Fantastic REAL
「あー……」
窓から強い光が差し込んでいる。
「くそ、時計止まってるじゃん」
日差しのまぶしさに耐えきれず、彼は左腕で目を覆った。
右手には止まってしまった時計が握られている。
高校に入って二回目の夏休み、8日目。
現在時刻は午後2時。
『おはよう』というにはあまりに遅い時間だ。
そんな時間にやっと目を覚ました彼、西森圭太(ニシモリ ケイタ)。
圭太の握りしめている目覚まし時計は、10時にセットされていた。
しかしその時計は、9時46分という時間を指したまま動いていない。
「もう2時か」
やっと頭も起きてきた圭太は、ゆっくり起き上がり携帯電話で時間を確認した。
「これだけ寝ると予定が狂うな」
圭太は口ではそう言っているが、実際彼に起きる気があったかどうかはわからない。
彼がベッドに入ったのは午前6時半。
そんな時間までゲームをしていて、早起きなどできるわけがないだろう。
「まぁいいか」
案の定、予定の修正をする気のない彼は、携帯電話を持って再びベッドに戻った。
携帯電話に手を伸ばした時にうっかり倒し、雪崩を起こした漫画と小説の山もそのままだ。
枕もとに携帯電話を置き、寝転んで壊れた時計を眺めてみる。
「時間の無駄遣い、半端ないな……」
そう言いながら、止まってる時計の針を逆回りに回しだした。
長身が何周も何周もするほど、圭太はねじを回した。
「なにやってんの、俺」
それにも飽き、携帯電話の横に無造作に時計を置く。
――ドンドン、ドンドン――
「ん?」
寝転んでいた圭太の耳元に、ガラスをたたく音が届いた。
――ドンドンドンドンドン、ドンドンドンドン――
「うっせーなぁ」
圭太が乱暴にカーテンを開けると、ベランダには明るい茶色の髪をした少年が立っていた。
「お、おまえ」
圭太は驚き、一瞬固まった。
『開けてー、ってか開けろー!』
ガラスの向こう側にいる少年の声で我に返り、思わず鍵を開けた。
冷静さを失っていたからではない。
普段ならそんな不用心な事はしないだろうが、圭太が安易に鍵を開けたのにはわけがあったのだ。
「ふあぁ、ありがと! あー本当にびっくりした。ベランダに出るとか、予想外過ぎるよな」
いかにもお調子者そうな少年が、当たり前のように圭太の部屋に入ってきた。
「お前、誰」
「さて、誰でしょうっ♪」
圭太は自分の中にある可能性を否定しようと、目の前にいる少年に尋ねた。
憂鬱な表情を浮かべる圭太に、少年は満面の笑顔を向けている。
長めの黒髪をかき上げながら、圭太は言った。
「おまえ、俺だろ」
「だいせーかい☆」
目を細めてにこりと笑った少年は、髪の色や服装を除くと、圭太とそっくりだった。
「でも、もうちょっと驚いてくれてもいいと思うんだけど?」
「あいにく『せっかくなら女の子がよかったなぁ』としか思わなかったよ」
「俺がベランダに出ちゃって慌ててたというのに、なんでおまえはそんなに冷静なんだよ」
表情の豊かな少年は、少しすねた様子だった。
向き合う圭太は気だるそうな表情を変えることはなかった。
「なぁ、圭太」
「あ?」
いつの間にか圭太のベッドに腰かけていた少年が呼びかける。
圭太はベッドと反対側にある椅子に座り、椅子の上であぐらをかいていた。
「おまえ、自分と顔のそっくりな奴がいきなり現れて、『こいつは何なんだ』とか『なぜ現れたんだ』とか、本当に思わねぇの?」
「お前は“俺”だってさっき結論出てるしな。なぜ現れたかは、タイミング的に……壊れた時計を回したから、とかだろ」
圭太は淡々と話した。
驚いているのは少年の方だった。
「すげぇな。そんな非現実的な事、よく想像できたよね。しかも正解だし」
「なんでその非現実的な存在であるおまえが驚いてるんだよ」
「いやぁ、圭太の妄想力に頭が上がりません」
少年は目を丸くしてそう言った。
そんな少年の言葉を聞いて、圭太は疑問を持った。
「俺のこと“圭太”って呼んだけど、おまえも“圭太”なんだろ?」
「あぁうん、そうだよ」
「そうか、じゃあおまえのことは“時計くん”と呼ぶよ」
「待てよ、圭太! なんで、なんでそんなダサいネーミング!」
怒るところはそこなのか、とあきれながら、圭太は続けた。
「残念ながらこっちの世界では俺が“西森圭太”なので。よそ者のおまえは“時計くん”で十分だ」
「……別に、たまたま時計がきっかけで出てきたなんだけど」
不満そうな顔をする時計くんを見て、圭太は笑いそうになった。
「まぁいいや」
時計くんはさっきまでの会話の流れを忘れてしまったかのように、明るい表情に戻った。
「圭太は、なんでそんなに簡単に今の状況を受け入れちゃうわけ?」
俺なら騒ぎまくるけど、と付け加えながら先ほどと同じような質問をした。
「非現実的な事の方が、よっぽど現実的だからだよ。現実のめんどくさい出来事より、この状況の方が受け入れやすいだけだ」
当然のことのように言う圭太を、時計くんはぽかんと口を開けて見つめていた。
「ごめん、圭太! 俺バカだから意味わかんねぇ」
「俺は、おまえみたいに現実を楽しく謳歌してそうな奴とは違うってことだよ。ずっと現実逃避してると、現実よりフィクションの方が身近になってくるんだよな」
「画面の向こうがお友達、みたいなこと?」
「……意味わかってんじゃん」
似ても似つかない性格をした同じ顔に、圭太は見事に振り回されていた。
「想像はしてたけど、圭太の部屋って本とゲームに埋め尽くされてるのな」
時計くんは部屋を見渡しながらつぶやいた。
一周見渡すと、自分の部屋でくつろぐかのようにベッドに寝転んだ。
「“想像”って、おまえは俺のことを知っていたのか?」
「うーん。こっちの世界が現実で、俺がファンタジックな世界の住人だからね。もちろん現実世界の“圭太”の存在は感じてたよ」
「へぇ。俺はまったく時計くんの存在なんて感じたことも、考えたこともなかったけどな」
「それはここが現実だから仕方ないだろ。あと、いい加減“時計くん”っていうのやめねぇ?」
時計くんは、決まり文句のように言葉を返したが、圭太はそれをあえて流した。
「つまりおまえはパラレルワールドの住人なんだろ?」
「そうだよ」
「そのおまえが、俺が時計を回したくらいのことで簡単にこっちに来ていいのか?」
「別に簡単なことじゃねぇよ。一応理由があって、圭太が時計を回したのはきっかけにすぎないんだって」
急にまじめな返答をし始めた時計くんに、圭太は少し驚いた。
時計くんは両足を振り上げ、勢いよく立ち上がった。
「じゃあそろそろ本題に移ろうか」
時計くんは先ほどまでの子供っぽい表情とは違う、どこか裏のある表情をしてみせた。
「俺がこっちの世界で生きようと思う!」
即座に屈託のない笑顔に戻った時計くんは、圭太には理解できない言葉を投げかけた。
「え、でもおまえはパラレルワールドの――」
「そう、もともとはね。でもこの“圭太”はお前の理想形なんだよ」
時計くんは人差指で自分自身を指している。
「理想形だと? 勝手な事を言うなよ。お前みたいな軽そうな人間にはなりたくねぇ」
「じゃあおまえは望んでオタクなのか」
「それは……」
圭太は思わず口ごもった。
窓から強い光が差し込んでいる。
「くそ、時計止まってるじゃん」
日差しのまぶしさに耐えきれず、彼は左腕で目を覆った。
右手には止まってしまった時計が握られている。
高校に入って二回目の夏休み、8日目。
現在時刻は午後2時。
『おはよう』というにはあまりに遅い時間だ。
そんな時間にやっと目を覚ました彼、西森圭太(ニシモリ ケイタ)。
圭太の握りしめている目覚まし時計は、10時にセットされていた。
しかしその時計は、9時46分という時間を指したまま動いていない。
「もう2時か」
やっと頭も起きてきた圭太は、ゆっくり起き上がり携帯電話で時間を確認した。
「これだけ寝ると予定が狂うな」
圭太は口ではそう言っているが、実際彼に起きる気があったかどうかはわからない。
彼がベッドに入ったのは午前6時半。
そんな時間までゲームをしていて、早起きなどできるわけがないだろう。
「まぁいいか」
案の定、予定の修正をする気のない彼は、携帯電話を持って再びベッドに戻った。
携帯電話に手を伸ばした時にうっかり倒し、雪崩を起こした漫画と小説の山もそのままだ。
枕もとに携帯電話を置き、寝転んで壊れた時計を眺めてみる。
「時間の無駄遣い、半端ないな……」
そう言いながら、止まってる時計の針を逆回りに回しだした。
長身が何周も何周もするほど、圭太はねじを回した。
「なにやってんの、俺」
それにも飽き、携帯電話の横に無造作に時計を置く。
――ドンドン、ドンドン――
「ん?」
寝転んでいた圭太の耳元に、ガラスをたたく音が届いた。
――ドンドンドンドンドン、ドンドンドンドン――
「うっせーなぁ」
圭太が乱暴にカーテンを開けると、ベランダには明るい茶色の髪をした少年が立っていた。
「お、おまえ」
圭太は驚き、一瞬固まった。
『開けてー、ってか開けろー!』
ガラスの向こう側にいる少年の声で我に返り、思わず鍵を開けた。
冷静さを失っていたからではない。
普段ならそんな不用心な事はしないだろうが、圭太が安易に鍵を開けたのにはわけがあったのだ。
「ふあぁ、ありがと! あー本当にびっくりした。ベランダに出るとか、予想外過ぎるよな」
いかにもお調子者そうな少年が、当たり前のように圭太の部屋に入ってきた。
「お前、誰」
「さて、誰でしょうっ♪」
圭太は自分の中にある可能性を否定しようと、目の前にいる少年に尋ねた。
憂鬱な表情を浮かべる圭太に、少年は満面の笑顔を向けている。
長めの黒髪をかき上げながら、圭太は言った。
「おまえ、俺だろ」
「だいせーかい☆」
目を細めてにこりと笑った少年は、髪の色や服装を除くと、圭太とそっくりだった。
「でも、もうちょっと驚いてくれてもいいと思うんだけど?」
「あいにく『せっかくなら女の子がよかったなぁ』としか思わなかったよ」
「俺がベランダに出ちゃって慌ててたというのに、なんでおまえはそんなに冷静なんだよ」
表情の豊かな少年は、少しすねた様子だった。
向き合う圭太は気だるそうな表情を変えることはなかった。
「なぁ、圭太」
「あ?」
いつの間にか圭太のベッドに腰かけていた少年が呼びかける。
圭太はベッドと反対側にある椅子に座り、椅子の上であぐらをかいていた。
「おまえ、自分と顔のそっくりな奴がいきなり現れて、『こいつは何なんだ』とか『なぜ現れたんだ』とか、本当に思わねぇの?」
「お前は“俺”だってさっき結論出てるしな。なぜ現れたかは、タイミング的に……壊れた時計を回したから、とかだろ」
圭太は淡々と話した。
驚いているのは少年の方だった。
「すげぇな。そんな非現実的な事、よく想像できたよね。しかも正解だし」
「なんでその非現実的な存在であるおまえが驚いてるんだよ」
「いやぁ、圭太の妄想力に頭が上がりません」
少年は目を丸くしてそう言った。
そんな少年の言葉を聞いて、圭太は疑問を持った。
「俺のこと“圭太”って呼んだけど、おまえも“圭太”なんだろ?」
「あぁうん、そうだよ」
「そうか、じゃあおまえのことは“時計くん”と呼ぶよ」
「待てよ、圭太! なんで、なんでそんなダサいネーミング!」
怒るところはそこなのか、とあきれながら、圭太は続けた。
「残念ながらこっちの世界では俺が“西森圭太”なので。よそ者のおまえは“時計くん”で十分だ」
「……別に、たまたま時計がきっかけで出てきたなんだけど」
不満そうな顔をする時計くんを見て、圭太は笑いそうになった。
「まぁいいや」
時計くんはさっきまでの会話の流れを忘れてしまったかのように、明るい表情に戻った。
「圭太は、なんでそんなに簡単に今の状況を受け入れちゃうわけ?」
俺なら騒ぎまくるけど、と付け加えながら先ほどと同じような質問をした。
「非現実的な事の方が、よっぽど現実的だからだよ。現実のめんどくさい出来事より、この状況の方が受け入れやすいだけだ」
当然のことのように言う圭太を、時計くんはぽかんと口を開けて見つめていた。
「ごめん、圭太! 俺バカだから意味わかんねぇ」
「俺は、おまえみたいに現実を楽しく謳歌してそうな奴とは違うってことだよ。ずっと現実逃避してると、現実よりフィクションの方が身近になってくるんだよな」
「画面の向こうがお友達、みたいなこと?」
「……意味わかってんじゃん」
似ても似つかない性格をした同じ顔に、圭太は見事に振り回されていた。
「想像はしてたけど、圭太の部屋って本とゲームに埋め尽くされてるのな」
時計くんは部屋を見渡しながらつぶやいた。
一周見渡すと、自分の部屋でくつろぐかのようにベッドに寝転んだ。
「“想像”って、おまえは俺のことを知っていたのか?」
「うーん。こっちの世界が現実で、俺がファンタジックな世界の住人だからね。もちろん現実世界の“圭太”の存在は感じてたよ」
「へぇ。俺はまったく時計くんの存在なんて感じたことも、考えたこともなかったけどな」
「それはここが現実だから仕方ないだろ。あと、いい加減“時計くん”っていうのやめねぇ?」
時計くんは、決まり文句のように言葉を返したが、圭太はそれをあえて流した。
「つまりおまえはパラレルワールドの住人なんだろ?」
「そうだよ」
「そのおまえが、俺が時計を回したくらいのことで簡単にこっちに来ていいのか?」
「別に簡単なことじゃねぇよ。一応理由があって、圭太が時計を回したのはきっかけにすぎないんだって」
急にまじめな返答をし始めた時計くんに、圭太は少し驚いた。
時計くんは両足を振り上げ、勢いよく立ち上がった。
「じゃあそろそろ本題に移ろうか」
時計くんは先ほどまでの子供っぽい表情とは違う、どこか裏のある表情をしてみせた。
「俺がこっちの世界で生きようと思う!」
即座に屈託のない笑顔に戻った時計くんは、圭太には理解できない言葉を投げかけた。
「え、でもおまえはパラレルワールドの――」
「そう、もともとはね。でもこの“圭太”はお前の理想形なんだよ」
時計くんは人差指で自分自身を指している。
「理想形だと? 勝手な事を言うなよ。お前みたいな軽そうな人間にはなりたくねぇ」
「じゃあおまえは望んでオタクなのか」
「それは……」
圭太は思わず口ごもった。
作品名:Fantastic REAL 作家名:リクノ