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遼州戦記 保安隊日乗 2

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「わが小隊の法術師、法術戦適応アサルト・モジュール、M10A5のパイロットは彼だ。岡部、君は仕事熱心なのは認めるが今の我々はオフなんだ。楽しく温泉を満喫した。それでいいじゃないか」 
 そう言うとロナルドは立ち上がった。ジョージも釣られて立ち上がる。
「それでは神前曹長。また会うことになるだろうがよろしく頼むよ」 
 そう言うと軽く手を振りロナルドは脱衣所へ消えていった。


 保安隊海へ行く 10


「風呂行ってきたのか?」 
 部屋に戻った誠を待っていたのは黒い礼服のネクタイを締めている島田と、鏡を見ながら髪を整えているキムだった。
「何ですか?何かあるんですか?」 
 誠は状況が読めずに、思わずそんな言葉を口に出していた。そんな誠の言葉に思わず顔を見合わせる二人。
「そりゃあ西園寺大公家御令嬢主催のささやかなパーティーに出るためだよ。聞いてなかったのか?礼服持参とちゃんと言われてたろ?」 
「島田先輩。礼服って東和軍の儀仗服のことじゃないんですか?」 
 そんな誠の言葉に島田とキムは顔を見合わせて大きくため息をつく。
「お前なあ。俺達は遊びに来てるんだぞ?仕事を想像させるようなもの着るかよ。それともあれか?礼服の一着も持ってないわけじゃないだろうな」 
 島田がそう言うと誠はうつむいた。大きなため息が島田の口から漏れる。
「島田、いいじゃないか。どうせ身内しかいないんだ。とりあえず着替えろ。俺達は先に行ってる」 
 そう言うとキムと島田は部屋を後にした。誠はバッグの中から濃い緑色の東和陸軍の儀礼服を取り出した。
「なんだかなあ」 
 そう言いながら服を着替える。窓の外はかなり濃い紺色に染まり始めている。ワイシャツに腕を通し、ネクタイを締めた。
『アメリカ海軍か』 
 先ほどの二人のことを思い出していた。近年、東和軍と地球各国との人的交流は比較的盛んである。アサルト・モジュールの運用に関しては東和軍はその導入時期が極めて早かったことから、各国の上下を問わず、かなりの数の軍属が研修目的で所属することは珍しい話ではない。また、保安隊と言う部隊の持つ司法機関直属実力行使部隊と言う性格は、遼州星系で活動する上で非常に便利な身分でもあることは誠でも分かった。
 司法執行機関の隊員としての出向と言う形ならば政治的に角が立つことも無い。そしてその部隊の隊長は遼州一危険な男とも呼ばれる嵯峨惟基である。監視と言うことで国内の反遼州派の勢力に対する言い訳にもなった。
『まあいいか』 
 結局は嵯峨の思惑次第だと諦めて、誠はベルトをきつく締めながら部屋から出かけることにした。
 廊下を出てエレベータルームに向かう誠。
「桔梗の間か」 
 そう独り言を言って上昇のボタンを押す。静かに開くエレベータの扉。誠は乗り込んで五階のボタンを押した。上昇をはじめるエレベータ。四階を過ぎたところで周りの壁が途切れ展望が開ける。海岸べりに開ける視界の下にはホテルや土産物屋の明かりが列を成して広がる。まだかすかに残る西日は山々の陰をオレンジ色に染め上げていた。
 誠はエレベータのドアが開くのを確認すると、目の前に大きな扉が目に入ってきた。『桔梗の間』と言う札が見える。誠はしばらく着ている儀礼服を確認した後、再び札を見つめた。
「ここで本当にいいのかな」 
 そう言って扉を開く。一気に視界が開けた。天井も壁もすべて濃い紺色。よく見ればそれはガラス越しに見える夜空だった。だが誠が驚いたのはそのことではなかった。
 その部隊のハンガーよりも広いホールに二つしかテーブルが無い。その一つの青いドレスの女性が手を上げている。よく見るとそれは要だった。誠は近づくたびに何度と無く、それが要であると言う事実を受け入れる準備を始めた。
 白銀のティアラに光るダイヤモンドの輝き。胸の首飾りは大きなエメラルドが五つ、静かに胸元を飾っていた。両手の白い手袋は絹の感触を伝えている。青いドレスはひときわ輝くよう、銀の糸で刺繍が施されている。
「神前曹長。ご苦労です」 
 いつもの暴力上司とは思えない繊細な声で語りかける要。驚きに身動きが取れなくなる。だが明らかにそのタレ目の持ち主が要である事実は覆せるものではなかった。
「レディーを待たせるなんて、マナー違反よ」 
 その隣で髪の色に合わせた紺色の落ち着いたドレスのアイシャ。彼女はそう言うと自分の隣に座るカウラに目をやる。カウラも誠と同じく、東和陸軍の儀仗服に身を包んでいた。
 もうひとつのテーブルには島田、サラ、キム、エダ、そして鈴木夫妻が腰をかけて誠の方を見つめていた。
「あのー、他の方々は?」 
 誠がそう言うと要がいつもと明らかに違う、まるでこれまでの要と別人のように穏やかに話し始めた。
「ああ、ナンバルゲニアさん達ですわね。彼女達はこういう硬い席は苦手だと言うことで地下の宴会場で楽しんでいらっしゃいますわ」 
 アイシャ、カウラ。二人は明らかに笑いをこらえるように肩を震わせている。確かにいつもと同じ顔がまるで正反対の言葉遣いをしている様は滑稽に過ぎた。思わず誠も頬が緩みかける。
「TPOって奴だ。笑うんじゃねえ」 
 声のトーンを落とした要がいつもの下卑た笑いを口元に浮かべて二人をにらみつけると、その震えも止まった。
 黒い燕尾服の初老のホテルマンが静かに椅子を引いて誠が腰掛けるのを待っていた。こういう席にはトンと弱い誠が、愛想笑いを浮かべながら席に着く。
「神前曹長。もっとリラックスなさっても結構ですのよ」 
 そんな要の言葉を聴くと一同がまた下を向いて笑いをこらえている。誠は笑いを押し殺すと、正面の要を見つめた。いつもの『がらっぱち』と言った調子が抜けると、その胡州四大公家の跡取り娘と言う彼女の生まれにふさわしい淑女の姿がそこに現れていた。
 ドアが開き、ワインを乗せたカートを押すソムリエが二人とパン等を運ぶ人々が入ってくる。誠は生でソムリエと言うものを初めて見たので、少しばかり緊張しながらその様子を見ていた。要の隣に立った彼は静かに要に向かってワインの銘柄と今日の料理との相性について語りかける。
『何語を話しているんだ?』 
 誠は専門用語が入り乱れる二人の会話を聞きながら戸惑っていた。それはカウラやアイシャも同じようで、少しばかり退屈したように、給仕によって目の前のテーブルが食事をする場らしい雰囲気になっていく様を見つめていた。ソムリエは静かにカートの上に並んだワインの中から白ワインを取り出すと栓を抜いた。
 いくつも並んでいるグラスの中で、一番大きなグラスに静かにワインを注いで行く。誠、カウラ、アイシャは借りてきた猫の様に呆然のその有様を見続ける。
「皆さんよろしくて?」 
 要が白い手袋のせいで華奢に見える手でグラスを持つとそれを掲げた。
「それでは乾杯!」 
 アイシャがそう言ってぐいとグラスをあおる。
「アイシャさん!ワインは香りと味を楽しむものですのよ、そんなに急いで飲まれてはこのひとつの……」 
 説教。しかもいつもの要なら逆の立場になるような言葉にアイシャが大きなため息をついて要に向き直った。