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わたし以外みんな異世界行ったのでどうにかする

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第3話 人喰い鬼と少女菜摘



  あぶくたった にえたった にえたか どうだか たべてみよう
  むしゃ むしゃ むしゃ まだ にえない
  あぶくたった にえたった にえたか どうだか たべてみよう
  むしゃ むしゃ むしゃ もう にえた
  とだなにいれて かぎをかけて ガチャガチャガチャ  ごはんをたべて ムシャムシャムシャ
  おふろにはいって ゴシゴシゴシ  ふとんをしいて ねましょ

  「トントントン」  なんの おと?  「かぜの おと」  あ~ よかった
  「トントントン」  なんの おと?  「おばけの おと」  キャー!
  (童謡『あぶくたった』より)

「人喰い鬼ぃ!?」
 仙台市内にある共学校の学生服を着た少女は身をのけぞらせた。屋根裏は人が住むために作られていない。大工が置き去りにした余った建材や工具は、暴れた少女によって足蹴にされた。
「ペンを離さないで!!紙から離してもダメッ!!エンジェル様に呪われるわよ!」
「ヒッ!!」
 子供特有の高い声に指摘されて、少女は反射的にペンを握り締めてペン先を紙に押し付けた。
 遥かに年上の少女を制したのは5歳程の幼い女の子で、少女と一本のペンを持っている。しばらく二人で身を硬くして周囲の様子を伺っていたが、少女がかくまわれているこの屋根裏には何も起きない。どうやら災いからは免れたのだろう。どちらともなく判断し、仲良く二人は脱力する。もちろんペンをしっかり持ち、その先をしっかりと紙に当てたまま。
 やっと人心地ついた少女は、学生服のスカートの乱れも気にせずに身を乗り出す。
「ね、マジで?ここ、鬼とか居るの?……ひょっとして、お化けも!?」
 幼い子は神妙な顔で頷いた。
「決まってるじゃない。もちろん、いるわ。いっぱい、いっぱいいっぱいよ。マリが生まれるずっと昔にはね、とっても怖い狐の化け物が大暴れしたって伝説もあるわ。そのせいで常世がハメツ寸前まで追い詰められたって」
「……じゃあ今呼び出してるエンジェル様も本物!?」
 先ほどはつい反射的に従ってしまったが、てっきりただのオカルト遊びだと思っていた少女は顔を青くする。しかしマリは首を横に振った。
「本物のエンジェル様がやってくることはあんまりないんだって。だから本当のことを教えてくれる時もあるけど、わざと嘘をいう悪いやつも居るみたい」
 では本物のエンジェル様と本物ではないエンジェル様とは一体何者かという話だが、これ以上話を掘り下げると一人で寝れなくなる――そう考えた少女は話題を変えた。
「それで、ここに人喰い鬼が居るってマジなの?マジもんなの?」
「そうよ」
 不気味な笑顔を見せて、しっかりとマリは頷く。
「マリたち、ハメツなの。ヒトクイオニっていうこわーい化け物のせいで、この世界はハメツなのよ。彩香お姉ちゃん、ヒトクイオニのこと知りたい?エンジェル様に聞いてみる?」
 ペンの下にはこっくりさんの時に使う、手書きの五十音表のような紙が敷いてある。彩香は激しく首を振って断った。時々嘘をつくらしいエンジェル様よりも、このマリという小さな少女から話を聴いた方が確実だし、早い。何よりエンジェル様が今更ながら怖かった。
「ヒトクイオニはね、人間がご飯なの。これから世界をハメツにするから、栄養をつけなくちゃいけないんだって。だから、たくさん食べないといけないの。そのために現世から異人さんをたくさん連れてきたんだって。ここの人間より、異人さんのほうが好きなのかしら。鬼も好き嫌いがあるのね。マリも野菜より、お肉の方が好きなのよ」
「あ~、あたしも断然、肉派……いや、あたしも肉は好きだけど……」
 笑って話せる内容ではない。笑顔を引きつらせつつ、彩香は話を続ける。
「じゃあ、そのー……あたしたちはその鬼のせいで、この世界に連れてこられたの?食べられる、ために?」
「そうよ、ハメツなの!」
「…………いやーん」
 きっとハメツという言葉を覚えたばかりなのだろう。新しい言葉を使えることが嬉しくて仕方ないらしいマリは、顔を輝かせて残酷な結論を告げる。声色からも不の感情は一切読み取れなかった。マリにうろたえる彩香の様子は退屈だったようで、気遣いを知らない子供は早く続きを始めようととせがむ。
「ちょちょ、ちょっと待って!それじゃあ……ちょっと、待って。落ち着かせて。今更、根本的な問題すぎるのは分かってるけど、気持ちの整理がつかないわ……」
 彩香は懸命にオカルト好きの少女のご機嫌を取って、最重要事項を最後にもう一度だけ確認した。一つ深呼吸してから、表情を引き締めて彩香は尋ねる。ここは本当に異世界なのかと。



 射手座 そびえ立つビルの森 東

 そう油性ペンで書かれた金属プレートを見つめて、少女は困惑した表情を浮かべた。電柱に針金でくくりつけられた住所プレートを見つめる姿はどう見ても迷子。しかし通りがかる人間の誰もが彼女の存在を無視した。
「ここもなのね……」
 この意味不明の文字並びが住所だと気づくことができたのは、その鉄板が住所案内のテンプレートだったからに過ぎない。マジックの文字の前後に『ここは』『です』とプリントされている。他に『射手座 そびえ立つビルの森 東南』のプレートを見つけている。どこも人はいるものの、誰に話しかけても苦い顔をされて逃げられる。この地に迷い込み、足が痛くなるまでさまよって出せた成果はそれだけだった。

 仙台駅近くにあるデパート、フォーラスの地下にある時遊館は学生に人気のあるカラオケ店の一つだ。フリータイムも終わり解散となったので、少女は友人と別れ、広瀬通から仙台駅前バスプールまで歩いて向かおうとしていた。
 しかし彼女――佐藤菜摘は、気づいたときには知らない場所を歩いていた。突然視界が歪んだとか、足元の地面がなくなってそこから落ちたとか、謎の光に包まれたとか、トンネルを抜けたとか、そういった前触れは何もない。それどころか何の違和感もなく、菜摘はここへ来ていた。町並みの雰囲気は違うものの、一見、駅前にありえない風景ではない。だから最初は道に迷ったのだと思い込んでいた。
 何かがおかしいと気づいたのは、夜が昼になった時だ。まるで照明のスイッチを切り替えたかのように、世界は明るく照らされる。その謎の答えを与えてくれるものはここにはない。

 本屋かどこかで知識を収集すればいい。そう思い当たったときには、菜摘は精魂尽き果てていた。住所プレートを探し歩くなどと非効率的な方法をわざわざ選んだことが悔やまれる。もっと早く気づくことができれば良かったのだが、町全体に拒絶されるような見えない力に、それ以上耐えられなかった。
 逃げるように郊外と思わしき方向へと進んでいくと、場の雰囲気が変わる。高層ビルは姿を消し、視界が開ける。
 目の前に広がる緑の森。遠くで日を浴びて輝くのは地に溜まる広大な水たまり。遠すぎて潮の匂いを確認できないが、恐らく海なのだろう。海岸の辺りは確認できない。住宅街と思われる民家の集合地域が邪魔をして、ちょうど見えないアングルの場所に菜摘はいた。
「素敵なところね。テレビで見た、海の見える丘公園みたい」