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遼州戦記 保安隊日乗

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 男子更衣室と書かれたドアが半分開いているのが見えて。誠は腰の東和軍制式拳銃、04式9mmけん銃を引き抜くとドアを蹴り開けた。
 じめじめとした空気の男子更衣室。誠は銃口を左右に向けて制圧体制をとっている。
「動くな!」
 誠の予想通りシャムが誠の荷物を漁って一つのプラモデルの箱を取り出していた。誠が入ってきたが、誠が銃を持っているというのに特に気にするわけでもなく手にしたプラモデルの箱を取り上げて見せた。
「ナンバルゲニア中尉!」
 誠はそのままの姿勢で固まっていた。手を上げるわけでも、怯えるわけでもなく、シャムはただ手にしたプラモデルと誠の顔の双方を見比べていた。
「凄いね!これこの前再版されたR2タイプ南方仕様でしょ?これ欲しかったんだ!予約しようと思ったらネット限定で、あたしはネットとか全然だめだから俊平に頼んだら嫌だって言うから。それで仕方なく明華に今度オークションに出たらヨロシクって言っておいたんだけど……すごくプレミアついちゃって……誠君は買えたんだね」
 きらきらと目を輝かせながら表に書かれたイラストを見つめているシャムに誠の体の力が抜けていった。
「それは暇な時に作ろうと持ってきた奴です!今はネットオークションに出てますからそっちに手を出してください!」
 そんな誠の声も聞かずにシャムはさらに誠の荷物を漁り続ける。銃を向けても表情を変えないシャムのリズムに乗せられるようにして、ただ誠はその場で固まっていた。
「後、これも凄いよ!電人ブロイザーの怪人バルゴンの食玩のフィギュア。これってあたしも狙って箱買いしたけど百分の一だって言うから結局全然当たらないでブロイザーのフィギュアばっかり溜まっちゃって……」
 コレクターである誠から見るとずいぶん危なっかしい手つきでフィギュアを触る姿を見て誠の目に涙がたまってくる。
「いいからそこにおいてください……あっ!その魔法少女ヨーコの腕は……」
 シャムの足元に自分の最高傑作と思っているフィギュアの成れの果てが転がっていた。
「ああ、取り出したとき折れちゃった。てへっ!」
 驚き、脱力感、そして悲しみ。ぐるぐると感情が渦巻いた後、誠は怒りがふつふつと湧き上がってくるのが分かった。確かに目の前にいるのはあの遼南帝国の二人しかいない騎士の一人。最強のレンジャー、ナンバルゲニア・シャムラード中尉だが、職場のオアシスとすべきグッズを次々と破壊された彼にとってはただの140cmに満たないチビ以外の何者でもなかった。
「そんな『てへっ!』ですむ問題ですか?」
 銃口を向けて怒鳴りつけている誠だが、その叫び声にシャムは少しも驚くようなそぶりも見せない。
「本当にごめん。私だってコレクションが壊されるのはみてられないし……」
「じゃあ何で開けたんですか?それに箱までそんなに潰して……」
 誠の足元にはプラモの箱やフィギュアの保存用のケースが転がっている。明らかにシャムの仕業であることは明白だった。
「まるでアイシャちゃんみたいなこと言うのね。いいじゃんべつに箱くらい」
 そう言うとさらに誠の荷物を漁ろうとするシャム。
「その箱が重要なんですよ!ネットオークションに出す時それがあると無いとじゃ値段が違ってくるんだから……」
 誠の言葉にただ不思議そうな瞳を見せてくるばかりのシャムに次第に誠は苛立ちを覚えてきた。
「やっぱりあたしじゃわからないわアイシャちゃん呼ぶね」
 そう言うとシャムは荷物を放り投げて腕にした連絡用端末のスイッチを押した。誠は自分の呼吸がかなり乱れていたのに気がついて大きく深呼吸をして拳銃のグリップを握りなおした。
「止めてください!また何言われるか……」 
 誠は慌ててそう口走った。次第に意識が白くなっていくのがわかる。
「だって……」 
「だってじゃありません!とりあえず荷物を元に戻してください!」 
 シャムは仕方なさそうにテーブルの上の荷物を片付け始めた。中古のテーブルが、モノが置かれるたびにぎしぎしと音を立てた。
「おい、いいか?」 
 ぼんやりとした調子でいつの間にか追いついてきた明石が誠にたずねる。誠は少し呼吸の乱れをここで整えることが出来た。
「なんですか?」 
 吐き捨てるような誠の言葉に、明石は一息つくと誠の肩に手を置いた。
「その手にした物騒なモノ、いつ仕舞うんだ?」 
 誠はそういわれて理性が次第に戻り始めた。そして自分が銃を手にしていることを思い出した。
「申し訳ありません……今……」 
 次第に頭の中が白くなっていくのを誠は感じていた。拳銃の使用について、特に射撃の才能が欠如していると教官に言われたこともある誠はこれでもかというくらいに叩き込まれていた。いくら理性が飛んでいたからと言っても懲罰にかかる状況であると言うくらいのことは考えが回った。
「ワレはホンマ、ウチ向きの性格しとるわ。それと一言、言っとくとエジェクションポート見てみいや。ワレ、スライド引いとらんじゃろ?」 
 そう指摘されて誠は自分の手に握られた拳銃を凝視した。そのスライドの上の突起が凹んで薬室が空であることを示す赤い表示が見えているのが分かった。ただでさえ自分のした事に震え始めている誠の両手、そして自然と顔から血の気が引いていく。
「東和軍では拳銃は弾を薬室に込めずに持ち歩く規則になっとるからのう。ウチは一応、司法即応実力部隊が売りじゃけ、こうしてだな……」 
 明石は誠から拳銃を取り上げるとスライドを引いて弾を装填した後、デコッキングレバーを下げて撃鉄を下ろした。
「こうして持ち歩くようになっとる。まあ気になるなら東和の制式拳銃はおまけに安全装置までついとるからそれ使えや。まあそんなもんかけとったら西園寺にひっぱたかれるだろうがのう」
 明石は別に誠を咎めるような様子もなく誠に銃を手渡した。誠は震える手でホルスターに銃を納めてそのまま下を向いた。
「しかし……僕……何してたんでしょうね?」
 明らかに懲罰対象の行為である。
『懲戒、裁判。そう言えば師範代は憲兵資格持ちだったから内々に軍事裁判を開いて・・・』
 そんなことを考えている誠を見ながら明石は口を開いた。
「命拾いって所か?もしワレの銃に弾が入っとったらその喉笛にシャムの腰のグンダリ刀突きたっとる。あいつは格闘戦じゃあ部隊で隊長以外は歯が立つやつおらんけ」 
 そう聞いてさらに誠の血の気が引いていった。相手は見た目は小学生でも遼南人民英雄章をいくつも受けている猛者である。誠の荷物を物欲しそうに見ているシャムだが、その腰には短刀『グンダリ刀』が刺さっている。明石の言うことが確かなら、誠は自分の荷物を見る前に喉下に刀を突き立てられていたことだろう。
「二人ともぼそぼそ何言ってるの?シンのおじさんがケバブが焼けたから来いだって」 
 シャムはそう言うと片付け途中の荷物を放り出して外に飛び出していった。誠はよたよたと自分の荷物が置かれたテーブルに手をついた。明石は少しは誠の混乱状態がわかったようだった。
「まったくあいつは食い気じゃのう。これがワレのロッカーじゃ。さっさと荷物入れろや」 
 そう言うと明石は誠がバッグにコレクションをつめるのを見つめていた。
作品名:遼州戦記 保安隊日乗 作家名:橋本 直