赤い瞳で(以下略) ep1-2
――雪花。
雪花、雪花、雪花、雪花。
僕の大切な――たった一人の、妹……雪花、雪花。
「お兄ちゃん……」
何か。
何か、暖かい滴が、僕の頬を濡らしているようだった。何だろう?
雨かな、それとも、血かな?
雨だったら……僕、このまま濡れっぱなしで死んでしまうんだろうな……。血だったとしても、同じことだけど。だって、胸を刺されたんだから。
ああ、雪花……でも、僕はお前になら――。
「お兄ちゃん……」
これもきっと、死ぬ前の幻聴なんだろうな。……眼も、もう開かないし。感覚なんてものはとっくに……。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん……ごめんなさい」
あ…………。
「せ……つ、か? そこ……に?」
まだ声を出せることに驚いた。けれど、指一つ、動かせやしない。
「お兄ちゃん、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。許してとは言わないから……本当に、」
ごめんなさい、と雪花は繰り返した。体中の神経と筋肉を総動員するような気持ちで、僕は目を開ける。
涙で顔をぐしょぐしょにした、雪花の顔がそこにあった。
後ろの方で、更衣さんと紅也さんが、僕を覗き込んでいるのも見える。
「せ……つか、泣かない……で」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……」
雪花は、その暖かい涙を、ぼたぼたと僕の顔に落とした。
「ぼ……くは、せつかにころされるなら、……それでも、良い、ん、……だよ」
「そんなこと言わないで……! お兄ちゃん……」
ぐすっと、雪花は鼻をすすった。
「ああほら、かわいいかおが、……だいなし、だよ」
「お兄ちゃん……、死なないで」
「え……」
「死なないで、お兄ちゃん。本当は、殺したくなんてなかった。一緒に、ずっと、いつまでも一緒に、いたかっただけなの。私だけのモノでいて欲しかったの。私が悪いの。全部全部、私が悪いの。お兄ちゃんは本当に全然、悪くなかったのに……。お兄ちゃんは死なないで。お兄ちゃんが死んでしまうくらいなら、私が代わりに――」
「だめ、だよ……せつか。お前は、死んじゃ、……だめだ」
「でも、私が悪いのに……。お兄ちゃんはいつもいつも、そんなに……優しくて……優しすぎて……、いつだって私の代わりになってくれて……。お兄ちゃん……」
死なないで、死なないで。
またぼやけてくる視界の中で、雪花はそう繰り返した。ひっくひっく、としゃくりあげる。
ああ、違う。
僕は、お前が泣くところなんて、もう見たくないんだ。
「なかないで、せつか……。せつかの泣き顔なんて、僕は……好きじゃ、ないんだから」
「でも……ごめんなさい……」
一度泣き始めると止まらないのだ、雪花は。
ああ……もう。
そんなに泣かれては、死ねないじゃないか。
泣き顔の雪花に看取られて死ぬなんて、絶対にいやだ。
どうせ死ぬなら、笑顔の雪花に見送られて死にたい。
そうだ……、
雪花が望むなら。
僕は、死ぬまい。
「お兄ちゃん、……お兄――」
急速に意識が遠のいて。
雪花の顔も声も、何もかも――
僕には、分からなく、
なった。
作品名:赤い瞳で(以下略) ep1-2 作家名:tei