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遼州戦記 保安隊日乗 2

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 専用のナイフで器用に栓を開けた要がゆったりとワインをグラスに注いでいる。
「意外と様になるのね。さすが大公家のご令嬢」 
「つまらねえこと言うと量減らすぞ」 
 そう言いながらも悪い気はしないと言うように要はアイシャの方を見つめていた。カウラはじっと要の手つきを見つめている。
「カウラも付き合え」 
 最後のグラスに要がワインを注ぐ。たぶんワイン自体を飲んだことが無さそうなカウラが珍しそうに赤い液体がグラスに注がれるのを見つめていた。
「まあ夕日に乾杯という所か」 
 少し笑顔を作りながら要はそう言うとグラスを取った。
 誠は当然、このようなワインを口にしたことは無い。それ以前にワインを口にするのは神前家ではクリスマスくらいのものだ。父の晩酌に付き合うときは日本酒。飲み会ではビールか焼酎が普通で、バリエーションが増えたのは要に混ぜ物入りの酒を飲まされることが多くなったからだった。
「お前らに飲ませても判らねえだろうな……でも悪くないな。これなら叔父貴も文句言わないレベルだろ」 
 グラスを手に要が余裕のある表情を浮かべた。嵯峨の話が出て食通を自任する上司の抜けた笑顔を思い出して静かにグラスを置いて笑う誠とアイシャ。
「否定はしないぞ。確かに隊長のような舌は無いからな。だが香りはいい」 
 カウラはそう言いながらグラスを置いた。いつもなら酒を口にするときはかなり少しづつ飲む癖のある彼女がもう半分空けているのを見て、誠は自分が口にしているきりりと苦味が走る赤色の液体の魔力に気づいた。
「アンタがお姫様だってことはよくわかったわよ。でも……まあこれって本当に美味しいわね」 
 一方のアイシャといえばもうグラスを空けて要の前に差し出した。黙って笑みを浮かべながら、要はアイシャのグラスに惜しげもなくワインを注ぐ。
「神前、お前、進まないな。まだ残ってるのか?」 
 アイシャに続き自分のグラスにもワインを注ぎながら要が静かな口調で話しかける。
「実は僕はワインはほとんど飲んだことがないので……」 
 そう言うと要は満足そうに微笑んで見せる。
「そうか。アタシはワインは好きだが、時と場所を考える性質だからな」
 その言葉にアイシャとカウラが顔を見合わせる。 
「よくまあそんなことが言えるわね。場所も考えずにバカスカ鉄砲ぶっ放すくせに」 
 すでに二杯目を空けようとするアイシャをにらみつける要。
「人のおごりで飲んどいてその言い草。覚えてろよ」 
「判ったわよ……誠ちゃん!飲み終わったらお風呂行かない?ここの露天風呂も結構いいのよ」
 輝いている。誠はアイシャのその瞳を見て、いつものくだらない馬鹿騒ぎを彼女が企画する雰囲気を悟って目をそらした。
「神前君。付き合うわよね?」 
 誠はカウラと要を見つめる。カウラは黙って固まっている。要はワインに目を移して誠の目を見ようとしない。
「それってもしかしてこの部屋専用の露天風呂か何かがあって、そこに一緒に入らないかということじゃないですよね?」
 誠は直感だけでそう言ってみた。目の前のアイシャの顔がすっかり笑顔で染められている。 
「凄い推理ね。100点あげるわ」 
 アイシャがほろ酔い加減の笑みを浮かべながら誠を見つめる。予想通りのことに誠は複雑な表情で頭を掻いた。
「私は別にかまわないぞ」 
 ようやくグラスを空けたカウラが静かにそう言った。そして二人がワインの最後の一口を飲み干した要のほうを見つめた。
「テメエ等、アタシに何を言ってほしいんだ?」 
 この部屋の主である要の同意を取り付けて、誠を露天風呂に拉致するということでアイシャとカウラの意見は一致している。要の許可さえ得れば二人とも誠を羽交い絞めにするのは明らかである。誠には二人の視線を浴びながら照れ笑いを浮かべる他の態度は取れなかった。
「神前。お前どうする?」 
 要の口から出た誠の真意を確かめようとする言葉は、いつもの傍若無人な要の言動を知っているだけに、誠にとっては本当に意外だった。それはアイシャとカウラの表情を見ても判った。
「僕は島田先輩やキム先輩と同部屋なんで。そんなことしたら殺されますよ」 
 誠は照れながらそう答えた。
「だよな」
 感情を殺したような要の言葉。アイシャとカウラは残念そうに誠を見つめる。
「このの裏手にでっかい露天風呂があって、そっちは男女別だからそっち使えよ」 
 淡々とそう言う要を拍子抜けしたような表情でアイシャとカウラは見つめていた。
「ありがとうございます……」 
 そう言うと誠はそそくさと豪勢な要の部屋から出た。いつもは粗暴で下品な要だが、この豪奢なホテルでの物腰は、故州四大公家の一人娘という生まれを思い出させる。
 廊下から沈みつつある夕暮れが見える。もしかしたら自分はかなり損をしたのではないだろうかと誠は考えたが、口の軽いアイシャが四人で露天風呂に入ったと島田達に言いふらすのは確実だ。
『菰田さん。怖いんだよなあ』 
 常に痛い視線を投げてくる経理課長の三白眼を思い出しながら自室に入った。島田もキムも帰ってきてはいなかった。誠は着替えとタオルを持つとそのまま廊下を出た。
 どうにも寂しい。
『やはり断らない方が……』
 そう考えながらエレベータでロビーに降りる。
「神前曹長!」 
 ロビーで手を振るのは明華の秘蔵っ子で技術部整備班のやり手の西兵長だった。後ろで小突いているのは菰田主計曹長。いつものことながら威圧するような視線を誠に浴びせてくる。
「もう行ってきたんですか?」 
 イワノフ少尉がニヤニヤ笑いながらうなづく。
「結構日本風の風呂というものもいいものだな」 
 そういいながら扇子で顔を仰いでいるのはヤコブ伍長だった。
「島田さんは?」 
「野暮なこと言っちゃだめですよ!きっとラビロフ少尉と……」 
 西はそう言うとにんまりと笑う。
「餓鬼の癖に詰まらんことを言うな!」 
 西を取り押さえたのはソン軍曹だ。菰田、ソン、ヤコブ。どれも誠が苦手とする先輩である。
『ヒンヌー教団』
 三人を保安隊の隊員達はこう呼んだ。
 アイシャ曰く『筋金入りの変態』と呼ばれる彼等は自らは『カウラ・ベルガー親衛隊』と名乗り、犯罪すれすれのストーキングを繰り返す過激なカウラファンである。出来れば係わり合いになりたくないと思っている誠だが、経理の責任者の菰田に提出する書類が色々とある関係で逃げて回ることも出来なかった。今回の旅行でも、本来は菰田は管理部経理課長として、休みが取れないところを吉田に仕事を押し付けてやってきたほどのいかれた人物である。
『これでカウラさんと風呂に入っていたら……』 
 菰田達の視線が痛く感じる誠。
「どうしたんだ?」 
 いぶかしげに黙って突っ立っている誠の顔を覗き込んでくる菰田。悟られたらすべてが終わる。その思いだけで慌てて誠は口を開く。
「なんでもないですよ!なんでも!じゃあ僕も風呂行こうかなあ……」 
「そっちは駐車場だぞ」 
 ガチガチに緊張している誠を見る目がさらに疑いの色を帯びる。ソンなどは誠の周りを歩き回り異変を探り当てようとしているような感じすらする。
「そうですか?仕方ないなあ……」