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やさしいこもりうた

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古い歌を教えてあげましょう。

 そう祖母が言ったのは随分昔の話で、大人になった私は歌の響きも内容もほとんど忘れてしまっていた。その祖母も去年他界し、今となっては恐らく私の周囲にその歌を知る人はいない。ただひとつ覚えているのはその歌の中にマリアという少女が出てきたことだけで、その少女が何をしたのか、どんな少女なのかは覚えていないのだった。ただ、その名だけが頭の中に住み着いていた。
 どうしてそんな古い歌を思い出したのかというと、それは今朝出会った少女に由来する。彼女は自身をマリアと名乗った。長い銀の髪を持った、白い肌の少女だった。

 朝、私はいつものように無機質な電子音で目覚め、いつものようにトーストとコーヒーの朝食をとった。何も変哲のない社会人の平日である。そしてこれもまたいつものように家を出て、駅までの道を歩き出した。
 こっちの道から行ってみよう。
今日に限ってそんなことを思ったのは、単なる気まぐれに過ぎなかった。もしかしたら彼女がそう導いたのかもしれないし、そういった力を持っていても不思議ではない。真相はどうであれ、そんな優柔な理由で、その日私はいつも真っ直ぐ行く道を左に折れたのだった。


知っている道ではないと気づいたのは、しばらく経ってからのことである。普段は歩かない道だけあって最初は違和感程度にしか感じなかった。しかし、見たことのない公園に辿り着いたところで、どうやら本当に知らない場所に辿り着いたらしいと自覚したのだ。
「あれ……どこだろうここ」
 疑問を音にするといよいよこの事態に混乱してきて、私はぐるりと公園内を見渡す。それなりに長く生活しているこの街に、こんな公園があることは知らないし、造られたという話も聞いていなかった。綺麗ではあるが、昔から存在していたという貫禄がある。四方にはざわめく木々が連なり、前方に一本続く遊歩道があるのみで遊具は見当たらない。そして人も誰一人としていなかった。

不思議な空間に身をおいて、既に仕事という存在は頭からすっかり抜け落ちていた。
興味に引かれるまま遊歩道を進む。ざり、と土を蹴る音以外には人工的な音はない。郊外といっても都会の一角であるのだから自動車の音ぐらいしてもいいものだろうに、それもない。都会という世界から断絶されている場所があるとしたら、まさに此処のことだと私は思った。
作品名:やさしいこもりうた 作家名:nonaka