政府公認秘密機構「なんでもや」。
出会い
「お。気がついたか?」
ぼんやりと目を開けると、そこに見知らぬ天井が見えた。
「大丈夫かぁ?」
天井に続いて見えたのは茶色い髪の大男。
「っうわっ」
ボクはその姿に驚いて飛びのいた。
「おいおい。命の恩人にそんな態度はないだろうよ。お兄さん悲しくて泣いちゃうよ?」
茶色い髪の男がにっかりと笑う。
黒く焼けた肌に白い歯が印象的だ。
「何がお兄さんだ。馬鹿かお前は」
目の前の男に目を白黒させていると、窓際から違う声が聞こえてきた。
ボクは恐る恐る声のほうを見ると、こちらは大男とは正反対、真っ白な肌に金髪の長身の男が窓によりかかり新聞を読んでいる。
「なんだよっ!俺はな、お前と違ってまだ若いんだよ。なんだよ新聞なんて、見たまんまオッサンだな」
茶髪の男が金髪の男に悪態をつく。
「ふん。無能にそんなことを言われる筋合いはない」
茶髪の悪態に金髪もまた言い返す。
「なんだとてめぇ。誰が無能だと?」
「無能に無能と言って何が悪い。俺は間違ったことをいった覚えはないがな」
「てめぇ」
茶髪の男が金髪の男につかみかかろうとしたそのとき、ボクは恐る恐る聞いてみた。
「あのぉ…」
取っ組み合いの喧嘩でもしそうな2人が、驚いてこちらを振り返る。
「あの…ボク、状況が飲み込めてないんですけど…」
オンボロのビル。
室内は机が2台と、それからその上には今の時代、逆に女の子ウケしそうなレトロな黒電話。
クーラーは効いているのかいないのかよくわからないが、窓が開いているためにそよぐ風が気持ちいい。
窓辺の風鈴がチリンと一つ音を奏でる。
「あ…あぁ。そうだったな。自己紹介がまだだった。俺は瀬戸貴生。一応ここの副所長。で、コイツが神 春人て言って、ここの所長なんだなぁ。こんなんでも一応」
茶髪の男が、また白い歯を見せて笑いながら自己紹介を始めた。
神 春人と言われた金髪の男は、ワイシャツのポケットからタバコを取り出し、一本くわえた。
火をつけ、白い息を噴出す。
その姿は、同姓から見ても絵になるという言葉が似合うほどで、切れ長の目、通った鼻、硬く閉ざされたような唇は、まるでどこかの国のプリンセスかはたまた彫刻か。
そのくらい「綺麗」という言葉が当てはまるようないでたちだ。
「セト タカオさんとジン ハルトさん…」
ボクは金髪のジンさんに見とれたまま、告げられた名前を繰り返した。
「そ。ジンて字は神様の神ってことで通称ゴッド。まぁゴッドって顔には見えねえけどなぁ?タバコふかして新聞読んでる姿なんてどうみてもただのオッサンだろ」
茶髪の男がカラカラと笑ってみせる。
「うるせぇ。カッパ、沈めるぞ」
「誰がカッパだ!ふざけんのもいい加減にしろよ(怒)」
再びつかみあいの喧嘩になりそうになり、今度のボクはなぜかあたふたしてしまう。
なんなんだろうこの雰囲気って。
「あ、あの、お2人の名前はわかりました。神さんと瀬戸さんですね」
ボクは2人を止めようと半ば怒鳴ったような声をあげた。
2人は驚き、ボクを振り返る。
そんなボクにバツが悪そうな顔をした神さんが気を取り直すように大きな咳払いを1つして椅子にかけた。
古い事務椅子は錆びかかっているのか、小さい音を立てて神さんを受け入れた。
それから神さんは机の上にどっかりと足を投げ出し再び新聞をめくりはじめる。
両手で広げた新聞で彼の顔は見えてはいないが、ややもしてタバコの臭いと煙が部屋中に充満し始めた。
「で?俺らは自己紹介したけどお前は?」
茶髪の男― 瀬戸さんがボクに顔を近づける。
しっかりと鍛えあげられた筋肉。
日に焼けた黒い肌に白い歯とそれからランニングシャツがよく似合う。
「なんで自殺なんかしようとしたんだよ。母ちゃんが泣くぜ??」
自殺?
瀬戸さんの口から出た言葉にボクは目を丸くした。
「自殺…って…」
考えたこともなかった。
確かにあの家から逃げ出したいと思ったことはある。
けれど、自殺なんてそんなたいそうなこと考えたことなどなかった。
「死んだらラクになれるのかな?」
そうしたらあの家族は喜んでくれるのかな?
ボクが死んで悲しむ人なんか誰もいない。。
落ち着いてそんなことを考えたら涙があふれた。
ボクには誰もいない。
こみ上げる嗚咽を止めることができなかった。
しゃくりあげ咽び返るボクを見て瀬戸さんがオロオロし始めた。
「別に泣かせるつもりじゃ…」
慌てふためく瀬戸さんに「スミマセン」と言いたい気持ちはあるものの、声にならずただ嗚咽をあげるだけのボクに、瀬戸さんも泣きそうになった。
「バカか」
そんなボクら2人に、冷静に言葉を投げたのは神さんだった。
「くだらねえ」
神さんは読んでいた新聞を机の上に放り投げると、椅子から立ち上がり、ボクへ向かってまっすぐと歩き出した。
「聖書にこういう言葉がある”求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。すべて求める者は得、捜す者は見いだし、門をたたく者はあけてもらえるからである”」
神さんは言いながらボクの前まで来て、そうしてじっとボクを見つめた。
「何があったか知らねぇが、自分でたいして何かしたわけでもないのに、簡単に死ぬなんてこと言いやがって」
神さんは突然ボクの胸倉をつかみあげた。
「自分で何かしようとしたのか?自分で探したのか?自分で求めたのか?何もしていないくせに死にたいなんて勝手なことを…」
神さんは奥歯をかみ締めたまま、ボクを壁に押し付ける。
ボクの嗚咽はピタリととまり、逆に彼の綺麗な顔に恐怖を感じた。
「ゴッドやめろ!」
慌てた瀬戸さんが、神さんをボクから剥がすように遠ざける。
「…ボク…自殺なんて考えてなくて…ただ…空を見てて…」
そう。
死のうなんて考えたわけじゃない。
ただ、空の青色が本当に綺麗で、温かくて。
その中にずっと包まれていたいと思っただけ。
「温かくて、ずっとそこにいたいと思っただけで…」
胸が詰まって声が出ない。
なんでだろう。
怒られた、怒鳴られたのに嬉しく感じる。
誰かがボクのために―
それが嬉しくてまた涙が溢れ出した。
「ま、まぁ自殺じゃなかったみいだし?いいじゃねぇか。ほら俺様のこの強力な腕のおかげで助かったわけだし。な?」
重苦しい空気を、なんとか払拭しようと、瀬戸さんがボクに笑いかけてくれる。
「だけどまぁ、自殺じゃなかったにせよ、お前のその服、ずいぶんとくたびれてるなぁ?いったいどんな生活してたんだよ?」
笑顔を取り戻しかけたボクのほほが、その言葉に反応した。
どんな生活…
「それは…」
言葉がうまく出てこない。
本当のことを話してしまったら、警察に連絡されてしまう?
そうなったら母親が迎えに来て、そうしてまた同じ生活に戻るのか?
「あの…ボク…」
帰りたくない。
あの場所にはもう…
「言いたくないことは言わなくていい」
2本目のタバコに火をつけながら、神さんが小さくつぶやいた。
「だけどよ、名前くらいは…知らないと呼べねぇだろ?」
逃げ道を作ってくれた神さんの言葉に、瀬戸さんが少し唇を突き出した。
「あ、名前は亮…」
名前くらいはいいかと思い、名前を告げようとした瞬間だった。
「伏せろ!」
作品名:政府公認秘密機構「なんでもや」。 作家名:遊佐 はな