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わたし以外みんな異世界行ったのでどうにかする

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「なんだ、騒がしいと思ったら。また奴か」
「今度はなんだね。ファントムが舞台で稽古をしていたとでも?」
 すっかりファントムの存在に慣れた彼らは余裕を見せてのこのこ事の後に現れる始末だった。真夜中の騒ぎは肉体労働の後の老体には堪えると、騒ぎを人事のようにどっかりと椅子に座って休んでいる。
「まさか。奴のおぞましい顔なんぞ、客に見せられませんよ。それこそ仮面で隠さなくては!」
「いや、まったくだ!」
 からからと夜中のテンションで笑う老人たちに、若手は苛立ちを隠さない。
「笑い事ではありませんよ!もしあの化け物が何かしてきたら……やはり退治しましょう!何かあってからでは遅いんです!」
「そうですよ!踊り子たちもびびって一人でトイレにも行けやしねぇ!」
 軽口をたたいた男は、踊り子たちから情熱的な蹴りの洗礼を受けた。
「デリカシーがない!でも退治するのはあたしたちも賛成よ」
「団員がさらわれたって噂もあるし……」
「それは稽古と賃金の額が嫌になって、夜中に逃げ出したんじゃろう」
 子供がお化けを見たという子供を相手にするように、老人たちは笑う。
「でも!見習いの小さい子なんて、すっかり怯えてて……可哀想だわ」
 年配の女性は、傍に居た不安そうな顔をした子供たちの頭を撫でてやりながら言う。
「そうよね。私も昔は怖かったわよ」
「だいたい、あんな訳の分からないを放っておいて良いのか?今まで大きな被害こそないが、、これからもそうとは限らない。舞台や大道具に悪戯でもされたら洒落にならないぞ!」
 そうだそうだと一人また一人と賛同者が増える。
「あんな奴居たら、安心して仕事もできないわ」
「ファントムを倒しましょう!劇団員が一致団結すれば、きっと……」
「そうだ!」
「――それはならん!!」
 古参の劇団員が声を張り上げた。いつものどこか適当でふざけた雰囲気は微塵もない。
「それだけは、ならんのだ!」
 彼の一喝で、水を打ったようにホールは静まり返った。
「き、急にどうしたんです?」
「奴には手を出すな。こちらが何もせず、いつも通り働けばやつは何もしない。それは長年ここで働くワシらがよぉく知っている。今日のことは忘れるんだ。――いいな?」
 誰もが釈然としないまま、しかし老人の威圧感に押されて押し黙り、頷いた。


 舞台から追われた怪人は、オペラ座の屋根の上で誰にも見られることなく佇んでいた。それでも念を入れて、夜闇になじむ深い藍色の布ですっぽりと体を隠している。
 そうまでして彼が見ているのは、彼の姿を見つけようと常世を照らす月だった。この世界の夜は暗く、星は明るい。仮面の奥、ファントムの瞳に美しい空の姿が映る。
「君はよく不思議だといっていたね。この世界の月は今日もまんまるだよ」
 満ちも欠けもせず、時計台の上から動かない月は現世とは全く違う。これは太陽にも同じことが言えた。
「ねえ、君が愛した世界は今日も綺麗だよ。君はもう大人になってしまったのかな……だから僕のことを忘れてしまったのかい?……仕方ない。それだけの時間が経ったから」
 常世で生まれ育ち、本来知るはずのないこの知識をファントムに授けた人物。その者こそ、彼の求める天使だった。
「一目会うだけでもいい。そのためなら僕は、どんな罰でも受けよう。だから、どうか……お願いだよ。僕は、さみしいんだ」
 ――さみしい、さみしい。
「君と生きたかった。この化け物を友達だと言ってくれた、君の役に立ちたかったんだよ――菜摘」
 突如現れ、数年前に姿を消した彼の天使。再会を夢見て、ファントムは目を閉じた。そして天使の無事と幸福を彼は今日も祈る。