赤い瞳で(以下略) ep1-2
――……アラタ君、大丈夫か?
「うぅ……」
僕はうめきながら体を起こした。
「だ、大丈夫です……」
――そう、か……?
疑わしげに言う更衣さんに再度大丈夫だと答えて、僕は服についた草を払った。格好悪いことに、僕は二階の、更衣さんのベッドの隣に面した窓から中庭への着地に、見事失敗してしまったのだった。更衣さんは僕より先に上手く飛び降りて、手を差し伸べてくれていたのだが……。
僕はその手につかまる前に、手前の茂みに、転がるように落ちてしまったのだった。
――足、大丈夫だったか?
「え、あ……はい。大丈夫みたいです」
少し動かしてみると、特に異常はないようだったので、さっさと立ち上がる。骨折はどうやら、ほとんど治っているようだ。
――そうか。良かった。……じゃあ、行くか。
「はい」
更衣さんは僕を気遣ってか、殊更ゆっくり歩き出した。
時刻は十一時五十分。
雪花を待たせては危ないし、上手く病室を抜け出せるかも分からなかったので、少し余裕を持って出てきたのだ。その時間も、僕のせいで五分ほど削れてしまったけれど……。
外――久しぶりに吸った外の空気には、夏特有の透明感があった。ここらには建物があまりないのか、十二時近くともなれば、最早真っ暗である。現に、すぐ前にいるはずの更衣さんさえよく見えない。
――公園……。って、確か、こっちだよな。
「ええ、……そのはずですけど」
更衣さんが持っているペンライトでは、足元の一部しか照らすことは出来ない。そのため、僕はその光を追うように歩くことになる。光は、確かに、公園の方向を指していた。
それにしても、と、僕は考える。
それにしても、雪花……大丈夫だろうか。それでなくともこんな夜更けに一人で出歩くのは危ないというのに。
雪花。
両親が死んで……いや、殺されてからというもの、ほとんどを二人で生きてきた。こんなところで、失うわけにはいかない。もう二度と、雪花にはあのときのような恐怖を味わわせてやりたくない。
――アラタ君。
「……あ、はい」
急に話しかけられて、変な声が出てしまった。しかし、更衣さんは意に介さずに言う。
――俺にも、妹がいるんだ。
「え……、そうなんですか」
――うん。今は入院しているんだけどね……。
「あ……。病気、ですか」
――んー。いや、違う……と、思う。まあそれは良いんだけど。あいつさ、雪花みたいに心配性でね。いつも俺のこと、無愛想だって、叱るんだよ。
「はあ」
確かに更衣さんは無愛想だよな。
――時々、思うんだよな。もしあいつがいなかったら、俺は今まで、どうやって生きてきただろうって。
「…………」
――あいつ、一度さ。俺のために、本気で泣いてくれたことがあったんだ。それでどうなったわけじゃない。それで、俺やあいつが変わったわけでもない……。
でもさ、と更衣さんは続ける。
――あいつがいない俺の人生ってのがもしあって……。俺が、どちらかを自由に選べるんだとしたら、――。
「…………」
――多分、迷ったりはしないだろう、と思うんだ。
「…………」
僕が黙っていると、更衣さんは小さく笑った。
――こんな話、面白くもなんともないよな。悪いね。
そう言って。
「いえ。……多分、僕もそうですから」
そうか、と更衣さんは肯いた。
――ほら、着いたよ。
ペンライトが消された。公園には小さな入り口があって、その隣に、ぽつんと一つだけ、街灯がある。もう大分古いのか、チカチカと点滅する上に、蛾やら何やらがこれまた異常にたかっている。そうして、本当に心もとない、月光よりもぼんやりとした光しか発していなかった。
更衣さんは構わずにその街灯の横をすり抜けていく。取り残されるのは怖いので、僕も慌てて追いかける。
――んーと。ああ、今、丁度十二時だ。
「雪花は、……何処でしょう?」
僕と更衣さんは、街灯のおぼろげな光の中、公園の、見える範囲を見回す。
…………沈黙が、降りる。
辺りはただ真っ暗で。まだ、雪花は来ていないらしい。
……………………。
僕と更衣さんは、黙って立ち尽くす。……待つしか、ないか。
そう思ったとき。
ひゅん、と何かが――……風を切る音が、聞こえたような気がした。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei