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わたし以外みんな異世界行ったのでどうにかする

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第4話 ドーナッツをかじった世界 そのオペラ座より



 射手座 切り立った崖に続く町 西

「エンジェル様、エンジェル様。お帰り下さい」
 ペンが出口らしい場所に至り、エンジェル様とやらは帰った――らしい。彩香とマリはほっと力を抜いた。
「ねえ~、あんた止めときなよ、こんな危ない遊びさぁ。本当に祟られでもしたら、シャレんなんないって、マジで」
「あら。祟りと違うのよ、呪いは」
「似たようなモンでしょーが……。もっと楽しいことやろうよ!爽やかにスポーツとか!バドミントン……は一人じゃできないわね。そうだ!海も近いし、ボードなんていいんじゃない?」
 返事の変わりに返ってきたのは、ニタリという表現がぴったりの不気味な笑みだ。
 ――あ、危ない奴ぅ……。
 そうは思うものの、彼女なしにこの世界でやっていける自信が彩香にはない。誰に話しかけても、ここの人間はまともに相手にしてくれない。しかしオカルト好きが祟って友人が居ないというマリだけは、異人――現世から来た人間の彩香を同じ人間として扱ってくれた。悪い人間ではないのだ。きっと、多分、希望的観測から言えば。
「天使といえば、今オペラ座で天使と悪魔が出てくる演目をやっているのよ。それが凄く評判がいいんですって。一度行ってみたいわ、オペラ座」
「オペラ座ってそんなに射手座から遠いの?えーと、射手座の前の星座は……射手座が冬生まれだから秋生まれ?あれ、射手座って何月生まれだっけ?」

 この世界の地図をマリは彩香に見せているが、再び地図を広げてやった。
「もう、前に一度見せたじゃない。ほら、これ」
「いやいやいや、一度じゃ覚えられないって!」
 常世はドーナッツ型に集まった群島で、まさにかじり取られたように北西部分だけが欠けている。ドーナッツの穴の真ん中は海だが、そこには天に届くほど巨大な時計台がそびえ立つ。それがこの世界の中心だ。
 時計台を中心としてホールケーキを切り分けるように12等分に分けられ、それぞれの領域には星座の名前がつけられていた。時計に例えて12時の方角の領域を北とすると、12時の方角から牡羊座、後は時計回りに1時牡牛座、2時双子座、3時蟹座、4時獅子座、5時乙女座、6時天秤座、7時蠍座、8時射手座、9時山羊座、10時水瓶座、11時魚座。そして牡羊座へと続き、一周する。
 つまりここ、『射手座 切り立った崖に続く町 西』とは、時計台から西南の方角にある町の西ということになるのだった。

「……ねえ、彩香お姉ちゃん。オペラ座がオペラとかをやる建物の名前ってことは知ってるよね?」
「えっ、そうなの!?……あ~、そっか!だから『オペラ座の怪人』っていうのね!謎が一つ解けたわ!あたし超頭いいかも!」
 オペラ座は星座だと思いこんできた彩香は、新たな仮説に到達した。マリは呆れ顔で地図をしまう。
「オペラ座の怪人は知ってるくせに、オペラ座自体について知らないのね!変なの!異人って皆そうなの?」
「まあまあまあ、細かいことはなんでもいーっしょ!それより、オペラ座があるってことは、その怪人――ファントムっていうんだっけ?それも実在するの?」
「もちろん居るわ!目撃談もそれは山ほどあるんだから!オペラ座に現れる謎の男!隠されたその素顔は見たこともないほどおぞましいんですって。一度は見てみたいわよね……」
「そ、そうね。一度くらいならね……二度はいいわ」
 マリはほうと恋する乙女のように溜息をつくが、その気持ちは彩香には理解できなかった。持ち前のオカルトオタク気質に加え、怖いもの見たさが加わっているのかもしれない。
「ねえマリ、まさかオペラ座に行きたい理由って……」
「もちろんファントムの顔を見るのが最優先だけど?」
 彩香はこの小さい子の将来がますます心配になった。
「でもね、その演目をすごーく見たいのも本当。とっても面白そうなの。とってもとってもとってもとってもよ!題目は『天使と仮面の男』」
 マリはあらすじを語りだした。

 あるところに化け物のように醜い顔をした男がいた。彼は顔の所為で幼い頃からいつも理不尽な酷い仕打ちをうけてきた。それを隠すように仮面をつけることにしたが、顔を見て悲鳴を上げられることはなくなるものの、仮面をつける前と変わらぬ生活を送っていた。
 信仰深い男は毎日神に祈りを捧げる。しかしある時から、醜い自分を受け入れ愛してくれる存在が現れることを祈るようになった。そしてついに祈りが届き、彼の前に一人の天使が現れる。天使は男に無償の愛を与えた。男は幸福で胸を満たされ、男も天使を愛した。
 ところが無情にも、臭いを嗅ぎ付けた悪魔によって、天使は喰われてしまう。絶望した男は、天使の後を追って死んでしまう。救いのない悲劇だ。

 しかし観劇を熱望する理由はこれだけではないとマリは語る。この脚本は、劇場に落ちていた日記に書いてある出来事に多少スパイスを効かせたものなのだという。そしてその日記の持ち主こそがオペラ座の怪人に違いない。マリはそう力説する。
「だって日記を普段持ち歩くことなんてまずないわ。観劇の時に日記を持って行った上に落とすなんて馬鹿が居る?つまり劇場に住み着いている人物。しかも仮面と醜い顔とくれば――ファントムしかいないわ。今もオペラ座にいるらしいから、天使が現れたところ以降は創作だと思うけれど」
「まっさかー。だって、ファントムって悪い奴なんでしょ?怪人が天使や神様に祈ったりなんかする?」
 子供の夢を壊すようで、劇場がわざとながした演出のための噂ではないかというのは憚られた。
「そうなの?マリは実物に会ったことがないから知らないわ。それに世の中広いもの。居るかもしれないじゃない、神様に祈る怪人も――もしかしたら、一人くらい」



 深夜のオペラ座

 眠れずお茶でも飲もうとしていた踊り子の女性は、誰もいないはずの舞台から人の声を聞く。仲間の誰かが人の目を盗んで秘密特訓、という訳ではなさそうだ。最近は新しい演目の大ヒットでなかなかの収入が入っている。夜中に曲者が入り込んで売り上げを盗もうとしてもなんら不思議はない。
 仲間を起こし、屈強な用心棒たちや裏方の男たちと共に、それぞれ武器を持って現場へと向かう。全ての出入り口をふさぐように人員を配置し、息を殺し、足音を潜め、慎重に劇場の扉を開く。
 侵入者と思われる人影は堂々と舞台の上に立っていた。演目上の問題で、舞台にはセットがそのままになっている。祈りの形を取るその人物は、まるで演目の登場人物の仮面の男のようだ。暗がりでよく分からないが、その人影も仮面をつけているように見える。
「天使……」
 一人の黒い影が祈りの言葉のように呟いた。天使の描かれたステンドグラスを見上げて、その天使に謎の人物は語りかける。
「僕の天使。どうか姿を現しておくれ……」
「――そこに居るのは誰だ!?」
 劇団の仲間のランプが影の正体を照らし出す。女性の絹を裂くような悲鳴が劇場に響き渡った。直後、まるで手品のようにファントムの姿は消える。しかし劇団一行の興奮は覚めやらない。
「ファントムだ!!」
「ファントムが出たぞー!」
「やっぱりここには居るんだ、化け物が!」
 若手の団員が騒ぐ中、古参のメンバーが現れる。