The Over The Paradise Peak...
もう一機は密林の地雷原のど真ん中で立ち往生。機動歩兵の対物ライフルによる十字砲火を浴びて伏せている。
脅威判定は高いが――射撃の合間を縫って移動しようとところを、更に別の方向からの攻撃を受けバランスを崩した。
駆けつけてきた味方のスリーメンズのチームが、倒れているアーマーに向けて携帯ミサイルを発射。
それで終わりだった。
装甲歩兵だろうが多脚戦闘機だろうが、近代戦では移動出来ない状態で自分の位置を暴露した者から倒されてゆくのだ。
……残りは一機。
無線封止を解除したためだろう、敵パイロットはどうやら指揮車両のホバーを発見したらしい。
敵装甲歩兵が、全速力で正樹が隠れている方へと向かってくる。
距離二一七
どんどん距離が詰まる。
米国製の旧式アーマーだが、パワーも防御力も向こうが上。
一撃で倒さなくては正樹の方が危ない。
機体のリコメンドは対物ミサイル。もしくは対物ライフルによる三点連射。
距離一三二
熱源反応がいきなり数百倍にも跳ね上がり、敵アーマーがさらに加速。
つまりターボファンエンジンのアフターバーナーに点火したのだ。
移動中に動力を使い過ぎたのか?
それともこちらにはアーマーが居ないと思ったのか?
ミサイルによるリコメンドが消えた。
距離四〇
正樹は癖になっている残動力の確認。
戦術コンピューターのリコメンド(装甲歩兵用アサルトライフルによる掃射)を無視して、背中のクレイモア(※1)を選択する。
警告表示を無視。
距離一〇
密林の下生えを透かして、排気炎の明かりに浮かび上がる黒い影。
見えたっ! 二時方向!
左手の姿勢制御で起き上がり、親指でブーストを選択、右の前進ペダルを踏み込み、両足のフックを僅かに引き上げつつ、同時にラダーを右に押し気味で右に旋回――。
機体は偽装ネットをそのままに、ブーストをかけて一瞬で接近する。
敵パイロットに残された反応時間は一秒以下。
胴体部分に照準を合わせたまま、右手のトリガー。ペダルはベタ踏みのまま、ラダーをめい一杯左に押し込む。
――機体のオートバランサーは正樹の狙い通り、完璧なタイミングで左足を踏み出し、残した右足から腰椎ユニットを軸に、凄まじい勢いで機体を回転させて、両手で握ったクレイモアを振り回す。
その先端部からは、鞭を鳴らした時のような音――!
一瞬で音速を超えたクレイモアの先端部は、その速度と質量を炭素分子にしてわずか一個分の幅に集中させ、高速・高圧状態の微少世界において全く違った物理的振る舞いを見せる装甲に対し、過剰なまでの運動エネルギーを熱と衝撃に変えて開放する。
ほとんど一切の抵抗なくその先端を潜り込ませた単分子炭素ブレードは、僅かな加速度の変化と共に砕け散り、その後をタングステン合金の刃が熱に変化しつつある運動エネルギーでその身を溶かしつつ、まるでプリンを砂糖細工のスプーンで切り裂くようにして破壊してゆく。
もちろん人に知覚可能な事象といえば二つだけだ。
衝撃と破壊音。
クレイモアを振り抜きざまにすれ違い、同時にペダルもラダーもニュートラルに戻し、左手の姿勢制御を親指で切り替えて――伏せる。
機体が伏せた時の衝撃に、ベルトが身体に食い込む。その痛みに、思わず舌打ちを漏らす正樹。
新型のボディアーマーが柔らか過ぎるのだ。
バックモニターには、右腕ごと胴体部分の三分の二近くを叩き斬られた、敵アーマーの残骸が見えた。
パイロットは恐らく即死だろう。
動力は停止し、凄まじい勢いで圧搾空気が漏れ出しているが、導管の破損時に時折発生する爆発は無かった。
息をつく間もなくラダーを引き上げ、姿勢制御バーを引いて中腰にする。
熱源探知。
一番近い敵に向けて移動開始。
途中までは自動操縦のNOE(※2)――と言っても今は飛行はしていない――で木々の隙間をすり抜けてゆく。
乗馬するよりなお強烈な、激しい上下左右の運動と、変化しつづける加速度に耐えつつ、合間に可能な限りの敵状を把握する。
一応それなりの隊列を作っていたはずの敵は大混乱だった。どうやら指揮系統も滅茶苦茶になっているらしく、戦闘部隊としては完全に崩壊している。
それに対し正樹達は未だに綺麗な弧を描いて布陣しており、地雷原の中に取り残された敵部隊を、十字砲火によってどこか遠くにあるとされる地獄(もしくは天国)へと叩き込み続けている。
右翼にいた味方の軽アーマーが突入して敵の隊列のど真ん中に殴りこみ、派手に暴れまわっているらしいのが確認出来る。
完全に戦意を喪失している敵部隊は、その動きに追われて左翼前方の地雷原に追い込まれつつあり、その後方へは左翼の軽アーマーが移動している。
もちろん両翼に展開していた歩兵部隊が、袋の先をすぼめてゆくようにして前進を開始している。
本当なら後退を開始している敵の追撃を行いたい所ではあるが、地雷を敷設してあっては味方の追従が期待できない。孤立してしまう可能性が高いのだ。戦果の拡大は期待できるが、自身も叩かれる可能性が高い。
それよりは罠に嵌った敵をさらに混乱させ続け、味方の攻撃を支援する方が良い。
「敵前衛部隊に突入を開始します」
“突入了解”
本部からの短い返信の後、全部隊への発令。
“味方のアーマーが突入する。総員C4I系の接続に注意せよ”
これで機体のIFFが機能している限り、流れ弾や兆弾以外、味方の火器からの誤射はほとんどなくなる。狙って引き金を引いても、警告表示が出るだけで弾が出ないのだ。もちろん接続が切れていれば別だが……。
時折停止し、敵の配置と移動方向を確認しながら、時速五キロメートル程の速度で移動する。
一瞬だけ稼動中のターボファンエンジンの出力を最大にし、さらにアフターバーナーに点火して地雷原を飛び越える。
今の一瞬で僅かに余裕の生まれた残動力を確認し、再び省動力モードに切り替え無音行動に移る。
木々を圧し折りながら着地し、再び敵状の確認。リコメンドはブースト機動、そしてアサルトライフルの掃射。しかし正樹の選択はクレイモア。気付かれた様子の無いことを確認し、通常機動モードに変更。二〇メートルほど先に確認できた敵のスリーメンズらしい一団に接近する。
機動歩兵の探知装置はそれなりに優秀ではあるが、この状況では自身の出している音と発砲音や爆発音に紛れて、無音状態――圧搾空気のみで行動――を解除し通常機動へ変更したことで発生している、エアクッションをまとめて数百個も潰したような独特の排気音と、断続的な太鼓の様な音がする加圧缶(構造的にはロータリーエンジンである)によって、古い大型トラック並みの作動音を発生させているアーマーにすら気付かない。
いや、気づかせないまま、伏せ、走り、斬りつけてはまた伏せる。
密林の木々ごと切り裂かれ、叩き潰されてゆく機動歩兵達。
その大半の兵士達は、全長三メートルを超えるクレイモアの巨大な刃をその身に受けるまで――いや、受けてなお、正樹の操るアーマーの存在には気付かない。
作品名:The Over The Paradise Peak... 作家名:海松房千尋