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遼州戦記 保安隊日乗

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 すぐに三下がここでの出来事に気づいたのか、驚いた表情で飛び出してくる度に、要は迷うことなくその顔面に二、三発の銃弾を正確に浴びせかけた。誠はその度にあがる血飛沫に次第に心が冷えていくことを感じていた。
「……俺、俺、俺……」 
 階段手前でサブマシンガンを持った相手の掃射で身動きが取れなくなったところで、誠は恐怖のあまり自然にそう呟いていた。
「そんなに怖えか?ならウチなんざ辞めちまえ!」 
 拳銃のマガジンを換えながら、吐き捨てるように要は呟いた。
 我を取り戻して誠が要を見つめると、そこにはこれまでと違う、どこか寂しげな表情を浮かべた要の姿があった。
 だが銃のスライドが発射体勢に入るとそんな要の表情も一瞬で変わる。まるで鉛のように感情を押し殺した瞳だと誠は思った。
「おい、新入り」 
 要じっと自分を見つめている誠を見た。
 口元には笑みが浮かんでいる。
『この人はこの状況を楽しんでいる?』
 誠はそう感じて背筋が寒くなるのを感じる。だが、要はそんな目で自分を見つめる誠に何かを言うわけでもなく、素早く現状を頭の中に叩き込んだように視線を階段の下で待ち構えているチンピラ達へと向けた。
「素人に鉄砲だな。向こうに廊下が見えるだろ?次の掃射でアチラさんのマガジンは空になるから背中を叩いたら飛び出して向こうまで行け。そこで勘違いをして一斉射してくる馬鹿をアタシが喰う」 
 誠の前には楽しそうにこの状況を見つめている要の姿がある。死線を抜けてきた計算高い殺し屋の目と言うものはこう言うものかもしれないと誠は思った。そしてそんな瞳の要の言葉に、逆らう勇気は彼にはなかった。
 階下でのアサルトライフルの射撃音が上がってくる。時折、その銃撃戦で弾丸を浴びたチンピラの断末魔の叫び声が混じり始めた。焦っているのか、見えもしない誠達に下にいるチンピラはセミオートに切り替えてけん制するように誰もいない壁に向かい発砲する。
「アマチュアだな。弾の無駄だぜ」 
 そう言うと要の口元に再び笑顔が戻る。残酷なその笑顔を誠は正視できなくなって、誠はひたすら背中を要が叩くのを待った。
 階下のチンピラ達の悲鳴が止んだ。
 変わりに拳銃の発射音が十秒ごとに繰り返される。ようやく発砲が弾の無駄と気付いた下のチンピラが相談を始めた。誠も彼らが二人で予備のマガジンを後一本しか持っていないと言う話を聞き逃さなかった。
 その時、要が誠の背中を叩いた。はじかれるようにして誠は走った。すぐに気づいた階下の二人が掃射を始める。弾は正面の故障しているらしいエレベータの壁にめり込む。そのまま誠はトイレのドアの前に張り付いて、やり遂げた顔をして要のほうを見ようとした。
 不意に誠は後ろのトイレのドアが開いたのを感じた。振り向くまでも無く誠の背後に立った男に腕を握られる。そしてこめかみに硬く冷たい感触が走った。
 誠の視界の限界地点にある鏡には彼を拉致してきた背広の男の姿が映し出されていた。
「だめじゃないか?商売もんが外に出てきちゃ。おい!そこの姉ちゃん!銃を捨てな!こいつの頭が無事でいて欲しいだろ?」
 背広の男はそう叫んだ。
 しかし、要の拳銃の銃口は微動だにせず、誠のほうに向けられたままだった。誠は恐る恐るその口元を見た。
 要はまだ笑っていた。
「西園寺先輩!死にたくないです!俺はまだ……」
 誠は銃を突きつける誘拐犯よりも要の方に恐怖を感じていた。チンピラの銃を突きつけている手が震えているのがわかる。そして要は楽しそうに誠の言葉に答えた。 
「騒ぐんじゃねえよ、チェリー・ボーイ!おい、そこのチンピラ。アタシの面(つら)見たこと無いか?」 
 人質を取っている相手に言う台詞じゃないと思える言葉を吐いた要。誠に銃を突きつけている男は自信たっぷりに銃を向けてくる要に明らかに怯んでいるが、手にした人質を放すことは自分の死を意味していると言うことはわかるようだった。つい誠を取り押さえている腕に力が入り、誠は少しばかり痛みを感じて目を要に向ける。
「あいにく、保安隊には知り合いがいないんでな!それより早く銃口を下ろせ!」 
 語尾がひっくりかえっているのが誠にもわかった。誠が銃を突きつけられて人質になるのが初めてのように、この男もこの状況は初めての体験なのだろう。
 だが要は違う。誠にもそれだけは理解できた。彼を見つめている要の目は何度も同じ状況を体験してきたように落ち着いていた。
「ほう、銃を捨てろから、銃口を下ろせか?弱気になったもんだねえ」 
「うるせえ!早くしろ!こいつの頭が……」 
 ごつりごつりと何度も誠のこめかみを銃のスライドの先端部が叩く。
「好きにすれば?」 
 要は吐き捨てるようにそういうと、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。
 銃口は正確に男の額を照準している。誠を抱えている男は、その一言に怯んだ様に誠を抱えている腕の力を緩めた。誠は体に力を入れようとするが、緊張と恐怖のあまり体がコントロールを失ったようで、そこから抜け出すことが出来ずにいた。
「どうせどこかの上部組織にでも頼まれたんだろ?三下。アタシの面を知らねえってことは、この業界じゃあ駆け出しだな。やめときな、こんなところで死にたかねえだろ?」 
 明らかに男の手が震えているのが誠にもわかる。それを見て要は大きくため息をついた。
「じゃあどうしても死にたいならモノは試しだ、その引き金引いてみなよ?」 
「そんなー!西園寺さん!」 
 まるで男に誠を殺させようとしている要に、誠は無駄と知りつつ助けを求めるように叫んだ。
『喚くんじゃねえよ!馬鹿野郎!』
 耳の中で要の声が響いて誠は驚いた。
 来る時に嵯峨に渡されたコミュニケーションツールからそれは聞こえた。
『気づかれるんじゃねえぞ、とにかく喚いて時間を稼げ。それと合図をしたら強引に床に伏せろ。こいつはビビってる。アマちゃんだよ。まあとにかくアタシを信じろ』
 交信はそれだけで切れた。気がついたように誠が見た先には、相変わらずサディスティックな笑みを浮かべた要の姿があった。
「西園寺さん!本気なんですか?俺、まだ死にたくないですよ!」
 演技など誠には必要なかった。本音を叫べば命乞いの言葉がいくらでも出てくる。 
「ぎゃあぎゃあ騒ぎやがって!だとよ姉ちゃん。こいつを見殺しにしたら、寝つき悪くなるんじゃねえのか?」 
 誠の叫び声に気分を良くした男が荒れた息をしながら声を上げる。だが、要の表情は変わらない。
「知ったことかよ。そいつだって東和軍に志願したんだ。死ぬことくらい覚悟してるんじゃねえの?」 
「西園寺さん!それって……」 
 誠は頭の中では要の演技だと信じてはいるが、要がこの状況を楽しんでいるように見えて恐怖を覚えた。
「残念だねえ。この姉ちゃん君を見殺しにするつもりだぜ。まあ、あの世で恨むならあの姉ちゃんにしてくれよ。俺はただ自分の身が守りたいだけだからな!」
 緩んでいた男の誠を押さえつける力が再び戻った。だが、誠はさすがにこれだけ命に関わる状況が続いていると、体も馴染んできたようで軽く両腕に力を入れた。
『これは振りほどけるな』
 そんな誠の心の声が聞こえたとでも言うように要が軽く頷いた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直