うと隣の席の面々のほうを見た。島田はサラやエダ、リアナに向かって法螺話を続けていた。キムは時々毒のある相槌を打ち、そのたびに鈴木夫妻は楽しげに笑っている。
「食事はああいう風にするもんだぜ。誠、アニメの話でもいいからなんか気の聞いたこと言えよ」 
 要のそんな言葉に少しばかり寂しげなところが見えて、誠は胸が詰まった。
「そんな急に言われても……」 
「そう言えば今週の『魔法少女エリー スマッシュ!』録画予約してきたの?」 
 気を利かせてアイシャが話題を振ってくれた。ようやく苦行のようなナイフとフォークを使っての食事に飽きていた誠はすぐにそれに食いついた。
「当たり前じゃないですか。それに明日発売のアニメ雑誌は全部予約してきましたから」 
 そう言ってちらりと要の表情を見る誠。自分の付いていけない話に明らかに不機嫌な様子が見て取れた。アイシャもそれを読み取ってか、少しばかり白々しい笑いを残すと、皿に残っていた千切りにされた野菜を口に運んだ。
「良かったじゃねえか。帰ったらアタシに見せろよ」 
 要は静かにそう言うとグラスに残った白ワインを飲み干した。そしてそのまま機先を制してアイシャをにらみつける。突っ込みを入れようとしてタイミングを逸したアイシャはそのまま添え物の野菜を口に運んでごまかした。
 デザートの皿がテーブルに並んだ時にはすでに誠とカウラは疲れきっていた。静々とスプーンを使う要の機嫌を損ねないよう、ゆっくり、丁寧に指先に全神経を集中してライムの香りがたなびくアイスクリームを食べる二人。
「あーあ。やっぱりシャムちゃん達のとこ行けばよかったかしら」 
 そうつぶやいたアイシャを要がにらんでいる。
「奴等は下の宴会場でドンちゃん騒ぎか?明日の昼も食べるんだからだから飽きるんじゃないか?」 
 彼女なりの気の使い方とでも言うような調子でアイシャを宥めるカウラ。
「神前。お前はどうなんだ」 
 うつむき加減に低い声で要はそう言った。どこかさびしげに見える要の面差しに誠の胸が締め付けられる。
「僕はこういうの初めてですから、いろいろ参考になりましたよ」 
「そう言うこと聞いてんじゃねえよ。楽しいかどうかって……」 
 大きくため息をつく要の前から皿が下げられていく。そしてしばらく沈黙が支配することになる。
「そんなの聞くまでも無いんじゃないの?」 
 差し出された食後のコーヒー。静かにそれを口に運びながらアイシャが呟く。その挑発的な言葉に、要の肩が震えている。
『これは切れるぞ』 
 誠はそう思った。どう切れるか、どこにはけ口が向かうか、それは考えるまでも無く自分だろう。覚悟を決めて顔を上げた誠だったが、その視線の正面にはいつの間にかリアナが立っていた。
「ありがとう!要ちゃん!本当においしかったわ!」 
 そう言って要の手をとりにこやかに笑うリアナ。要は何が起こったかわからないとでも言うように、ぼんやりとリアナのきらきら輝いている青い瞳を見つめていた。
「そうですか……甲斐がありましたよ」 
 とりあえず調子を合わせようと口にした言葉に満足げに頷くリアナ。
「でもワインってこんなにおいしかったのねえ。それにお料理の魚も新鮮で最高!」 
「それは良かったですねえ」 
 ただあまりに正直に反応しているリアナに戸惑う要。あの青い澄んだ瞳で見られるとどうにも調子が狂うのは隊員すべてに言えることである。
 なんとか落雷は防げた。誠がため息をついたとき、要が不意に立ち上がった。
「島田、キム。こいつ借りるぜ」 
 そう言うと要は飲みかけのコーヒーを見つめている誠の横に立ち、肩に手を当てた。
「侘びだ、付き合え」 
 そう言うと有無を言わさず誠を立たせて、そのまま静かに席を立った。カウラとアイシャは突然のことに呆然として宴席に取り残された。


 保安隊海へ行く 11