ハーフボイルド・サンタクロース
五年。あっという間だったように思う。私はミスを犯した。おそらく粛正されるだろう。しかしそんなことはどうでも良かった。朝になり、少女が悲しむ姿を想像する。自分の無力さを呪う。何かプレゼントできるものはないかと、袋をもう一度見る。しかし、白い布地が見えるだけで、他には何もない。空っぽになった袋を投げ捨てようとして思いとどまる。
おそらく私の命は夜が明けるまでだ。目の前の少女は、カーテンから外をじっと見ている。私を待っているのだろう。本来ならば魔法で眠らせるのがルールだが、既にプレゼントを届けられる状態にはない。
決断。
空の袋にお菓子を詰め込めるだけ詰め込んで、魔法でソリの上から少女の部屋に移動する。
「メリークリスマス」
こんな台詞を言ったのは初めてだったが、それ以外に言うべき言葉も思いつかない。じっと窓の外を見ていた少女がこちらへと振り向く。息を呑むような表情。私を待っていたと思ったのだが、失敗したかもしれない。
「……サンタさん?」
「ああ、その通りだ。でも残念だが、君へのプレゼントをなくしてしまった」
警戒しているのか、怖がっているのだろう。距離をとったまま窓際にいる少女は、私の言葉に首をかしげた。
「本当にすまない。けれど、お菓子ならたくさん持ってきたぞ」
白い袋に詰まったお菓子を両手で掬って見せる。そろりそろりと近づいてきた少女は、お菓子には目もくれず、一気に私の足にしがみついてきた。
「空を走ってきたのね! 服がとても冷たい。トナカイの鼻は赤いの?」
まくし立てるように質問をしてくる。
「そうだね。空を走ってきた。トナカイの鼻は、赤いさ。あれがないと夜道に困るんだ」
「……少しお酒くさい?」
少女が怪訝な顔。飲んだのだから、酒臭いに決まっている。
「サンタはお酒が大好きなんだ」
ファミリーの全員が酒好きというわけではないが、私に限って言えばそうなので、そう答えた。
「おヒゲはないの?」
「今年は剃ってきた。あったほうが良かったかな?」
「ううん、サンタはサンタだもの」
クリスマス以外はどうしているのかとか、世界でサンタは一人なのかなどと聞いて売るから、答えられる範囲で答える。子供の夢を壊さない程度に。ああ、でも酒の匂いで、既に夢を壊している気がする。
「さて、そろそろ時間だ。もう真夜中だ。このお菓子は全部君にあげよう。でも一度に全部食べちゃいけないよ?」
とても寂しそうな顔だが、いつまでもここにいるわけには行かない。早く戻って、処分を受けなければならない。プレゼントを届けられなかったサンタに待っているのは、粛正だ。
「来年も来てくれる?」
「良い子にしていたらね。良いクリスマスを」
その言葉を最後に、私はトナカイの元へと戻った。
トナカイを戻し別れを告げる。普段着に着替え、いつもの車に乗る。
明け方近くに、ようやくボスの館へと到着した。護衛の者たちが、私の顔を見ると、扉を開けた。ボスの部屋まで案内される。
紫煙を燻らせながら、深々と椅子に腰掛け、こちらに背を向けるボス。
「私のミスにより、ファミリーの掟を破ることになりました。規則に従い、処分を」
沈黙。椅子が回転し、ボスの顔が見えた。鋭い眼光は、五年前と変わらない。
「何の話だ?」
耳がおかしくなったのかと思った。既に私の失敗は、伝わっているに違いない。そして隠し通せるものではないことも知っている。
「ターゲットに届けるべきブツを、途中で紛失しました」
「そんな報告は受けていない」
我々は常に監視されている。だから、知らないということはないはずだった。
「しかし私は、確かに最後に渡すべきそれをなくしたのです」
「──ああ、そのことか。説明が足りなかったな。珍しいんだが時々いるんだ。物を欲しがるのではなく、形のないものを願うターゲットが」
形のないもの。愛や命と言ったものの取扱いは固く禁じられている。
「君の管轄の、百十六番目のターゲットが望んだものは、サンタに会うということだ。君は、彼女の目の前に姿を表し、お菓子を手渡し、話しをして、戻ってきた。君は百十六名全てのターゲットに、滞りなく確実に、夢を与えた。我々の掟に従う限り、何人も君を粛正することはできん。それに君がいなければ、誰が来年の彼女の望みを叶えると言うのだ」
話は終わりだと言わんばかりに、ボスは再び私に背を向けた。ボスの館を出る。雪は止み、東の空が明るくなり始めていた。
私はサンタクロース。今のところはまだ、子供に夢を与え続ける存在でいられそうだ。
作品名:ハーフボイルド・サンタクロース 作家名:小日向散歩