鳥
無視して俺は靴を履き、壁にかけてある上着を素早く羽織った。昼間の車の中の暑さがぶり返したように、全身から汗が噴出しているのがわかる。
「本当に大丈夫ですか」
額の汗が眼に流れ込み、心配そうに俺の顔を覗き込む吉岡の顔がゆがんで見えた。なんだというのだ、これがなんだって言うんだ。吉岡の眼が鳥の眼のように見える。
「大丈夫だ。そんなことより昼間の鳥のこと覚えているか」
呆然と俺を見つめ続けるその眼、あらゆる感情が一瞬停止したような無感情なその眼。お前は本当に人間なのか、そんな言葉が思わず口から出そうになる。口の中が次第に乾いていく。なぜかわからない。どうしても寝ていられない、俺は吉岡を押しのけて部屋を飛び出す。
理由なんてどうでも良い。後ろから俺を呼び止める吉岡。髪を振り乱した外国人の奇行を好奇の目を持って見守る薄汚い兵士達。奴等の眼はどれも人間の眼じゃない。
突き当たり。黒くひからびたドア。漆喰で塗り固めた白い通路をいきなり途切れさす黒い笑い。俺はその扉を蹴飛ばしてそのまま暗い倉庫に飛び込んだ。
暗い棚が延々と続く窓の無い小部屋がそこにはあった。少し大きめの棚にの中には、整然と自動小銃が並んでいる。どれもこれも手入れが行き届いているらしく、奥からこぼれてくる白熱灯の光に黒い銃身を僅かに橙色の油で化粧をしていた。
狭い棚の隙間を縫い、雑然と置かれた迫撃砲の林を抜けると、白熱灯の下、作業場とでも言うべき場所で銃の手入れをしている男がいる場所に出た。男はまるで俺を待っていたかのように顔を上げる。おきまりの挨拶笑い。幸い光の加減で奴の眼は見えない。しかしそれがTの眼である事だけはよくわかった。
「見てくださいよ。銃、銃、銃。どれもこれも人の一人や二人撃った事のある奴ばかりですよ」
押し付けがましいヒューマニズム。俺はただTの眼だけを見つめていた。黄色く染まった白目。白熱灯の黄色い光のせいばかりではあるまい。その中に浮かんだぼんやりとした黒目はどんよりと濁ってその中に感情の光を見つけ出す事は難しい。
あの鳥の眼と比べたら!
俺はあたりを見回した。銃は静かに出番を待っている。
「なるほど。蝶、風景、そしてハンティングか。なかなか良い行楽地になりそうだな」
撃つ相手が服を着ているか着ていないか。要するにそれだけの差ではないか。
「ほめてるんですか、ボス」
「だけどあんな鳥ならすぐ絶滅するんじゃないのか」
いや、あの鳥の方がもっとましだ。こんな濁った眼の持ち主達に奴を撃つ権利なんてあるものか。
「そうしたら豚でも牛でも放しますよ。そうすれば今度は安定的に観光収入が期待できますし、それ以上にここの生活も楽になるというものです」
牛、豚。どっちにしたってこんな濁った眼なんか持っちゃいない。
「ここの人間なんか絶滅しちまえばいいんだ」
Tの顔が蒼ざめる。
「お前らみんな飢え死にすればいいんだ」
Tは一旦銃の方に目をやった後、どす黒い顔を俺の方に向けた。何十年、いや、何百年という恨みがそこに結実したようにその眼は静かに見開かれていく。銃は静かに彼の傍らで出番を待っているようだった。
「悔しいか、憎いか。撃ち殺したいか。ああ、撃てよ。好きなだけ撃てよ」
「何言ってるんですか、先生。本気で言ってるんですか」
吉岡が叫ぶ。
「ボス、あなたには幻滅した。私は・・・」
「撃てよ。所詮俺はあんた等の敵だよ、丁度あの無様な鳥みたいにね。あんた等のお宝を食い潰すあいつ等・・・」
銃声が響いた。